第23話 陽動は得意なエルドラさん


 はい、やってきましたるは麻薬製造工場。

 立地は寂れた倉庫街の一角、海に近いロケーションとなっております。磯の香りが漂っていますね。

 新築なのでシャッターはぴかぴかですよ。


 なんでもここで麻薬とHPポーションを独自の配合で混ぜているらしいよ。

 軽くウェブで検索をかけたら、『疲労回復』『美肌効果』『記憶力増加』の効果を謳った薬品の通販サイトがヒットしたので、かなり手広く商売をしているらしい。


 所定の時間になるまで、私とエルドラは建物の影に潜む。ナージャも一緒だ。

 耳をすませば、見張りたちのお喋りが聞こえてくる。


「…………しかし、ボスもよく考えるよなあ。なんだっけ『HPポーションと麻薬を混ぜれば、麻薬に対する嫌悪感はフッショクされる』だっけ?」

「それな。マジ、おれらのボス天才だわ」


 うわあ。そりゃHPポーションを飲めば生命力は回復するけど、あくまであれはレベルがあるやつらだけなんだよなあ。

 でも、そんなこと一般人には分かんないよなあ。騙されちゃうよなあ……。


「けどよお、俺たちは見張りなのにヨウジンボウとやらは中でしけ込んでんだろ? ずりぃぜ」

「馬鹿。どこで誰が聞いてるか分かんないんだから、言葉にはもっと気をつけろ。ボスの雇った用心棒は異世界から来たっていうんだから、なにがきっかけで暴走するかわかんねぇんだぞ」


 はー、異世界に来て半グレ組織の用心棒とか何やってんですかね。親が泣いているぞ!


 チラリと建物の影から様子を伺う。

 シャッターの前でチャラついた格好をした男が二人。ぱっと見、それぞれポケットに小型の銃を持っているな。

 反社会的組織、こわぁ……。


「…………」

「どうした、何か見えたか?」


 背の高さと耳で目立つエルドラは隠れているから、彼らの腕にある刺青が見えないのだ。


 正方形の角に配置された丸。

 それは信仰の証でもあり、また神聖魔法を使うために必要な装置を聖印と呼ぶ。


 毒薬と麻薬、腐敗と堕落を司る『アウター』の神。異世界でも邪神認定を受けているその一柱だ。その教義は残忍かつ傲慢なもので、信者の行為全てを容認する。悦楽を追求するためなら、たとえ幼児であろうとも利用して良いというものだ。


 私は双眼鏡を腕輪にしまい、そっと文字を描く。


「(堕腐教の聖印を見つけた)」

「堕腐教か。蛆虫が如くどこにでも湧く連中だな。地球ならば勢力を伸ばせると思ったのか」


 いやはや、聖騎士だからと異世界にある大体の教団とその聖印を暗記させられたことがここに来て役に立つとは思わなかった。


 不滅教に遭遇してからなんとなくおさらいしたことがフラグでしたか……。私、運悪すぎないかな?


「(堕腐教を信仰することで得られる恩寵は毒。見張りは冒険者ではないと思うけれど、念のために警戒はしておいた方がいい)」


 四肢の欠損こそ治せないが、毒ならば私の神聖魔法で対抗できる。

 毒への抵抗力を高める『アンチドーテ』と魔力で防壁を張る『マナレジスト』を全員にかけておく。


「時間だ。


「…………?」


 何か含みのあるエルドラの言い方に嫌な予感がしたその瞬間。


煉獄火焔ヘルフレイム!」


 閃光、爆発、爆風。

 ここ数日、エルドラといるせいですっかり慣れてしまった現象が発生した。


 私、てっきり【皆殺しの館】の時のようにエアスラッシュを使うもんだと思ってたんですよ。

 誰がドラゴンにも効果があった『煉獄火焔ヘルフレイム』を使うと思います????


「あ、しまったあ…………地球テラの建物が魔法に対して脆弱であることを失念していた」


 言いたいことは沢山ある。

『たしかにアリアは陽動を任せるといったけど、ここまで大規模な爆発を起こすことは想定してなかったんじゃないかな』

『捕縛を念頭において行動しろって言われてたのに、忘れてるでしょ』

 それらをぐっと飲み込んで、私はひとまず爆発で吹き飛ばされた哀れな見張り二人に駆け寄った。


「ぐ、ぐあああ……な、なにが起こって?」

「薬品が爆発した、のか……?」


 とりあえず二人に『セイクリッドクレードル』という外的要因がない限りは二時間眠る神聖魔法をかける。怪我が治るおまけつきだ。

 事前に購入したロープで縛りながら、さてこれからどうしたものかと考える。


 きっとアリア率いる『森の狩人』もリカルド率いる『赤錆びた牙』も大混乱だろう。

 いや、彼らは優秀な冒険者だ。きっと上手いことなんとかやってるに違いない。そうだ、彼らを信じよう。大丈夫、大丈夫。

 だから、耳をすまさなくても聞こえる「頭沸いてんのか、あンのクソハイエルフぅぅっ!!」とか「会議での発言に今頃キレたのか!? クソ、ならその場でキレろよ!!」とか夕焼け空に響いている叫び声は幻聴なんだ。


 私が面頬バイザーの下で白目をむいていると、エルドラが自信満々な笑みを浮かべて建物を指差す。


「敵がこちらに来ているぞ。陽動は成功だ!」


 どこからどう見ても失敗だよ。

 倉庫の中で作業していた人員が全員、武器を手にこっちへ走ってきているよ。


 …………アリアとリカルド、土下座で許してくれるかな?

 最悪、金で黙らせるか……。


 私は縛り上げた二人を物陰に隠し、盾を握り締めながら思考を戦闘モードに切り替えた。


 リーダーと思しき金ピカネックレスを首に巻いた葉巻きを咥えた男が私たちを指差しながら叫ぶ。


「敵だ、敵襲だ!! あの二人を撃てぇっ!!」


 雨あられのように降り注ぐ銃弾。それを盾で防いでいると、私の背後にしゃがんで隠れていたエルドラが呪文を紡ぐ。


「溶けろ、溶けろ、大地よ、再び泥濘ぬかるみとなって憐憫れんびんの檻と化せ」


 素手でコンクリートの地面に触れていたエルドラ。

 銃を乱射して弾幕を張っていた連中が体勢を崩して地面に飲み込まれていく。


「ふん、あの小娘は何をやっているんだか。縄でちまちま拘束するよりも、地面に沈めた方が格段に早い。『固まれ』」


 一人ほど溺れてますけど?

 あれ放置したら死んじゃうよね。

 仕方ない、重力魔法の『星の鎖』で引っ張り上げるか。

 あんれま、酸欠で気絶してる。


 あと、アリアの仕事を君が奪ったんやぞ。全面的に君が悪い。

 ……半分ほど私も悪いかもしれない。エルドラが『派手に暴れる』と言った時点でおかしいと思うべきだったのかもーーハッ!? それならアリアとリカルドも責任がある!!

 なんだ、私ちっとも悪くないじゃん!!!!


 そんなこんな冷や汗を流しながら慌てふためいていると、かなり剣呑な雰囲気を纏った二組の団体がやってきた。


「俺の偉大さを思い知ったかーー」

「なにやっとんじゃこのボケェッ!!」

「うわっ、なにをする!?」


 ナイフを手にこちらへ走ってくる鬼の形相をしたアリア。

 とりあえずエルドラをスキル『カバーリング』で指定して保護。首に衝撃を感じたが、生命力HPが僅かに削れただけ。スキルの乗っていない攻撃というのもあるけど、アリアが敏捷型の天職ジョブが斥候で助かったぜ。

 アリアの背後ではこちらに向かって『地獄に堕ちろ』と首切りの仕草をしてくるエルフたち。半数の服が黒焦げになっていた。

 本当にエルドラがごめん。


 ふと視線を感じてそちらの方向へ見れば、リカルドが無言でこちらを見ていた。


「……………………」


 リカルドは何も言わない。

 ただじぃっと私を見下ろしている。


「(怪我人はいますか?)」


 思わず敬語で質問。

 リカルドはやはり沈黙を保ったまま、静かに左腕をあげた。

 恐らく爆発の衝撃で瓦礫が当たったのだろう。腕に血が滲んでいた。


「(治します)」


 私は範囲内にいる仲間の生命力を回復する神聖魔法『エリアヒール』を使った。

 リカルドは感謝の言葉も言わず、代わりにエルドラをチラリと見てからボソッと呟く。


「爆発系は事前に申告してほしかった。獣人は人間やエルフ、ハイエルフと違って五感が鋭いんだ」

「(す、すみません……!)」

「これから気をつけてくれれば良い」

「(はい……)」


 普通にどんちゃん騒いでいる獣人を見かけるからそれほど五感は鋭くないと思ってたよ……。


「そもそも、ハイエルフに細やかな気遣いを求める方が間違っている……そのことをすっかり忘れていた。一年近くこの地球で活動していたから、すっかり牙の色が抜けてしまったのかもしれないな」


 えっと、ハイエルフってそんな評価なんですか?

 いやいや、エルドラくんはちゃんと説明すれば分かってくれる賢い子ですよ……たぶん。

 うあ〜……いっそアリアみたいに殴りかかってきてくれた方が気楽になれるんだけどなあ。

 元騎士団ってだけあって、殴って解決する冒険者と違って丁寧な対応で、それがとても心に突き刺さる。


「ひとまず、証拠品の押収に移るとしよう。いきなりことで彼らも泡を食って証拠品の隠滅すら出来なかっただろうからな」


 リカルドが憐れみの視線を地面に埋まった半グレ組織たちに向ける。

 ああ、そういえばと思い出して、私は彼らの腕に堕腐教の聖印があったことをリカルドに伝えた。

 彼は猫科特有の大きな瞳孔を丸くした。


「ふむ、なるほど。実際に戦闘になれば甚大な被害が出た可能性もある……悪戯に高威力の魔法を使ったわけじゃないのか」


 ん?

 これ、もしかして許されてしまう?


「アリア殿の誤解を解いてやらないといけないな。ふっ、地球で『偏見は良くない』と学んだはずなのに、すっかり耄碌していたようだ。大切なことに気づかせてくれてありがとう、人間の聖騎士よ」


 え、まじで?

 許されるんですか?


「アリア殿、実はあれがこうで……」

「ーーそれは本当の話なの?」

「彼らの腕にその証拠が……」

「あら、本当だわ。ふん、それならそうと早く言いなさいよ」


 ……マジで許されてしまった。

 どうしよう、どうしよう。


「まったく、最近の若い者は礼儀を弁えていない。お里が知れるというものだな」

「だからアタシの故郷は田舎じゃねえつってんだろ!!」


 肩を竦めるエルドラ。叫ぶアリア。

 ……後でそれとなくエルドラに注意しておこう。今回は運良く許されたけれど、二度目は本当に大変なことになりそうだからね。

 おなか、痛くなってきたなあ。


 私は半グレ組織のメンバーを引き取りに来た警察の護送車を遠い目で見つめながら、「大活躍してしまったな……!」と渾身のドヤ顔をしているエルドラにチョップをかましたのだった。

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