第27話 紅晶竜『レッドドラゴン』
私は、空高く聳えた【宵闇の塔】を見上げる。
塔の外にいるというのに、耳を澄まさなくてもドラゴンの咆哮と暴れる音が聞こえた。
第二ドラゴン討伐のメンバー。
アリア率いる斥候と支援魔法に特化した『森の狩人』
遠藤率いる戦闘に特化した『終の極光(+α)』
一回目の時よりもメンバーは少ない。その分、精鋭で構成されている。
平均レベルが60であることがその事を証明していた。
……まさかこの中に平均以下のやつがいるはずもないって?
ははは、ドラゴンという脅威を相手にそんな舐めプする奴います??
怖いよ。とっても怖くて涙が出そう。
ああ、なんで私はエルドラに言いくるめられてここにいるんだろう。
ドラゴン相手に戦うとか正気の沙汰じゃないですよ。ひええ、身体が震えてきた。
相手は120レベルのドラゴンですよ?
エルドラは150レベルだけど、レベル差だけでゴリ押せないのは前回で確認済みだ。
「いよいよです」
私の隣に立っていた遠藤がロングソードの鞘をそっと手で撫でながら呟く。
刀疵のある顔を引き締め、凛々しく塔を見上げる姿はなるほどたしかにSランク冒険者の風格があった。
その言葉にミリル、フレイヤ、リヨナが頷いた。
「三回とも俺たちの惨敗でした。しかし、今度こそ俺たちが勝ちます。勝って、今まで好き勝手振る舞ってきたドラゴンの横暴のツケを支払わせます」
遠藤たちもドラゴンの背後に邪神の存在があることを知っている。内藤支部長から経由して、信頼できる冒険者に伝えられているのだ。
チラリと森の方に視線を向ければ、ケセケセパサランに悪戯されている加賀刑事と吟遊詩人ナージャの姿が木の影に見えた。
ドラゴンの動向を見張っているという堕腐教の信者を探っているのだ。
キリキリと痛み始めた胃を鎧の上から摩っていると、エルドラが塔に向けていた視線をこちらへ移した。
「今回の討伐で失敗すれば、あのドラゴンは迷宮を内側から破壊してまた空を自由に飛び回るだろうな。そうなれば、誰も倒せなくなるだろう」
……プレッシャーを、かけるな。
私に、プレッシャーを、かけるな。
私は本番にメチャクチャ弱いタイプなんだ。
「ドラゴン討伐なんて滾るじゃないか。はっ!? もしかして、戦いの中で絆が芽生えちゃったり、吊り橋効果で……!? あんっ、そんないきなりお誘いだなんて……!!」
アリアは来たる予感に頬を染め、耳を小刻みにぴこぴこと動かしている。
おお、よしよし。生還したらみんなで飲み会を開こうね。
「よし、みんな。準備はいいかな?」
遠藤の問いかけに皆が拳を突き上げて答える。
これから、総勢十二人の
塔に足を踏み入れ、進んでいく。
そんな時、ここに来る前に内藤支部長から投げかけられた言葉が蘇る。
『レッドドラゴンの討伐は、地球の悲願。災厄の三竜のうち一体でも討伐することができれば、それだけでも地球出身の冒険者たちにとって目標になる』
家庭があるから、死にたくないから、難易度の高い魔物と戦うより低ランクの迷宮を探索している方が金になるから。
ランク昇格を拒否する理由のほとんどがこの三つだ。
地球の冒険者は総じて“意欲はあるが、上昇志向がない”。必然的に困難を伴う依頼を『アウター』の冒険者に回さなくてはいけなくなるが、そうなれば今度はそれを逆手に高額な報酬を求められる。
内藤支部長が『終の極光』に期待を寄せる要因が分かるだけに、思わず顔をしかめるしかない。
……遠藤、ぼそっと「ここにこんな罠があったんだ」と呟くんじゃない。周りが不安な顔をしているでしょうが。
道中に現れるスライムやジャイアントバットなどの魔物をアリアの弓が射抜いた。
流石はAランク冒険者で構成された『森の狩人』。罠も魔物も軽々と対処していく。その度にエルドラに向けてアピールを忘れない。
エルドラも勿論、彼らを鼻で笑う。
冒険者ギルドで大乱闘したばかりなのによくもまあ体力が有り余っているものだ。
そして、あっという間に塔の最上階へ。
近づくにつれて喧しさを増す咆哮と地響きから、ドラゴンが進化していることも視野に入れていた。
入れていた、が。
そこにいたのは、見覚えのある赤い鱗に覆われたドラゴンではなかった。
「ガアアアアッ! ガアアアアッ!」
憎悪の篭った声で咆哮をあげる赤い竜。その体表を覆うのは鱗ではなく、『血瞳晶』と呼ばれる鉱物。それが血管のように全身を張り巡らされ、どくんどくんと魔力が淡い光を明滅させながら胸と額に一際大きく形成された瞳のような水晶へ届けられる。
────紅晶竜『レッドドラゴン』
前回、遠藤たちが討伐に挑んだ際にそう名付けたらしい。
噂以上におどろおどろしく、目が離せない輝きを暗闇の中で放っていた。
そして、私たちが臨戦態勢に入ると同時に、ドラゴンは咆哮をあげる。
これまでの咆哮と違い、魔力を声帯に収束してはなったそれは物理的な風圧と化して周囲を薙ぎ払う。
「きゃっ!」
素早く自分に重力魔法の『ヘヴィチャージ』を使用して【
なんでもこの【干渉】は吹き飛ばしや気絶に対して補正を与えるステータスらしい。この前、エルドラが言ってた。
その場で踏ん張り、盾をかざして咆哮を遮る。
「先制咆哮でスタン狙いは常套手段だよね」
「支援はアリアたちに任せるとして、私たちは攻撃に集中するしかないでしょう」
「回復はお任せください」
「私は五時の方向から魔法で攻撃します」
私の背後でいつものように素早く攻撃の指針を決める終の極光。三度も負けた相手だと言うのに、彼らの目にはギラギラと闘志が輝いている。
こう言うところを見ると、『ああ、やっぱり冒険者なんだなあ』としみじみ思うよ。
私? 震えてますが????
私は盾の向こうに佇むドラゴンを見据える。
見れば見るほど、ファンタジーとは程遠い外見をしている。特に、あの赤い鉱石を見ていると視線が外せなく────
がきん、と右腕と左太腿に衝撃が走る。
この感覚は、カバーリングスキルが発動した時に走る痛みと
幸いにもそれほど攻撃力が高いわけではなかったけど、噛みつかれたというよりも剣で攻撃されたような衝撃……
「ッ!?」
と、そこまで考えて私は身震いした。
私は回復の要であるフレイヤにカバーリングを使用していたはずであって、目の前にいるドラゴンが私をすり抜けてフレイヤを攻撃したわけではないのだ。
舌打ちをして、カバーリングを解除。
いつの間にかスキルの対象が『
鑑定スキルを使っていたエルドラが叫ぶ。
「ちっ、やはり『血瞳晶』の効果だ! あの胸元の石が光っている間は“スキル・魔法の効果を奪われる”ぞ! 一定時間ごとに光るから、その時は攻撃を中断しろ!」
「了解、みんな、予定通りあの石が光っていない時を狙って攻撃するよ!」
遠藤の号令にリヨナたちは頷く。
石が光る間は攻撃の回避に専念し、石の光が途絶える僅かなタイミングで攻撃をしかける。
さながらターン制ゲームのようでありながら、こちら側にとってとことん不利な状況だった。
魔物を惹きつける『竜瞳晶』。その効果が変質してドラゴンすら惹きつける『血瞳晶』。
その鉱物を食って進化した『紅晶竜』。
邪神がバックにいるのも納得できる嫌らしい性能を兼ね備えた魔物だ。
遠藤に片翼を切り落とされてから獲得したのか。
攻撃力だけに飽き足らず、スキルの恩恵を強奪する能力を。
ただでさえ強力な攻撃力を有しているのに、それでもまだ足りないのか。まだ強さを求めるのか。地球の頂点に君臨して、尚も貪欲に勝者であろうとするのか。
盾を握っていた手が震えていたので、片方の手で軽く叩いて喝を入れる。
こちらにも『血瞳晶』がある。
ヘイトを集めるのはそちらだけの特権じゃない。
ミリルを狙うドラゴンの攻撃に併せて、私は盾に魔力を流した。
盾の表面をさながら血管のように魔力が脈動する。
ドラゴンの視線と殺気がこちらを捉えるのと、その爪が盾に振り下ろされたのは同時だった。
ぎゃりぎゃりと盾と爪が耳障りな音を立てる。
【
相手が全く力を込めていないという点でも、歯噛みするほどに不愉快だった。
「
ミリルの掲げた杖の先端から、何条もの電撃がドラゴンを襲う。
閉所かつ近距離でしか運用できない魔法だが、〈雲海〉の二つ名に恥じない高威力の電撃がドラゴンを襲う。
それでも、ドラゴンは私を見下ろしていた。
そして、嗤った。
まるでどんな攻撃も効かないと言わんばかりに、ミリルの魔法もエルドラの
ドラゴンが息を吸い込む。
ファイアブレスの体勢だ。こんな状況じゃあ避けられないし、こんな至近距離であの威力のファイアブレスを食らえば間違いなく大ダメージ。
────これは開始早々、死んだかも。
「随分と隙だらけね、『シュートアロー』!」
アリアの矢がドラゴンの額にあった赤い石を撃つ。
瞳のような色合いのその石にビシッと亀裂が走った。ドラゴンが初めて痛みに呻き声を漏らす。顎門を迸っていた炎は狙いが逸れて私の数センチ右を焼く。
「次も額を狙うわ」
弓を引き絞りながら宣言通りにドラゴンの額を狙うアリア。
あらやだ、吊橋効果でアリアに惚れちゃいそう。
ごめんごめん、ちょっと精神がぐちゃぐちゃになってたわ。
状況を打破できるスキルポイントの使い方を考える。
客観的に見ても希望を付け足しても無理だ。
こっちは回避を封じられたも同然かつジリ貧。
『食いしばり』を取得しても外れを引く確率の方が圧倒的に多い。
とりあえず、無いよりはマシということで『食いしばり』スキルを取得。5レベルまで成長させる。
これで残りスキルポイントは30。
まずいな、ドラゴンがさらに体重をかけてきた。
そろそろ押しつぶされるかも?
「
すぐさまエルドラの手から生じた漆黒の炎が、鎖の形を形成しながらドラゴンの体に巻きつく。
ぎちぎち、と縛り上げた拍子に盾を傾けてドラゴンの爪を滑らせる。
爪は床を砕き、破片を辺りに撒き散らした。
「チッ、これでも行動不能にはできんか」
炎の鎖を引きちぎったドラゴンを見て、エルドラが不機嫌そうに舌打ちをした。
ひゅー、今日はなんだか皆に助けられている気がする!!
惚れそう!!
やっと【筋力】対決から解放された。
腕が痙攣しているし、筋が強張っている感覚がする。
その症状を隙を見て回復させ、二撃目に備える。
鉄壁スキルと聖騎士の堅陣は発動している。堅牢という固有スキルも問題ない。
見事なサマーソルト。
そうとしか表現できないほどに、ドラゴンは後ろ足で地面を蹴ると身体を浮かせて尾を私に向けて叩きつける。
「ユアサさんっ!」
フレイヤの悲鳴が聞こえた。
盾で尾を受けるが、それでも威力は軽減できなかった。
ばきん、と盾にヒビが入る。
鞭のようにしなった尾が、筋肉と硬い岩で覆われた尾が、胸甲の上から胴体を叩く。
尾と地面に挟まれた身体のなかで肋骨の折れる音が脳髄に響く。
「がはっ……!」
一瞬で
『食いしばり』スキルがさっそく発動した、と思った次の瞬間。
私の
口からごぽりと力なく血を吐き、朦朧とする意識のなかであのドラゴンの攻撃の
捥がれた片翼の付け根からとめどなく血が溢れている。
激しく動いた拍子に血を撒き散らし、さらには尾に塗りたくることで『万が一、一撃で仕留めきれなかったとしても毒で殺す』ことを可能にしたのだ。
私のスキル『毒耐性』を上回るほどの殺傷能力の高い劇薬は、堕腐教のテコ入れか。
これだから嫌になるね、まったく。
グラっと暗くなる視界の中で、フレイヤが回復の為に祈りを捧げるのが見えた…………
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