第5話 私の名前は沙々霧涼子

 私の名前は沙々霧涼子ささぎりりょうこ。高校2年の17歳。

 今、同じ年頃の少女と戦っている。ちょっと抜けた感じの子だけれど、筋は悪くないわね。


 体勢を崩したところを見逃さず、一気に攻めて来た。

 私の欠点を見抜き、空中に誘い出してきた。

 先程の球体の魔法も、本来なら落下の衝撃から守るためのものでしょうに敢えて温存して私の意表を突いた。


 恐らく武道や武術の経験は無いでしょうに、よくここまで戦ったものね。

 でも、それももう終わる。


 …………。


 ――私には目的がある。

 この勝負――契約戦プロミスに勝利して、目的を果たさせてもらう。


 でも私の願いは、相手の人生に多大な影響を与えてしまう。

 契約の締結には制約があり、あまりに理不尽な契約は無効とされてしまうらしい。つまり、本来なら決して叶わないはずのもの。


 でも、抜け道があった。制約はあくまで、上位の者が下位の者を狙って狩るのを防ぐためのもの。

 ならば逆に、相手が自分よりも高いランクならば。二段階も高い相手に勝利した場合なら制約も相当緩くなる。


 今の私は最低のDランク。初心者は例外なくDランクから始まる。そして何の活動も実績も無い限りはDランクのまま。

 この状態で2段階上のBランクに挑み、勝利する。


 仕様の範囲とは言え、意図的にランクを偽っているようなものだ。

 姑息な手段だとは認識している。それでも、やらせてもらう。

 私は――あなたを倒して、願いを叶える!


 この子は、これだけのダメージを負いながらもまだ戦う意思を失っていない。

 私に最も有効だと思われる高圧の球体を生み出し、両者の間で破裂させるつもりらしい。


 安全策を取るなら一旦下がるべきだけれど……でもそれは無粋ね。

 私がこれからやろうとしていることを思えば、この子の覚悟に正面から応えるくらいのことはしてみせなければ。


 ――両足で強く地面を踏み締め、全身をバネに見立てて膨大なエネルギーを生み出す。

 両足で生み出したエネルギーを一旦左手に留め、そのままもう一度両足でエネルギーを生み出し、今度は右手に。

 そしてそれを叩き込む。両手を当てている、この子の胸に。同時にではなく、ほんの一瞬タイミングをずらしながら。


 零距離からの必殺の打撃。


「 響震天キョウシンテン! 」


 そしてその手応えを感じると同時に――


  ――バァン!


 球体が破裂した。今度こそ後方に跳びながら、両腕でガードする。ここでしくじれば、負けるのは私の方かも知れないわね。

 激しい風圧に晒されながら――、どうにか両足で地面に降り立つ。服は前よりも更にボロボロになったけれど、まあいいでしょう。

 相手の――赤髪の子はかなり遠くに倒れている。あの子自身も破裂の衝撃に飛ばされたのでしょうね。


 強かったわよ、あなた。でももう、終わり。私の、勝ちね。


 いえ、正確にはまだ終わりではなかったわ。確か相手の意識を奪ってから、更に相手の体に触れる必要があったはず。

 意識を失って倒れている赤髪の子に近寄り、抱き上げる。



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 少し、やり過ぎたかしら。


 響震天は二つの衝撃を体内で反響させて内部からダメージを与える技。

 危険な技だけれど、生半可な攻撃では耐えられてしまう可能性があったのだから仕方ない。のだけれど。


 なかなか目覚めないわね。


 魔法を使った戦闘というのは初めてだったけれど、もっと加減に気を付ける必要があるかしら。やはり普通の人間を相手にするのとは勝手が違うわね。

 それに、私も何度か本気で焦らされたわ。常識が通用しない相手との戦いは、何が起こるかわからない。

 もっともそれは、この子の方も同じ思いだったのでしょうけれど。


 それにしても、思いっきり地面――舗装されたアスファルトを抉ってしまったわね。電柱まで折ってしまったし、この子の魔力弾もそこらに甚大な被害を与えている。

 契約戦プロミスを始める前、確かあの子は結界を張る、と言っていた。魔獣と魔法少女だけを隔離できる並行世界?だとかなんとか。


 実際、周囲の家屋からは人の気配は完全に消えている。加えて、一見普通の街並みに見える景色の色彩が、希薄と言うかなんというか。

 現実味を感じない。


 私たちが別世界に隔離されているという認識で間違いないのでしょう。

 正直、魔法関連のことはよくわからないのだけれど……つまりあれだけ大暴れしても何も問題は無かったということよね?


 …………。


 私には目的がある。この勝負――契約戦プロミスに勝利して、目的を果たさせてもらう。

 そして契約戦プロミスには勝利した。あとは契約を締結させるだけ。


 でも私の願いは、相手の人生に多大な影響を与えてしまう。契約の内容を聞いて、この子はどんな反応をするのだろう。

 なんとしても願いは叶えたい。だからこそこんな――手の込んだことまでしてしまった。


 私の願いは、もうすぐ叶う。はずなのに。この子の反応が、怖い。


 蛇蝎のごとく嫌われてまで、この願いを叶えることは出来ない。もしもそうなったなら、私は契約を取り下げて、この場を去ろう。

 この願いは、私には過ぎた願いなのだから……。

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