吸血鬼
彼女は日本人ではなかった。絹のようなブロンドの髪、真っ白な肌、何より目を引くのが紫色の瞳だった。見た目は明らかに外国人なのに、彼女は流暢な日本語を話していた。
「ねぇ、君。今日誕生日でしょ?おめでとう」
外国人の美少女に突然声をかけられ、驚きすぎて固まってから、ようやく思い出した。響は今日二十二歳の誕生日を迎えたのだ。誕生日など、誰にも祝われた事がないので失念していた。
はたと思う。この初対面の美少女は、何故響の誕生日を知っているのだろうか。響が困惑した表情をしていたのだろう。美少女は笑って、ポケットから何かを取り出した。
免許証だった。響が目を凝らして見ると、自分自身の物だった。響はアッと声をあけだ。美少女はもう一度笑って言った。
「昨日この公園で見つけたの。もしかしたら持ち主がここを通るかもって思って」
美少女は響がここを通るのをずっと待ってくれていたのだ。響は申し訳ない気持ちになり、感謝を述べながら彼女に近づいた。彼女は響に免許証を渡さずに両手を広げて言った。
「ねぇ。お誕生日のお祝いに、ハグしてあげる」
響は小さく、えっ。と叫んで黙った。これはまずいかもしれないと直感した。響が美少女を抱きしめると、林の陰から美少女の彼氏が出てきて、俺の女に手を出したな。と言って響は金品を要求されるかもしれない。
だが響は仕事明けで疲れていた。所持金もたいして持っていないし、何より人恋しかった。
響は幼い頃孤児院で育った。父親は暴力を振るう飲んだくれで、母親はそんな父親にあいそうをつかして若い男と逃げた。とり残された響は、毎日のように父親の暴力におびえていた。
近所の人の通報で、響は児童相談所に保護され、その後孤児院に入る事になった。何とか夜間学校まで卒業したが、それ以降は自分で働いて暮らさなければいけなかった。
響は親もいなければ、友達も、恋人もいなかった。響はいつも考えていた。何故自分はここで生きているのだろう。
響はふらふらと操られるように美少女に近寄り、小柄な彼女をやんわりと抱きしめた。ほのかに甘い香りが鼻腔に広がった。彼女はとても背が小さいので、自然響が身体を屈める体勢になった。
響は美少女の顔に首すじをさらす形になった。突然、ジクリと痛みを感じた。遅れて美少女に噛みつかれたのだと気づいた。響は美少女に首すじを噛みつかれているのだ。
まるでB級ホラー映画のようだ。冗談にしても趣味が悪い。響は小柄な美少女を払いのけようとした。だがおかしな事に、響よりもはるかに小さな少女がびくともしないのだ。
そうこうしているうちに、ジュルルと水分をすする音が聞こえた。美少女が響の血をすすっているのだ。
ひぃぃ。響は乾いた悲鳴をあげた。どのくらいの時間血を吸われていたのだろうか。一瞬であったかもしれないし、ずいぶんと長い時間だったかもしれない。
響にある変化が起きた。ものすごくのどが渇いたのだ。渇いて、渇いて、気が狂いそうだった。
何が飲みたいのか、はっきり理解していた。美少女は心得たように、細い首すじをさらした。響はケモノのように美少女の首すじ歯を立てた。
柔らかな首すじ噛みつくと、じわりと血がにじんできた。その甘美な味といったら。響は何度と歯を立て、血をすすった。
一心不乱に血を飲んでいると、ドクリと心臓が跳ねた。ドクッドクッと身体中の血液がふっとうしそうなほど身体が熱くなった。
響は地面に倒れこむと、ゴロゴロとのたうち回った。グワァッグワァッとまるでケモノのような叫び声をあげた。このまま死んでしまうのかと恐怖した。
しばらくすると、身体中の熱さはスゥッと潮が引くように消えていった。響は仰向けになり、明るくなりかけた空を見上げていた。
美少女は響の顔を覗き込んで言った。
「どう?吸血鬼になった気分は」
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