第26話 喧嘩するほど仲の悪いアリアとエルドラ
宿屋の一階、併設されたレストランの一階で私はエルドラと一緒に朝食を食べていた。
「昨日は散々な目に遭った」
朝から不機嫌なエルドラ。
三日三晩のパワーレベリングで汚損したローブはクリーニング中。予備のローブを着ているのだが、彼はそれが嫌いらしい。
漆黒のベルベット生地に
なんでも、帝国では同じ金属でも金の方が価値があるらしい。緋緋色金は武骨で優雅さに欠けるとかなんとか。
黒と赤のコンビネーションは厨二チックで、炎をよく使うエルドラに似合っているから、彼が不機嫌になる理由が私にはさっぱり分からない。
サラダを突いて“捕食”していると、エルドラがふと顔をあげた。
「そういえば、そろそろドラゴン討伐の募集が出る頃だな。一度目よりも規模が大きくなるだろう」
もしゃもしゃと新鮮なサラダを頬張りながらエルドラはとんでもないことを言い出した。
「────もちろん、貴様は俺の盾として参加するよな?」
さも当然と言わんばかりの、まるで「林檎が地面に落ちるのは当たり前」とでも言いたげな確信に満ちた表情。
私は彼と過ごした二週間の思い出を振り返りながら、満面の笑みで首を横に振った。
「……ドラゴンは強い。長く、辛い戦いになるだろうな」
ふっとエルドラは微笑む。
「────もちろん、貴様は俺の盾としてその戦いに参加する。これは決定事項だ。反論は認めない」
これは酷い横暴。
もう私の意向は完全に無視じゃん。まあ、いつものことなんだけどさあ。
それはいいとして、ドラゴンにこれまで敗北し続けているわけなんだけど、どうにかできるのかね?
小手先の技術だけで勝てるような相手じゃないと思うんだけど。
「(ドラゴンに勝てる見込みはあるのか?)」
エルドラの鑑定によれば、ドラゴンのレベルは120。私の三倍ほどはある。
いくら敵が一体だからといって、数の暴力で制圧できないことは前回の討伐が証明している。
おまけに邪神のテコ入れがあったらしいし、そう簡単には倒れてくれないだろう。
「あの黒髪のガキもレベルをあげたようだし、勝てる要素はある」
楽観的だなあ。
というか、遠藤を黒髪のガキ呼ばわり。
どうやらレベリングの件で嫌いになったみたいだ。この前までちゃんと名前で呼んでいたのに、今では顔を顰めている。
「非常に不愉快で業腹ではあるが、あのガキは相応の実力と蛮勇を有している。その仲間もな」
エルドラはそこで私をチラリと見てから、呆れたようにため息を吐いた。
「また、甚だ不服だが、あのドラゴンを放置して現状が改善することはない。加賀とも協力して堕腐教を掃討せねばならないしな」
私は
あれから加賀刑事と吟遊詩人ナージャ、及び目の前のハイエルフから受けた誤解は解ける気配もなく、それどころか否定すればするほど余計に話は拗れるばかり。
昨日の夜なんて四人グループチャットで全員から「くどい」と言われる始末。どうしてこんなことになったんだろうか。謎の一体感を生み出さないでほしい。
私のステータスを久しぶりに確認するか
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湯浅奏 人間(地球)
魔力:450/450
ステータス:
【
【
【
【
【
【
【
【
スキル:言語理解LV20・神聖魔法LV15・風圧LV2[+方向指定]・鉄壁LV6[+効果時間延長]・カバーリングLV19[+対象指定]・暗視LV9・聖騎士の堅陣LV4・魔力自動回復LV 1・魔力増加LV 3・重力魔法LV3
固有スキル:大地耐性LV1・暴風耐性LV3・吸収効率化LV6・魔力操作LV10
ユニークスキル:
堅牢(物理耐性・斬撃耐性・殴打耐性・刺突耐性・腐食耐性・酸耐性・魔耐性・毒耐性・疾病耐性・呪怨耐性・噛みつき耐性)
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このステータスとスキル構成でドラゴンの猛攻を凌げるか?
使えるスキルポイントは60。
取得に10ポイント、レベルアップに5ポイント消費するから、賢く使わないと……。
取得できるスキルで防御力があがるものは少ない。例を挙げるとしたら『食いしばり』だけど、これは確率だ。
どうしたものか。
あ、そうだ。エルドラに聞こう。
「(へい、エルドラ! スキルポイントを賢く使いたいんだけど、おすすめはあるかい?)」
「そうだな……」
エルドラは優雅にスープを飲んでいた手を止め、顎を摩りながら考え込む。
「やはり、取得条件が不明であるスキルだな。即戦力になるとすれば『食いしばり』だろうか」
スキルにはなんらかの取得条件が設けられている。剣術であれば『誰かに対して殺意を持ちながら剣を振り上げる事』、魔術であれば『特定の属性に対して知識を有している事』などが挙げれる。
その一方で、全く取得条件が分からないものがある。捕食系のスキルや防御系のスキルがそれだ。
「(やっぱり『食いしばり』かあ……)」
「無闇矢鱈と新スキルを取得するよりも、既存スキルのレベルアップを狙った方がいい。宝の持ち腐れになるのが一番恐ろしいからな」
そういえば、エルドラのスキルはかなり少なかったな。その代わり、上位系のスキルが多かった。
むー、新しくスキルを取得するより既存スキルを成長させた方がいいか。
ドラゴンがあれからどれぐらい成長したのか分かんないから、防御系のスキルをあげたところで奴の猛攻に耐えられる確証はない、と。
まあ、この件は一旦保留ということで。
「朝食を食べ終えたら、冒険者ギルドに向かうぞ」
「(へいへい)」
私は最後の一口を捕食して、『これが最後の晩餐だとしたら随分と質素だなあ』なんて数え切れないほど抱いた感傷を胸に秘めて椅子から立ち上がる。
スマホを起動して、母に遺言じみたメッセージを送ったところ。
『なんだかんだ言ってあんたは強いから大丈夫d(^_^o)』
と返信。さらには、
『そろそろ米がなくなりそうだから週末に帰ってきたら買っといて』
とおつかいまで付け足された。
流石は私の母だ。神経が図太い。
そしてやって来ました冒険者ギルド日本支部。
掲示板にはデカデカと『レッドドラゴン討伐依頼』が張り出されております。
参加条件はCランク以上。レベルは15以上。
パーティーでの参加が必須条件。
「(人数が足りないが、どうする?)」
「パーティーの最大人数は六人。終の極光に入れて貰えばいい。幸いにも、前回の迷宮探索の際に臨時加入の手続きは済ませてあるからな。まだ解消していないから、あの黒髪のガキの了承さえ得られれば問題はない」
そんな風に私たちが話していると、いつの間にか隣に立っていたアリアが腰に手を当てながら張り切った顔をしていた。
「二人もドラゴン討伐に参加するのね! ふふん、なら特等席で私たち『森の狩人』が活躍する光景を目に焼き付けるといいわ!」
「小娘、人の話を立ち聞きするとは感心せんぞ」
「うるさいわね、あんたに話しかけてないわよクソハイエルフ。一生黙っていろ」
「「あ? どうやらドラゴンの前に討伐されたがっている奴がいる(ようだな/みたいね)」」
この二人、もの凄く仲が悪い。顔を合わせるたびに喧嘩をしている。
その背後で、アリアのパーティーメンバーであるエルフの少年少女たちが「え、ドラゴン討伐とか聞いてない……」と露骨に困惑した顔をしていた。
「ふんっ、こんな魔法を扱う事だけしか頭にないような学歴を振り翳す
「ハッ、ほざけ。魔術学園に入学できるほどの魔力総量も適性もないエルフのどこが“種として優れているのか”理解できんな。こそこそ物陰から隠れて奇襲する以外に出来ることがあるのか?」
エルドラの煽りにエルフたちが「野郎……ッ!」とバシバシ殺気を振り撒く。
「その言葉の代償、高くつくわよ」
「おお、怖い怖い。10
これは異世界の言い回しだな。
たしか、10聖貨は葬儀用に購入する花の代金で……生きている相手に対してその言い回しをする意味は『所詮、その程度の価値しかない命』
って、なにを煽っとるんじゃ!!!!
死亡フラグを建築するんじゃない!!!!
「(争いはやめよう)」
「あらやだ。これは争いじゃないわ、正当な主張よ」
「何が正当な主張だ。その音を拾う以外に用途のない耳がついに使い物にならなくなったか?」
「魔力を拾うだけしかない無駄に長い耳より高性能よ」
「「ほお……?」」
だめだ、こりゃ。
拳を鳴らすアリア。ファイティングポーズを取るエルドラ。スキルを使わない殴り合いが始まった。
いくら
私はそっと喧嘩を始めた二人から距離を取った。
◇◆◇◆
いつもの如く、ブリーフィングルーム。
今回は遠藤たち『終の極光』とアリア率いる『森の狩人』と合同でドラゴン討伐を目指す。
依頼を引き受けるより先に険悪な雰囲気になったエルドラとアリアだが、二人とも百歳を超えた社会人かつ冒険者歴三十年である為、禍根を引きずるようなことはしない、と思いたい。
「やあ、親愛なる冒険者諸君。この度はドラゴン討伐の依頼を引き受けてくれてありがとう」
にこやかな笑みを浮かべながら内藤支部長がやってきた。
手にはドラゴンのスキルやステータスに関する資料。
それが手渡しでその場にいる全員に渡されていく。
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レッドドラゴン
魔力:10000/10000
ステータス:
【
【
【
【
【
【
【
【
固有スキル:ファイアブレス・爪撃・尾撃・噛み砕き・魔力回復・再生
ユニークスキル:竜の系譜・竜王・『?????』
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スキル欄が限りなくシンプルだが、それだけにステータスが化け物であることを如実に示している。
いやいや、最低で100。最高で10000。
生命力に至っては60000。
はー、私なんてギリギリ1000。
どんだけ化け物なんだって話ですよ。
私たち勝てそうかな?
会議はそれぞれの動き方や魔法効果の擦り合わせがメインテーマとなっていた。
私は遠藤やエルドラから、庇うべき優先順位を確認させられる。
まずは生命線である回復担当の神官フレイヤ。次に回復は劣るけれども補助魔法に秀でたアリア、アリアが倒れたら私が立て直しをはかる。
もっとも、私がみんなに回復魔法をかけるのは最終手段で、そこまで追い詰められていたら実質的な詰みだ。
小さな喧嘩はしたけれども、アリアたち『森の狩人』は道中の魔物や罠の対処とドラゴン討伐の補助を買って出てくれたので、終の極光は万全の状態でドラゴンとの戦闘に専念できる。
方向性が定まってきたところで、遠藤がこんなことを言い出した。
「ああ、そうだ。前回、討伐が失敗した理由なのだけど、味方の支援魔法が作用しなかったんだ」
その話にエルドラが食いつく。
「支援魔法の威力が低すぎたのか?」
「いや、そんな感じでもなくて。なんと言うか、掛けたのにかかってない、とでもいうべきかな」
「ふむ。そういえば、ドラゴンはあの迷宮で魔物だけでなく採集できる素材も喰っているという話だったな」
腕を組みつつ、資料をぺらぺら捲るエルドラ。
法衣鎧を着ているから、なんだかサマになっているのが悔しいな。有能な参謀みたいじゃないか。
「『血瞳晶』を喰っているとすれば、この盾が持つ効果と似たようなスキルを獲得しているかもしれんな」
エルドラがごんごんと私の盾を叩く。
透明なライオットシールドに嵌め込まれた『血瞳晶』は瞳のような模様で静かに佇んでいる。一度でも魔力を流せば、いかなる魔物であろうと惹きつけられるだろう。
「それは厄介だね。俺たちの支援魔法が強奪されている可能性もあるってことだ。場合によっては回復や支援も慎重にならないといけない」
通常、魔法を使うときは強い意志が必要になる。
相手をじっと見つめながら呪文を唱えることで魔法は効果を発揮するのだ。
つまり、もしドラゴンがヘイトを操作できるとすれば、冒険者が支援魔法を使おうとしたタイミングでヘイトを奪いつつ魔法の恩恵を奪うことができるかもしれない。
これはかなり厄介だ。
「この『血瞳晶』はかなり魔力効率が悪い。恐らく永遠には発動できないから、必ずどこかしらのタイミングで
私たちのなかで最も博識なエルドラが攻略法を提示した。
おお、私よ。
今回も死んでしまうかもしれません。
「【
地道に削るってことは、その分、私がドラゴンの攻撃に晒されるということでありまして……。
あー、トラウマが蘇りそう。
ありゃ酷いもんでしたよ。
玩具のように尻尾でビタンビタン。あれは誰も耐えられませんって。
まあ、ちょっとした
あれはもう最終手段どころか二度と使いたくない手札。
端的に言うと、『死後の世界を覗き見た』的な?
あれは二度と見たくないなあ。
思い出すだけで嫌な汗が吹き出してくる。
緊張を解すために伸びをしてるとエルドラが話しかけてきた。
「ふん、分かればいい。貴様が死ぬと不都合しかないからな」
私は魔力操作でそっと文字を描く。
「(エルドラさんこそ、誤射ゼロでお願いしますよ)」
「……ベストは尽くそう。結果は保証しないが」
よしよし、改善に向かってますなあ。
そろそろ世話係も任期満了になるし、エルドラさんには是非とも今回のドラゴン討伐で信頼できる仲間を増やして……
増や……
…………
友達を作るのは無理かもしれないけど、有名になればめちゃんこ強いエルドラにきっと擦り寄る輩がいるから、その人に世話をしてもらうんだよ。
偶になら相談に乗ってあげてもいいかな。
偶に会ってエルドラの顔を見て失った青春時代を補完しよう。そうしよう。他人として関わる分には、エルドラは顔が良いからね。
そうして、会議は終わり。
私たちはドラゴン討伐に向けて最終的な調整に入るのだった。
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