第24話 恋する乙女


 そうだ、エルドラとお喋りをしよう。


 警察が慌ただしく捜査するなか、暇を持て余した私はふとそんなことを思いついた。

 今回の騒動、その主犯であるエルドラが高威力の魔法をいきなりぶちかましたことには必ず理由がある。

 いきなり説教するのではなく、これからどうするべきか一緒に考えるべきだ。って、私が過去にやらかしたときに内藤支部長が庇ってくれた際に言っていた。

 内藤支部長のことは嫌いだが、あの人は尊敬される上司なので参考になるはずだ。たぶん。


 そうと決まれば善はそこそこに急げ。

 私は指を動かして文字を描く。


「(エルドラは第五位魔術師と聞いたのだけど、帝国ではどんな仕事をしていたんだ? 魔法で国防を担っていたのか?)」


 煙管キセルに詰めた魔香草を吸っていたエルドラが煙を吐きながら私の質問に答える。

 マナポーションの価格が高いので、代わりに魔香草の煙で魔力の乱れを落ち着けるのだ。冒険者もたびたび嗜んでいる。


「うむ。俺は魔術に関わる犯罪を取り締まり、魔物や山賊を掃討する仕事を百年ほどこなした。百年前にはグレニア法国との戦争で森を二つほど燃やした」


 森を燃やすって、かなり凄いことでは????

 異世界の植物ってだいたい動いたり喋ったり消火活動をしたりするって聞いたんだけど、そんな植物たちで構成された森を二つも燃やした。

 道理で自然大好きなエルフに嫌われるわけだ。


 そんで掃討するお仕事のなかで知り合いの話が一向に出てこない。

 エルドラくん、君、さてはぼっちだな?


 私がエルドラの過去について考察していると、傍からにょきっとナージャが顔を出す。


「そのお話は私も伺ったことがあります。『おお〜邪悪なハイエルフ〜無慈悲に森を焼き払い〜美しき大森林を更地に変えた〜♪』で有名な第八次聖戦ですね」

「ハイエルフは慈悲深く寛大な種族だ。訂正しろ」

「私が謳った曲ではありませんので、あしからず」


 なるほど、エルドラがたびたび『慈悲深さ』を強調していたのは、こういう理由かあ。


「これだから吟遊詩人は度し難い。捏造された過去がそんなに尊いか」

「捏造されたも何も史実を元に生み出された曲でありますから。言いがかりはよしてください」

「ふん、何も知らないくせに偉そうに」


 煙ごとチクチク言葉を吐き出すエルドラ。

 ここ最近は眉間に眉を寄せていなかったけど、今日はなんだか皺が深い。そりゃ全方面から嫌悪感ぶつけられたら機嫌が悪くなるね。

 そのとばっちりが私に来ませんように。


「(他にもハイエルフが地球に来ていたりするのか?)」

「ああ。各冒険者ギルド施設に一人ずつ。位がもっとも高いのは俺だ」

「(一人ずつ? 大変そうだな)」

「ハイエルフは莫大な魔力を持って生まれる。大気中の魔力濃度が高い場所以外での集団行動は魔力の奪い合いと他のハイエルフの活動の妨げになる。地球テラはとりわけ魔力濃度が低いから、纏まって動くよりも分散した方が効率が良い。よって、致し方なく俺は単独行動を強いられているのだ。断じて、俺に人望がないわけではない」


 なるほど。ボッチには理由があったのね。

 そんなことを考えていると、ナージャが鼻を摘みながら顔をしかめる。


「魔香草の甘ったるい匂いはどうにも苦手です。どうにかならないんですか?」

「ならん。我慢しろ。そもそも同行を願ってきたのはそちらだ、これしきのことでがたがた文句を言うな」

「はいはい、そうですねえ」


 うーん、ギスギス、ギスギス、ホトトギス……。

 ううむ。なにか、なにか皆が明るくなれるような話題を────だめだ、何を話しても揉めそうな気がする。

 確実にヘイトが双方に向かない、そんな話題がどこかに……あ、堕腐教について聞いてみよう。

 敵の敵は味方というし、共通の敵を見据えることで仲良く…………なったらいいなあ。


「(君たちは堕腐教について知っているみたいだけど、異世界では有名な組織なのか?)」


「各地の行方不明事件や身元のわからない死体は奴らの仕業と言われているほどに有名です。一般市民を拐って薬物漬けにして忠実な下僕に洗脳する手口は残忍そのもの」


「あの聖印を掲げるだけでも独房にぶちこまれるだろうな。関与が確実だと判明すれば処刑は免れられん」


 シンボルを掲げるだけで逮捕からの処刑。麻薬を販売するなら、それぐらいの対応はするか。

 麻薬が横行すれば、社会は崩壊する。

 崩壊した社会の建て直しがどれほど困難であるかは地球の歴史が過去に証明しているからねえ。


 個々人が武装集団に匹敵する武力を持ててしまう異世界ならそれぐらい厳しくしないと秩序を保てないのかも。


「規模の程度にもよるが、この手の組織は証拠隠滅に長けている。もし冒険者ギルドが対処に乗り出したと気がついていたら、最悪の場合、工場ごと爆破して末端の“口封じ”に踏み切っていた可能性もある」


 ほん? つまりはエルドラのファインプレーだと申すのかね?

 リカルドやアリアが納得したのはそういう経緯だったのか。


 この手のお仕事は基本ノータッチだったから判断に悩むな。


地球テラにはこのような組織はないのですか?」

「(新興宗教や麻薬組織があるとは聞いたことがあるけど、関わったのは今回が初めてだ)」


 半年前は鎧を着て歩くだけでも職質の嵐だったからなあ。最近になって冒険者ギルドと警察がお互いに苦渋の譲歩をしたらしいけど……それもどうなんだか。


 警察の人にとっちゃ常識のない怪しげな連中が治安維持の片棒を担ぐ。

 急変に対して恐怖や不安を覚えるのは地球人テラリオンさが。ましてやその地域の安全を任されている警察官なら警戒する。

 上層部が合意したからといって、現場の人間が納得しているとは限らない。

 ……事件は会議室で起こってるんじゃない。現場で起きているんだってね。


 証拠品の押収に励む警察の人から、時々、殺気に近い視線が飛んでくる。

 勘のいい冒険者なら誰が殺気を飛ばしているのか分かるかもしれないけど、私は鈍いので分からない。知らぬが仏というでしょう。


「堕腐教は何度潰してもウジ虫の如く蘇る。特に神託を授かる大司祭がいると組織の成長は格段に早まる。厄介極まりない連中だ」


 大司祭……異世界『アウター』だと神と交感できる存在をそう呼ぶんだったか。神託を受け、知識を授かり、神の使徒として布教活動に励む。

 なるほど、神がいる限り教団はなくならないし、麻薬の作り方とかが失伝しないのか。それはたしかに厄介だ。


地球テラと行き来できる門は各地の国が厳重に管理している。簡単に行き来できるものではないから、恐らく地球人テラリオンの誰かが神託を授かってしまったのだろう」

「神託で人生が変わった、なんて話はよく聞きますからね。しかし、世界を超えて神と接触なんてできますかね?」

「神に固定観念も常識も通用しない。世界の壁を越えることなど容易いのだろうな」


 ナージャの質問にエルドラは煙管を咥えながら答える。


「特に神のなかでも、邪神は残忍だ。仕える者たちに対して慈悲もなければ愛もない。あるのは打算と己の欲求を満たそうと企む精神構造。関わることそのものが生き物にとっての最大の不幸になる」


 まあ、邪な神と書いて邪神と言いますからね。

 関わるだけで大変な目に巻き込まれそうだ……もしかして、私に聖騎士の天職を授けたあの神も邪神なのかな?

 気になって当時はすぐに調べたけど手がかりもなくて分かんないんだよねえ。聖印もなかったし。


 そんなことをぼんやり考えていると、なにやら険しい顔をした警察官が一人、こちらに向かって歩いてくる。

 加賀悟、たしか『アウター』が関わる事件の担当部署である特別事件課の刑事だ。

 工場内にいたと思われる妖精にネクタイを弄られている。妖精種のなかでも大きい『ケセケセパサラン』と呼ばれる妖精だ。綿埃のような白くふわふわとした外見に翅が生えている。


「これ、おたくの盾に嵌められている石とそっくりじゃねえか?」

「そっくり、そっくりー!!」


 そう言って加賀刑事が見せてきたものは、掌大の紅い玉。数日前にドラゴンを呼び寄せる原因となった『血瞳晶』だった。

 何故、それが加賀刑事の手にあるのか。妖精ちゃん、邪魔だよ。


「間違いなく同一の素材だな。俺の鑑定に間違いはない」


 太鼓判を押すエルドラ。妖精を指で摘むと、ぽいっと遠くに投げ捨てた。「あれー!?」と悲鳴をあげる妖精。

 妖精さんって呼んでたのに。


「おお、なにやら事件の香りがしてきましたな!!」


 妖精を無視して満面の笑みを浮かべるナージャ。

 そしてげんなりする私。


 追撃とばかりに加賀刑事は私にタブレットを渡す。


「現場で発見された資料の写真だ」


 手渡されたタブレットにはくっきりと、

『レッドドラゴンの有効的な成長促進方法及び、日本国家転覆の為に優先的に破壊すべき主要施設とその順序────責任者:田中太郎』

 と表示されている。


 トラブルじゃねえか。ついさっきトラブルをどうにかしたばかりなのに、またもトラブルじゃねえか。

 ああ、嫌な予感がする。


「(何故、これを我々に見せた?)」

「何を惚けている」


 加賀刑事が、私の顔を真顔で見つめながらため息を吐く。


「既にこの件を掴んでいたことはお見通しだ。あまり警察を舐めないで欲しい」


 違いますが????


「用心深いお前のことだ、自分の目で確認するまでは誰にも言わなかったんだろう?」


 エルドラが「やはりな」と頷き、ナージャは「聖騎士殿は全てを知っていた、というわけですな」としたり顔で頷いている。

 誤解だよ。全くもって誤解だよ。


「一体どうやって俺たちの捜査を掻い潜っているか知らんが、今回は事が事だ。麻薬の横行と国家転覆だけは何がなんでも塞がねばならん。不本意だが、協力しよう」


 加賀刑事さん、数多の事件を解決してきた敏腕刑事さん。お願い、落ち着いて。落ち着いて考えて欲しい。

 捜査のプロである刑事を元一般人が掻い潜っている時点で『あり得ない』ことに気づいては貰えないだろうか。


「アンタらが湯浅の新しい仲間か。悪いが、何か情報を掴んだら教えてくれ。湯浅は秘密主義なところがあるからな」


 秘密もなにも、隠しているのは素顔と声だけなんですけど。


「ふっ、やはりこの一連の事件に邪神が絡んでいたのだな。道理で内藤支部長が聖騎士である貴様を俺の世話係に任命したわけだ! よかろう、最後まで協力してやる!!」」

「ふふふ、『けいじどらま』の主役に抜擢される刑事と知り合ってしまいました。これは大きな収穫です!」


 あ〜、だめだこりゃ。

 これは否定しても受け入れてもらえないや。


 いそいそとスマホを取り出すエルドラ。


「そうと決まれば連絡先を交換するぞ!」


 加賀刑事は「あんまり交換したかねぇが、しょうがねえ。これも円滑な捜査のためだ」と乗り気な様子。戻ってきた妖精がネクタイを解いているが、大丈夫なんだろうか。




 【悲報】一連の事件の裏に邪神が絡んでいた【なんてこったい】




 そんなスレッドを脳内で建てた私。

 卑屈な私が「フラグは前々から建ってた」「知 っ て た」「予定調和」とクソみたいなレスポンスを投げてくる。


 私の気持ちなどつゆ知らず(というか知っても否定してくる)、会議は勝手に進む進む。


「奴らの手口は巧妙だ。恐らくここに大司祭はいない。インターネットを使って末端に指示を飛ばしているのだろう」


 煙管を吹かし、輪っかを作りながらそれっぽいことをそれっぽい顔でそれっぽく言うエルドラ。

 妖精にネクタイを奪われたことにも気が付かず、真剣な表情でエルドラの話に耳を傾ける加賀刑事。


「となると、大司祭は社会に溶け込んでいる可能性が高いか。どうにか手がかりがあれば良いんだが……」

「この資料によれば、レッドドラゴンの経過観察を担当する信者がいるから、それを追跡すれば手がかりを掴めるかもしれん」


 真剣に議論を交わす二人の横で、ナージャがどこからともなく竪琴を取り出して唄を歌う。


「おお〜邪悪な教団に立ち向かう三人の男〜♪ ……ハイエルフは悪役的ポジションですが、これはこれでオリジナリティがありますね」


 わいきゃいと活発に議論を交わすエルドラ、加賀刑事、そしてナージャ。

 さっきまで凄くギスギスしてたのに、今はとっても楽しそう。


 あはは、お腹いたい……!!


 キリキリと痛む胃をさする。

 連絡先の交換からずっと逃げていたのに、場の流れで三人の連絡先を入手してしまった。

 あ、遠藤からメッセージが来てる。


『腕が完治しました。俺たちは元気です』


 自撮り棒で撮影した写真が送られてきた。両手でピースをする遠藤、自撮り棒を持ったフレイヤ、ちょっと半目になっているミリル、きょとんとした顔のリヨナが写っている。

 私は『治ってよかったです』とありきたりな返信を送る。


 他にも通知が来ていたが、高校の同窓会だったので無視。あんなの、リア充が自慢するために開催する飲み会でしょ。行くわけない、ない。


 スマホの電源を消した瞬間、画面に私の背後に佇むアリアの顔が映る。

 ぎょっとしながら振り返ると、彼女は腰に手を当てて私を見下ろしていた。


「さっき、あのクソ野郎と連絡先を交換していたでしょ」


 な、何故それを……!?


「エルフは獣人にこそ劣るけれど、優秀な斥候でもあるの。遠くの会話を聞くことぐらい朝飯前」


 なるほどねえ。

 あ、なるほどねえ。それで私と連絡交換をしたいと。


「(遠藤の連絡先が目当てか)」

「違うわよ!!」

「(可愛いところ、あんじゃん)」

「だから違うっての!! もう!!」


 顔を赤くして、狼狽えながらアリアが叫ぶ。

 図星を指摘されて地団駄を踏んでも、美人なので私は許す。可愛いは正義だ。

 野郎との連絡先交換は避けるが、恋が絡んでいるなら話は別だ。ちょっとだけなら一肌脱いでやってもいい。


「えへへ、連絡先ゲット!」


 まだ遠藤の連絡先を手に入れてないのに、早くもはしゃぐアリア。ははは、恋する乙女はいつだって可愛いものだね。

 今度、遠藤たちも交えた飲み会でも開催しますかね。


 視線を感じてふと顔をそちらに向けると、少し離れたところからリカルドがこちらを見ていた。


「あれが、狂犬のアリア……?」


 目を丸くして、ヒゲと耳をピーンとさせながらなかなかお目にかからないアリアのはしゃぎっぷりに驚いていた。

 アリア、冒険者ギルドにいる時はだいたい返り血に塗れているからね。驚くのも無理はないよ。


 私は嬉しすぎて長い耳がぴこぴこ動くアリアを微笑ましく思いながら癒されていた。

 後ろから聞こえてくる三バカの会話なんて聞こえないよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る