第3話 後悔の10分前

 暇だ。

 暇だなぁ。


 都市部から離れたちょっと田舎な街並みを見下ろしながら。

 本当に暇だ。


 魔獣は主に野生動物が変異した存在。だから都会よりは田舎――いっそ深い森だとか山だとかに行った方が遭遇率は上がるわけで。

 がっつり稼ぎたい時なら山だの森だの行ってもいいんだけどね。あいにく今はそこまでがっついてない。


 それでこの田舎の街並みなんだけど、まぁお生憎様。


 もっとも、あたしの感知魔法はそこまで高性能じゃないから見落としてるだけって可能性も十分にある。

 まぁ見つからないという事実は変わらないんだけど。


 と言っても今日はもう1匹倒してるから当たりの日ではあるわけだ。これ以上贅沢言っちゃあいけないね。

 でも……やっぱり来てみて良かったかな。


 魔獣なんて出会わないことの方が多いんだ。それが分かってて、それでもなお飛び回っていたのはもう一つの理由。

 魔獣退治とは別の、魔法少女のもう一つの活動。それはちょっとしたゲーム。

 いやまぁお仕事の一環ではあるんだけど。家でやるゲームよりも、もっと刺激的なゲーム。


 速度を落として、地面に降り立って、と。

 そのまま背を向けて呼び掛ける。


「あたしに何か、ご用かな?」


 振り返って、見上げてみると――電柱の上に立つ黒髪の少女。

 …………うぉ。やばい、吸い込まれちゃった。


 黒髪、黒目、色白の肌、白ワンピース、黒のジャケット、白いブーツ。


 完全な黒と白。黒と白だけがそこにあった。

 それは天使か、あるいは死神か。どこか現実離れした美しさだね。思わず見惚れちゃった。

 でもちょっと無防備じゃない? ス、スカートの中見えそう……。


 とか言ってるうちに飛び降りてきた。のはいいんだけど、ちょっとあんた、いくらなんでも無防備過ぎ!

 丈の短いワンピースを靡かせながら――ふぅ、セーフ。


 まぁ見られても気にしないのかも知れないけど、ちょっとは気にしようね?


 と、距離も縮まったことだし観察を再開。

 身長はあたしよりちょっと高い。でも、全身スラッとしてて、体重はあたしより、軽そう……。


 いや、あたしが重いんじゃなくてね? この子が軽いってことよ?

 なんせあたしの方が胸がある! この子は悲しいほどに真っ平!

 あたしはC。この子はどう見てもA。勝った!

 などという失礼な分析を他所に、黒髪さんが口を開く。


契約戦プロミス、お願いできるかしら?」


 ……来たっ!



  ―― 契約戦プロミス ――



 魔獣退治とは別の、魔法少女のもう一つの活動。魔法少女同士で戦って、負けた方は相手の要求に従うというもの。


 今でこそ魔法少女の正式な活動として認知されているこのゲーム。元々は魔獣にありつけずに暇を持て余していた魔法少女たちが独自に始めたものだったりする。

 好戦的な子は単純にバトルを楽しめるし、そうじゃない子もゲーム感覚でスリルを楽しめる。瞬く間に日本中に広まって行ったらしい。


 でも所詮は口約束。負けても要求を飲まずにバックレる子なんかもいたりして問題続出。


 でもこのゲーム自体は魔法少女たちのモチベ維持に役立つってことで、魔法少女を統括してる委員会が目を付けたわけで。

 そして今では魔法的な力によって強制的に契約が履行されるようになったのである。


 なお、強制力が働くようになったことで別の問題が発生したりもしてるんだけどそれはとりあえず置いといて。


 受けるかどうか、答える前に相手の子を魔法で解析。まずはこれが基本。

 来る者拒まずと言いたいところではあるけど、明らかな格上が相手じゃ負けるだけだからね。

 まぁ敢えて格上に挑みたがる子もいるみたいだけど、あたしはそういうのじゃないのよ――っと。


 …………


 ……………………


 なんだこれ。


 魔法少女としてのランクはD。ランクはABCDの4段階で、Aはいわゆるエリート。

 Dが初心者で、BとCがその他大勢って感じ。つまりこの子は初心者というわけだ。


 そしてあたしはB。エリートではないけど、まぁ割と上位の方だと思う。

 初心者のDランクがBランクに挑むってのは……つまりこの子は本当の初心者。魔法少女ってものをわかってない。


 この子は多分、武道経験者。立ち居振る舞いからそんな感じがする。

 武道や格闘技の経験者が魔法少女になると、よく勘違いをしてしまうんだ。


『元から強い自分が魔法なんて使えるようになったら、物凄く強いのでは?』


 それ自体は間違ってない。実際ほぼ例外なく物凄く強い。でもさ、ちょっと考えてみて?

 あなたたち、空飛んでる人と戦ったことある? 手からビーム撃ってくるような人と戦ったことある?


 初心者はまずそこで挫折を味わう。なまじ戦い慣れてるからこそ、常識が通用しなくて却って苦労するんだ。


 とまぁ、ここまでは割とよくある話。問題は……本当になんだこれ。

 魔力量、たったの5。


 これはあたしの魔力量を100とした時の相対値。この子の魔力量はあたしの1割以下。

 いくらなんでも少なすぎる。そもそもある程度以上の魔力が無いとスカウトなんて来ないはずなんだけど。


 けどまぁ、その謎も解けた。持ってるわ、この子。チートアイテム。

 この子が履いてる白いブーツ。これは魔道具――の中でも特にレア物。魔法具。

 少量の魔力を使って起動するだけで、あとは道具が勝手に魔法を使ってくれる。


 実力者が持てば手が付けられないほど強くなるし、この子みたいに魔力の少ない子を魔法少女にしてしまうこともできるわけだ。

 掛かってる魔法は身体強化。案の定、近接戦闘を得意とするタイプ。


 って、身体強化だけ……? あれ? 変身は?? してない???

 いやそれマズいでしょ。


 変身というか魔法衣ローブそれ自体にいくつかの魔法が掛かっている。

 ひとつは一般人からの認識阻害。そして防御強化。


 魔法少女は世間には存在が秘匿されてるわけだから……認識阻害が働いてないのは……いやホントダメでしょ。

 防御強化だって、魔法少女の戦闘は生身で受けたら致命傷になりかねない攻撃が飛び交うわけで。

 たとえ気絶してようが魔法衣ローブを着てる限り体を護ってくれる防御強化はほんと生命線。


 ついでに戦闘中に破けたりしても、その場で修復することもできる。年頃の女の子としては、これ本当に重要。

 魔力が少ないから節約したかったんだろうけど……ほんとに初心者なんだなぁ。

 これはなんというか、先輩としていろいろ教えてあげないといけないね。


 よし、決めた。契約戦プロミスは受ける。

 そんで、あたしが勝ったら明日の土曜、一日付き合ってもらおう。


 ちょっとしたお買い物デート。あたしは美少女連れ歩いてご満悦。

 そのついでに魔法少女のお約束をいろいろ教えてあげれば、あの子のためにもなる。

 win-winってやつよ。


 もちろんそれだけで終わらせるつもりはない。

 あたしが勝ったご褒美だもんね? 相応のことはやらせてもらうつもりよ。


 例えば……、手……手を……こ、恋人繋ぎ、とか……、なんて…………


 くっ、ダメだ……ッ。あたしにはまだ、刺激が、強過ぎる……ッ!

 哀しいほどに……ヘタレ……ッ! 恋だの愛だの考えてないだとかカッコつけちゃってごめんなさい!

 それ以前に根っからのヘタレなんです……!


 可愛い女の子、大好きなのに! もっとスキンシップしたいのに!!!

 でも? 流れでいい感じになって? それで一夜限りのロマンスだとか?

 そういうのには憧れちゃうんだよぅ……!


 いいもん。そのうちできるようになるもん。

 だからまぁ、今はとりあえず。


契約戦プロミス、受けて立つよ」




  ━━━━━━━━━━━━━━━━




 そして今に至る、というわけだ。


 ほんともう、何なの? 恋人繋ぎとかバカなの?

 繋いだ瞬間 メキョッ とかされるでしょ絶対。


 人間を相手に想定された武術は、魔法戦闘においては常識が通用しなくなる。

 それと同様に、極まった体術にもまた、あたしたちの常識は通用しない。

 この子の動きの全てがもう魔法みたいなもんだ。


 執拗に距離を詰めてくる。接近されたらやられる。迎え撃たなきゃならない。でも直線的な攻撃じゃダメだ。

 線がダメなら――面で制圧する!


 魔力の膜で球体を作り、それを小さく、小さく、圧縮していく。

 中に閉じ込められた空気が圧縮され、高密度の空気爆弾が出来上がった。


 そしてそれを――後方に飛びながら足元に叩き付ける。

 もう目の前まで来ていた黒髪さんは、自ら爆発の中に飛び込んで行くというわけだ。

 さすがにこれは防げないでしょ?


 とは言え、まともに食らってくれるとは思っちゃいない。

 案の定、咄嗟に右に跳んで直撃を避けてる。でもそれでいい。


 突然の方向転換に加え、直撃しなかったとは言え爆風にも飛ばされて体勢が崩れてる。

 今がチャンス!


 空中に魔力の砲台を設置する。

 砲台と言っても見た目はただの光る球体。念じるだけで魔力弾を発射できる。つまり単純に手数を増やせる。


 これを頭上に2つ、左右に1つずつ、計4つ。当然あたし自身も撃つから、5つの砲台による魔力弾の一斉射撃!

 体勢が崩れたところに今までの5倍の弾幕。さすがのあの子も焦っているご様子。


 これで決めさせてもらう! 発射!

 合計100発を超える魔力弾の嵐! 防げるもんなら防いでみなさいっての!


 あの子は――地面に左手をついて回転しつつ、左足を地面に打ち込んで強引に体勢を立て直した。

 でももう遅――え、なんでもう立て直してんの……?


 いや、でもこれだけの弾幕。防ぎきれるもんじゃないでしょ? 普通は障壁を張って防ぐもの。でもあの子は障壁なんて張れないはず。

 そりゃ最初の数発くらいは捌けるだろうけど……いくらなんでも全部は……ちょっ、いや無理でしょ?


 右手で弾いて、返す手でもう1発弾いて、左手でも流すように1発逸らして、最小の動きで次々と……、いや嘘でしょ……?

 そりゃ魔力弾の威力は抑えてたけど、ぜ、全部、捌き切ってる……。


 なんだこれ。引き攣った笑いしか出ないな。はは……。

 いやもうホント、なんだこれ……。

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