第4話 高梨由利子は本気出す
なんか、もう……何なのよこの子。絶好のチャンス。最高のタイミング。だったはず。
ああもう。思わず放心しちゃったけど、いつまでもこうしちゃいられない。
空気が変わった。来る。
っていうか、ひょっとしてあたしが立ち直るの待っててくれたりした?
いいじゃん、やってやる。やってやろうじゃないの!
黒髪さんが一歩を踏み出す、その一瞬前に。後方に飛びながら牽制の魔力弾を5発。
当然のように全弾素手で撃ち落とされるけど、これは効いてる。牽制になってるんだ。
この子は謎の歩法で数メートルの距離なら一瞬で詰めてくる。
ただしそれは防御行動などを取っていない、移動だけに全力を出せる状況での話。例え撃ち落とされようが、防御行動を取らせることが大事なんだ。
とは言え、こっちの飛行速度よりも速く前進してくる事実は変わらない。このままじゃ追い付かれる。
一旦下がらせる。斜め上前方に魔力砲台設置。
全弾発射。狙いはあの子の前方。そのまま前進を続ければ頭上から魔力弾が降り注ぐ。
立ち止まって防ぐ? それとも当たらない位置から回り込む?
なんにせよこれで一旦距離を稼……がせてよ!
なんで見もしないで弾いてんのよ! そんで前進止めないし!
でもこの程度の想定外は想定内!
今度は
でも今回は――右から回り込んできたね。どっちにしても一瞬だけでも時間は稼げた!
この一瞬の間に作っておいた空圧球を――
――バァン!
痛ったぁ! 手元で破裂した!?
一瞬見えた。あの子が何か投げた。小石か何か? さっき破片か何か拾ってたんだ。もう1回使われた時のために。
投石って……それ魔法少女のやることかよォ!
やばい。もう、目の前に――まで来た黒髪さんが体を回転させながらの肘打ち。狙いは右側頭部。
これはガードが間に合う。右腕を上げて頭部を庇う。ガードした右腕に衝撃が――来ない?
肘はフェイントだ。右腕を絡め取るようにしてガードが崩された!
無防備になった側頭部に今度は裏拳。ダメだ、これは避けられない。
避けられないなら……食らってやる!
打撃の威力を借りて左に跳ぶ。左手をついてバランスを保ちながら側転しつつ牽制の魔力弾。
そして華麗に着地。決まった。
まったく、乙女の顔になんてことしてくれんのよ。いやほんと痛い。痣とかできたらどうしてくれんの。
もー怒った! 本気出す!
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正直、相当焦ってる。負けた時のこと、考えてなかった。
あたしが負けた時、どんな契約を突き付けられるか。
契約内容にも一応制限があって、あんまり理不尽なものはシステムに却下される――はずなんだけど。
ランクの低い子が高い子に勝った場合は話が別。ちょっとした無茶なら通ってしまう。
ランクの高いあたしが勝っても大した契約は結べないけど、勝ったのがあの子だった場合。それこそ理不尽とも言える契約を突き付けられる可能性だってある。
というより、それが目的でこの状況を作ったんだろうね。あえて初心者ランクを維持したまま、上位ランクに挑んで勝つ。
実際にそれをやって成功した例なんてそうそう聞かないけど、この子の実力があれば可能になってしまう。
最初に気付くべきだったんだ。この子は魔法具なんて物を持っている。それは恐らく現役の魔法少女から受け取ったもののはず。
魔法少女の知り合いなんてものがいたなら、この程度の抜け道は教わっていてもおかしくない。
そのことに気付かなかったあたしがバカだった。そこは認める。認めるけど。
素直に負けてあげるわけにはいかないのよ!
あたしにだってやりたいことはあるし、やらなきゃいけないことだってあるかも知れないんだから!
悪いけど、あんたの弱点、突かせてもらう。こっからはもう、手段は選んでらんないからね!
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あなたの弱点は単純明快。空中戦、できないんでしょ?
まぁ全然できないわけじゃないかも知れないけど。でも飛行魔法はもちろん、魔法で足場作るのだって魔力は必要。
そんなぽんぽん使えるような魔力量じゃないよね?
使えないなら単純にあたしが有利だし、使えるにしたって使えば使うほどあたしが有利になる。
さあ行ってやる! 全力上昇!
10メートル……20メートル……
あなたなら普通に届く距離かしら? でもさすがに正面からは来ないよね?
その辺の電柱か家の屋根か……やっぱり伝って来るようだね。
まずブロック塀を足場に2階の屋根まで一気に飛んで……来た!
さぁ、足場の無い空中で捌き切れるかな? 魔力砲台4門設置。一斉発射!
って、マジかー。全部捌いてるし。
でも、足場が無いってことは踏ん張りが効かないってこと。少しずつ勢いが落ちてきてる。
ほーら、そんなんじゃここまで届かないよー。ってことで、ここで空圧球のプレゼント!
――バァン!
今度こそ黒髪さんの間近で破裂して――両手でガードはされたけど多少なりとダメージは与えたはず。
でもそう言えばあの子、
今の爆風で服がちょっと破けちゃって……ちょ、ちょっとエロチックなことに……。
自、自己責任とは言えこれ以上は訴えられちゃうかも。気を付けないと。
まぁそれはともかく。爆風に飛ばされた黒髪さんはさっきの家の庭に着地した。さて、今度はどう来るのかな?
またブロック塀を足場に2階の屋根に登って……今度は近くの電柱に向かって飛んだ。電柱を足場に三角跳び? 違う、電柱を蹴り折った……? はぁ!?
上の方の、電線で繋がってる部分だけ折ったというか砕いた。
そのまま地面に降り立って今度は根元の部分を蹴り折って……オイちょっと待て。それどうする気よ?
あー! やっぱりブン投げる気だ! マジでそれで攻撃するつもり!?
いや違う、投げた位置がちょっと遠い。足場にする気だ! 電柱が空中で静止するタイミングに合わせて飛び移って来た。
落ち始めてくる電柱に逆さに立って走ってる。もう滅茶苦茶だ。
もう一度、魔力弾の全力斉射。でも、多分……やっぱりダメだ。全部捌かれるし、今度は足場があるから押し戻せない。
いやダメだ、これ以上あの子の服にダメージ与えたくない。直視できなくなっちゃう。
ここは
障壁と砲撃の挟み撃ちよ。まぁ、障壁が足場になるから余裕で捌けるんだろうけどね。
それでいい。これは電柱が地面に落ちるまでの時間稼ぎ。
……ん? 障壁の上端に手を掛けて――乗り越えてくる!?
そのまま前方宙返りしつつ、右足を振り上げた。踵落としだ!
魔法での対処は間に合わない。両腕を頭上でクロスしてガード!
そこに踵が振り下ろされる――かと思いきや、思ったより溜めが長い。くそっ、
って――あっちょっ、ちょっ待っ、見え……、見えちゃう! スカートの中見えちゃう!
でも戦闘中に目を逸らすわけにはいかないから仕方なく! 仕方なく凝視! とか言ってる場合じゃなくって!
「
あっぎゃああ!? なんか必殺技! ガードした腕ごと、頭を蹴り抜かれた!
普通の踵落としじゃない! 溜めが長いぶん威力も大きい! ヤバい。落ちる。急いで制動。
こんな時のための魔法もあるけど、今は使わない。これは切り札。まだあの子に見せたくない。
飛行魔法で制動だけして、背中から落ちる。地味に痛い。けどこれくらいなら問題ない。
見上げると、あの子が真上から落ちてくる。
あ、こら、スカート押さえなさい。見える。見えちゃう! なんでそんなガード緩いの! さっきだって見え……いや、今は忘れろ!
後方に飛び退く。5メートル、10メートル。ここで待機。
まだ攻撃しない。この子は落下中でさえ魔力弾くらいは捌き切りそう。っていうか、あんな方法で空中戦するとは思わなかったわ……。
でも、地面に降り立つまでが空中戦。空中戦はまだ終わってないのよ!
もうすぐあの子が地面に降り立つ。あと2メートル……ここだ!
あの子の足元に魔力の膜で弾力のある球を作る。本来なら落下ダメージから身を守るための魔法。さっき使いたかったけどやめたやつ。
何も無いはずの空中に突然透明なゴムボールが出現したら、戸惑うでしょ?
落下中かつ、体勢まで崩されたらさすがのあなたでもまともな防御はできないでしょ?
さっきも体勢を崩したところへの一斉射撃には焦っていたもんね?
黒髪さんの脚が弾力球に触れ……る前に気付いたみたいだね。でももう遅い。
そのまま弾力球に弾かれて……弾かれ……ない!? いや、単に膝を曲げて一時的に弾力を相殺してるだけだ。
……なんだ? トランポリンみたいにして跳び上がるつもり? それならそれで好都合。真下からひたすら撃ち続けてたらさすがにいつかは当たるでしょ?
うっかりスカートの中が見えちゃうかも知れないけど……そ、それはまぁ不可抗力ってことで。
ともかく魔力砲台設置準備――
――パァン!
今の音……ウソでしょ……? 弾力球を蹴り抜いた? ゴム風船とは違うんだけど? 結構丈夫なのよそれ!?
マズい、黒髪さんの足が地面に着いた。急いで砲台設置! 何かされる前に一斉射撃!
タイミング遅れた。急げ。間に合え!
「惜しかったわね?」
うっぐっ。やられた。魔力弾が届く前に、動かれた。
あの歩法。ほんの一瞬で右斜め前方、2メートルの距離。
でもまだだ。まだ接触されたわけじゃない!
杖の先端をあの子に向ける。後方に跳びながら牽制の――何だ?
あの子が、息を――大きく吸って……?
「 破ァッ! 」
んぎっ――
なんっ……なのよ! この馬鹿みたいな大声っ!
耳が、キーンってなって……あ、あれ……? なんか、立って、られなく……?
「壱の呼吸・
何か……言ってる……よく聞こえない……。
「音の壁をぶつけることで聴覚及び三半規管にダメージを与え、平衡感覚を狂わせる」
言いながら……間合いを詰められた。両掌を胸に当てられて……あ、ヤバい。
さっきあの技食らったときは、片手だった。
両手でやるのは、障壁を砕いた時のやつ。マズい。
さっきちょっと聞こえたけど、平衡感覚を狂わされた? ダメだ、まともに立ってられない。
あの時以上の威力を、こんな、回避も防御もできない状態で? マズい。
回避も、防御も、できない……
回避も防御も――できなくても!
空圧球生成!
平衡感覚がなんだ! ここにあたしがいて! そこにあんたがいるなら!
その中間で破裂させてしまえば!
「その諦めない姿勢、好きよ」
その声は妙に心地よく聞こえてきて――
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