第31話 女冒険者は絶対に引退したい

 紅晶竜レッドドラゴンの討伐から一週間後。

 残務の処理もようやく片付いた所で、内藤支部長から呼び出しを受けた。


「急な呼び出しにも関わらず、快く応じてくれてありがとう。湯浅、エルドラ卿」


 いつもは執務室の椅子に腰掛けながら応対する内藤支部長が、その日は珍しく立ち上がって私たちを出迎えた。

 これは厄介事を切り出してくる時の、彼の精神的な動揺から来る癖だ。


「早速だが、紅晶竜レッドドラゴンにまつわる調査の進展について君たちに伝えよう」


 内藤支部長の案内で応接用のソファーに座らされ、目の前に資料を広げられる。

 田中の顔写真が貼られたプロフィール、紅晶竜レッドドラゴンの資料、【宵闇の塔】などのダンジョンの地図。

 そして、【堕腐神】が過去に起こした事件の概要と一覧。


「我々、冒険者ギルドは、各地にあるダンジョンが変異した理由を【堕腐神】による侵略行為による工作だと認定した。これらの工作を看破できたのは、エルドラ卿の助言による功績が実に大きく、今後も協力していただく事を強く希望している。何か条件があるなら、可能な限り実現できるよう働きかけるが、いかがだろうか」


 冒険者ギルドは、基本的に登録した冒険者を管理する立場にある。それなりに実績を積み重ね、信頼した冒険者であっても、ある程度は距離を置くスタンスだ。

 それを捻じ曲げてでもエルドラを引き入れようとするとは、冒険者ギルド側もかなり本気らしい。

 ……そんなスカウトの場で、なんで私も呼ばれたんですかね?


「その申し出はかなり助かる。実は……」


 エルドラが何故か私の方を見た。


「今後ともユアサと活動できれば、と考えている。しかしながら、当の本人が『冒険者を引退する』と言って譲らないもので、困っているのだ。俺はコイツがいないと安心して魔法も打てん」


 他を巻き込まないように威力を調整すればいいのでは……?


「その点はご安心を。湯浅とは専属の契約を結んでいるから、最低でも三年は冒険者として活動する義務がある」

「三年なんてあっという間に過ぎてしまうではないか」

「ん?」


 内藤支部長は首を傾げた。

 少なくとも三年は、決して『あっという間』で片付ける長さの時間ではない。


「……そうだな、あと五百年ほど追加できるか? この世界に馴染むには、それぐらいの時間的な猶予が欲しい」


 エルドラの口から飛び出したイカれ発言に、私は面頬の下で目を見開いた。

 五百年も冒険者をやらせようとする発想、人間の寿命について感覚の時点からズレている発言、それに付き合わせようとする魂胆。

 初めて会った時から距離感がバグっていたし、決闘してからは妙に馴れ馴れしかったし、紅晶竜レッドドラゴンを討伐した時なんかはまるで竹馬の友のような、謎の運命を感じているみたいだったけど……。

 絶対になんらかの誤解を受けている。


「なるほど。湯浅はどうだ? それなりの報酬を追加するだけの資金力が冒険者ギルドにはあるぞ。そもそも、紅晶竜レッドドラゴンの討伐に大きく貢献したと報告を受けているから、Sランクに戻す事も予定している」


 Sランクになるには、冒険者ギルドからの信用、依頼達成による功績、更には他の冒険者からの推薦が必要になる。

 冒険者ギルドに挙げられた報告書の中には、アリア率いる『森の狩人』によるものがあり、私をSランクに推薦する文言もあった。


 私は首を振る。

 無言の意思表示を続けるが、熱の入る二人にはまるで見えていないかのような……いや、無視しているのだ。


「では、今後の【堕腐神】に関する依頼はエルドラ卿と湯浅にお任せする事になる」

「構わん。他の冒険者では手こずるだろうが、俺は経験がある。湯浅もな」


 ────どうやら、私はまだ引退できないらしい。

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女冒険者は絶対に引退したい 変態ドラゴン @stomachache

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