第25話 レベリングしようぜ

 次の日の朝。

 スマホの震えで目を覚ました。


『湯浅さん、この前のお誘いは覚えていますか?』


 メッセージの送り主は遠藤。

 何通かのやり取りを遡れば、すぐに彼が何を指して言っているのか分かる。


『これからドラゴン討伐に行ってきます。もし無事に討伐を果たしたら、エルドラさんも交えてAランクの迷宮に行きませんか?』


 今思えばフラグだった発言。恐らくこれのことだろう。

 エルドラに団体行動と協調性を教える必要性をこの前の依頼で痛感していたので、これは渡に舟だ。


『もし良ければ、今日の午前十時から近場の迷宮に行きませんか?』


 念のためにエルドラにお伺いを立てたところ、「終の極光の実力を見てみたいと思っていたところだった。丁度いい」とご了承をいただけたので遠藤に承諾の返信を送る。

 今の時刻は午前八時。

 装備の消耗はほとんどないし、アイテムも昨日の依頼の時に補充してからほとんど使っていない。


 待ち合わせより、少し早くファミレスにエルドラに呼び出された。

 渡したいものがある、と妙に緊張した様子で切り出した彼は、机の上に一つの瓶を置いた。


「帝国にいた時に錬金術で作ったエリクサーという霊薬だ。貴様ほど防御力の高い盾役には不要だろうが、くれてやる」


 エリクサー。

 この日本では、一滴が政治家の年収ぐらいの価格で取引されている代物だ。

 それが分からないわけではないだろうに。


「貴様には世話になっている。死なれても困るからな。懐にでもしまっていろ」


 照れているのか、少し頬を染めて居心地悪そうにしているエルドラの初めて見る振る舞いに肩を揺らす。

 彼は睨みつけてきたが、机の上に置いた瓶を取り返すようなことはしなかった。


 待ち合わせの時刻まで私とエルドラは、ドラゴン討伐について話し合う。

 ブレスの対応や薙ぎ払いを掻い潜ってどう攻撃するか議論した。


 そんな風に盛り上がっていると、遠藤たちがやって来た。


「やあ、湯浅さんにエルドラさん。昨日はご心配をおかけしました」


 新調した装備一式を纏った遠藤が片手を挙げながらそれぞれ私たちの横に座る。

 ドラゴン討伐に失敗したが、あの後ですぐにメンタルを立て直したらしい。さすがSランク冒険者だ。


「ふん、それで今日はどこの迷宮にいくつもりだ?」

「最近、変質したと噂の【人食い果樹園】に行こうと考えています。なんでもランクが急に三つあがったそうなので、魔物の討伐を担当できるパーティーがいないらしく、支部長からお願いされたんです」


 あー、あそこか。

 エルドラと組んでから三つ目に訪れた迷宮。

 元々はEランクの【陽光差し込む平穏な果樹園】という銘だったが、変質した影響でCランクにまで一気に格上げされた。

 出現する魔物はどれも植物系統で、迷宮にしては珍しく屋外なのだ。


「Cランクか。レベル上げに向いているとは言えないが……」


 珍しく難色を示すエルドラ。

 レベルは魔物を倒すことで上がる。10レベルまでは魔物を倒せばすぐにレベルは上がるけれど、15レベルから番人クラスの強力な魔物を倒さないとレベルが上がらなくなる。

 必然的に番人の多い迷宮がレベル上げに向いていることになる。


「そんなことないです。この迷宮はすごくレベル上げに向いています」


 満面の笑みできっぱりと宣言する遠藤。

 もちろんエルドラは「何を言ってるんだ、コイツ」と眉を釣り上げる。

 遠藤の企みに気付いた私は、思わず遠い目をした。


 パワーレベリング。

 第三者の協力を得て、何度も繰り返し戦闘をこなすことで効率的にレベルを上げる手法だ。


 これだけ聞けば、とても簡単に聞こえるが実際はそうじゃない。

 装備品は何度も酷使すれば壊れるし、長時間の戦闘は気力が持たない。なにより、体勢を立て直すために拠点に戻る時間がロスになる。


 それを強引に解決する手法が、遠藤の手に握られたリュックだ。


「じゃあ、湯浅さん。もうパーティーメンバーじゃない人に荷物を持たせるようで悪いんですけど、これ背負ってもらっていいですか?」


 ────じゃあ、予め必要になるもの全部持っていけばいいじゃない。


 予備の武器30セット、一週間分の野営セット(人数分)、その他もろもろ……


 【筋力STR】が100を超えている私が背負えるギリギリの重さまで詰め込まれたリュックだ。


「今日は3レベルを目標にしましょうか」


 にこやかに微笑む遠藤。

 ……君、相変わらずゲーム脳が直ってないねえ。



◇ ◆ ◇ ◆



「し、信じられん……」


 遠藤たちとレベリングを始めてから三時間。

 魔物を倒し続けてようやく迷宮内を一掃したところで小休憩していると、エルドラが頭を押さえながら小声で呻いていた。


「一年で50レベルに至った時点でおかしいとは思っていたが、これほどまでとは……!!」


 冒険者は魔物を倒し、素材を集めて売り払った金で良い武器を購入して番人に挑む。これがスタンダードかつ堅実な『強くなるためのメソッド』だ。

 一方で、遠藤たちは違う。

 ただひたすらに魔物を倒し、レベルを上げる。素材の回収は最低限。わざと魔物を呼び寄せ、殲滅し、次の魔物を探す。

 サーチ&デストロイだ。


「いやあ、やっぱり人数がいると安定して効率的に狩りができますね」


 朗らかに携帯食をむしゃむしゃしながら笑う遠藤。

 その足元でリヨナが地面に突っ伏していた。青ざめた顔は魔力欠乏の典型的な症状だ。手にはまたしても折れたレイピア。


「エンドウ殿、たしかに私は強くなりたいと言ったが、これはちょっと想定していない……!」


 剣が折れても予備を渡され、魔物の攻撃から庇われ、ただひたすらにスキルの使用を強要される。

 リヨナが文句を言うのもしかたない。

 まあ、装備がボロボロになった要因はエルドラの魔法なんだけど。


「でも、『刺突』のスキルは上限の20レベルに到達しただろう?」

「た、たしかにそうだが……」

「次は『貫通』のスキルレベルをあげようね」


 リーダーの命令にリヨナはがっくりと肩を落とす。

 そんな彼女をエルドラは憐れみの眼差しで見つめていた。


「なあ、いつもあんな感じなのか?」


 私は頷く。

 駆け出しの頃、それこそ15レベルぐらいの時は番人と戦ってレベルを上げていたけれど、遠藤がこんな事を言い始めたのだ。

 ────雑魚の方が経験値効率いいじゃん、と。


 それ以降、『ひたすら殲滅ハック&スラッシュ』でレベリングに励んでいる。

 遠藤曰く、番人と戦うよりも総合的にレベルが上がりやすいらしい。


 本来、レベルはトドメをさした人が優先的にあがりやすく、その『おこぼれ』が他の人に流れる仕組み。なので、最も攻撃力の低い私が『終の極光』のなかで最低のレベルだ。

 そんな私でさえ、一年で30レベルに到達するほどなのだから、どれほど遠藤たちが効率的にレベルを上げているかが分かると思う。


 ちなみに、冒険者ギルドが発表した『活動年数に比例したレベルの平均』によると、三年で30レベル。六年で50レベルに到達するらしい。

 遠藤、やっぱり君は“やばい”よ。


「(エルドラ、地獄はこれからだよ)」

「……なん、だと?」


 迷宮内の魔物を一掃した次は番人戦。

 番人を倒して十分の休憩を挟んだ後に、迷宮の修復が完了するのでまたも掃討戦。その間に番人が復活するから少し休憩した後に番人戦……無限ループって怖くね?


「あ、ありえん……」


 そりゃそうだよね。

 このレベリングスタイル、当初はミリルやフレイヤも反対してたよ。でもね、そんな彼女たちも今や、


「魔力効率が────」

「回復スキル的に────」


 すっかりゲーム脳だ。

 遠藤に食らいつけるだけのガッツがある。


 番人を倒したという名誉よりも、レベルを求めた結果がこれだよ。


「ドラゴンを確実に倒すために、最低でもレベルは60は欲しいな……」


 なにやら恐ろしげなことを宣う遠藤。

 今日だけで3レベルもあがってしまった私は呆れてため息を吐くしかなかった。



 そして迎えた三日目の昼。


「げほっ、さすがにこれも飲み飽きたな……」


 エルドラが初めて弱音を吐いた。

 彼は手に持ったリジェネレート・マナポーションをむせつつも飲み干す。


 魔香草より効率は落ちるけれども、継続的に魔力を回復させる作用のあるポーションだ。

 飲み干した瓶を受け取って、私はリュックの中へ突っ込む。


「まさか俺のレベルがここであがるとは思わなかったぞ」


 複雑な表情のエルドラ。

 火力が正義と主張していた彼も、ミリルに倣って魔力効率を考えるようになってくれた。今では鑑定スキルを駆使してどの属性の攻撃がどの魔物に効きやすいか教えてくれる。

 でもやっぱり誤射はする。私の鎧がボロボロなのはエルドラのせいだ。


 鎧に血を与えていると、エルドラがこちらをじっと見ていることに気づいた。


「貴様、その鎧はカースドアイテムなのか?」

「(そうだ)」

「呪いを帯びた装備品を身につけるとは。国が違えば常識も違うと言うが、地球人テラリオンはつくづく理解し難いな……」


 これはこれで便利なんだけどね。

 欠伸を噛み殺しながら、私は盾にヒビが入ってないことを確認する。

 この盾に嵌め込まれた『血瞳晶』のおかげで魔物たちのヘイトはこちらに向く。遠藤の考案したハック&スラッシュの効率を最大限に後押ししている。魔物が向こうからこちらにやって来るので、探す手間がかなり省けるのだ。


 光のない瞳で素振りをしているリヨナ。

 そんな彼女を視界に入れないようにしながら呟くエルドラ。


「よくもまあ、こんなやり方でこれまで死ななかったものだ。感心せざるを得ないな」


 ほんと、それな。

 いくら人外と称される冒険者であっても、三日三晩を最低限の仮眠と食事だけで乗り切るのは辛いものがある。


「エルドラさんは1レベル、湯浅さんは5レベル、リヨナは6レベル、フレイヤとミリルは3レベル、俺は7レベル……最高記録更新だ!」


 はしゃぐ遠藤をエルドラはげっそりした顔で見ていた。嫌味を言う気力すらないらしい。


 そりゃそうだ、ドラゴンに負けた遠藤たちの気合の入りようは凄まじかった。寝る間を惜しんで戦闘。食事をしながらの戦闘。

 魔物がいなくなって、ようやく十分程度の仮眠。それからまた戦闘。


「じゃあ、みんなも疲れているだろうからこれぐらいにしておこうか。宿の予約は取っておいたから、今日はそこで休むといいよ」


 遠藤の許しが出た。

 その言葉を聞いた途端、その場にいた全員がふらふらと地面に倒れる。

 ようやく、あの過酷なレベリングが終わったんだなって……


「こらこら、こんなところで寝たら風邪ひいちゃいますよ」


 苦笑いする遠藤。

 もう宿屋まで歩いて行く気力もない。ここが宿屋ということにならないだろうか。


「シャワー、浴びたい……」

「ふかふかのベッドで寝たい……」

「服を着替えたい……」


 切実な訴えを口に出すフレイヤ、ミリル、リヨナ。綺麗な髪は魔物の返り血と泥に塗れている。


「だらしない奴らだな。ふん、行くぞ」


 青褪めた顔でふらふらと立ち上がるエルドラ。

 薄汚れたローブを翻しながら颯爽と歩く。その目は「早く宿で休みたい」の一色に染まっていた。


 私も盾を支えに立ち上がる。

 全身を魔物に殴られているような感触があった。何回も殴られたり、エルドラに誤射されたせいで触覚が誤作動しているだけなのだけど、やっぱり落ち着く感覚じゃない。

 もうとにかく疲れた。

 今の私なら、軽く百年は眠れる気がするよ……。

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