第22話 狂犬のアリア


 他のパーティーや冒険者と合同で任務を行う際、事前にどのパーティーがどの分野の仕事を担うか会議で決める。

 これをブリーフィングというらしい。


 冒険者ギルドの二階には、そのためのブリーフィングルームがある。といっても会社にあるような会議室とあまり変わらない。


 そんな狭い空間に、一癖どころか二癖もある冒険者が集まって問題が起きないかと問われれば、きっと誰もが自信を持ってこう答える。

 『問題は起きるものではなく、起こすものだ』

 冒険者は生粋のトラブルメーカーなのだ。


「これはこれはハイエルフ様じゃないですか! 残念ながら今回ばかりは高貴なお方の手を煩わせることはないでしょうねえ。なにせ、我々『森の狩人』が担当いたしますので!!」


 両手を広げ、笑みを口に貼り付けているが目元が笑っていないエルフの少女アリアが声を張る。

 彼の背後では、彼女に心酔している若いエルフたちがコクコクと頷いていた。

 エルドラよりも頭二つほど低い彼らは腰に手を当て、こちらをがるがると威嚇している。

 厨二チックなエルドラと違い、エルフたちは髪に造花を結えつけたり、蔦で髪を結んでいたりと自然をファッションに取り入れている。なんでも彼らの隠密を最大限に活かすには自然との調和が欠かせないらしい。

 それがどう関係しているのかは誰も知らない。

 ただ、百均で飾り用の造花を買っているのは公然の秘密だ。


「おや、そちらの鎧は……」


 エルドラを睨んでいたアリアが私に気づく。エルドラ以上にキッと私を睥睨して舌打ちした。


「あの時の板金野郎じゃないの。よくもアタシに恥をかかせてくれたわね」


 過去に私は彼女に決闘を挑まれたことがある。

 適当に攻撃させてから面倒になったので私が降参して無理やり終わらせたのだけど、それ以降このように敵視されてしまったのだ。


「貴女が勝手に恥をかいただけでは?」

「あん? ちょっと魔法の威力が強いからってあんまりデカい面せんといてくださいよ、ハイエルフ。何が狙いでここに来てんのか知らねえが、ここではアタシらが先輩だ」

「「「そうだ、そうだー!」」」


 エルドラの挑発にアリアが乗せられて、丁寧な言葉遣いを崩しながらガンを飛ばす。

 ナージャの話では、エルフの祖先にはハイエルフがいるらしいのだけどリスペクトはないのだろうか。敵愾心まるだしだ。


「このような無駄なやりとりをする相手のどこを敬えというのか。これだから森に引き篭もる田舎者はまったくもって度し難い」

「はあああっ!? アタシの地元は田舎じゃねえし!!!!」


 地元へのディスりに過敏に反応するアリア。その反応の仕方はほとんど認めているようなものなんだよなあ。


「そんなことよりさっさと会議を始めろ。この依頼の統括を任されているのだろう? 責務ぐらいは全うしたらどうだ、『お嬢ちゃん』」

「だあ゛あ゛あ゛っ!! テメェ、覚えてろ!」


 机を片手で叩いたアリアは頭をぐしゃぐしゃとかき回して、それからこほんと一つ咳払い。


「会議を始める。みんな、静かにアタシの話を聞くように!」


 キリッと会議を執り仕切ろうとするアリア。

 先ほどのやり取りを見ていた冒険者が大人しくしているはずもなく、


「うるせー!」

「ハイエルフにしてやられてる輩に従う道理はねえ!」


 途端にブーイングを飛ばす野蛮な輩。

 ほんの少しでも隙を見せれば、『アウター』の冒険者は決して許さない。下克上を虎視眈々と狙うアウトロー連中なのだ。

 ……ギャングかな?


「だいたい女エルフなら大人しく膝を地につけて男────」


 冒険者が何か男尊女卑の意図を込めた下品な言葉を発するよりも早く、アリアの跳び膝蹴りが顔面に命中する。

 宙を吹っ飛ぶ冒険者。ゴロゴロと転がって、血を吐き出しながら鼻を押さえて呻き声をあげていた。


「ここじゃアタシがリーダーだ。他に文句のある奴はいるか?」


 結局、会議は予定より三十分ほど遅れて開始。

 アリアが文句を言う冒険者を一人ずつ丁寧に殴って、ようやく静かになったからだ。まじで野蛮。

 私? いい子にしてたから見逃して貰えたよ。

 右ではナージャが「気高い女エルフはよいぞ」とかぶつくさ言いながらメモしてたし、左ではエルドラが「会議が始まりそうになったら教えてくれ」って言って読書始めちゃうからどうしようかとおもったけど、案外なんとかなるもんだね。


「今回、この辺りで違法な回復ポーションと麻薬を混ぜて売り捌く輩の本拠地を襲撃する。麻薬の製造に関わるやつらの捕縛はアタシらが担当するから、他のパーティーには工場の破壊や、奴らが召喚する可能性のある魔物や妖精の対応を任せたい」


 げー、ただの半グレ組織じゃないの〜?

 妖精とか魔物を召喚するってことは、元冒険者でもいるのかね。


 面頬バイザーの下で顔をしかめていると、左の席に座っていたエルドラが小声で話しかけてきた。


「おい、貴様は妖精さんと戦ったことはあるか?」


 私は頷く。


 あれは三回目の生還記念パーティーの最中の出来事だった。

 ズタボロになった私は、生きていることに感涙しているとふらっと通りがかった妖精たちがいきなり攻撃してきたのだ。

 『倒せたら一等賞』とか口々に言いながら魔法をぶっ放して来た時は本当に訳が分からなかった。あれは本当に理不尽だった。

 結局は私の勝ちで終わったし、妖精たちから贈り物を貰ったからいいんだけどさ。


「俺は妖精さんと戦ったことがない。どんなことに気をつければいい?」

「(妖精は種類にもよるけれど小さくて機動力があるうえに立体的に動く。二体以上を相手にするなら、確実に全方位から魔法が飛んでくると警戒した方がいい)」

「なるほど」


 妖精ってそこら辺にいるし、なんなら迷宮にもいるはずなんだけどなあ……。帝国にはいなかったのかな。


 そんな会話をこそこそ繰り広げていると、会議に参加していた冒険者の中の一人が手を挙げる。

 『獣人』という、獣の特徴を強く有した種族だ。なんでもパドル諸島連合国からやってきた精鋭らしい。

 手を挙げた獣人の名前は確か、リカルド。元パドル諸島連合国騎士団の副団長だとかなんとか。現役を退いて冒険者になったらしい。豹のような外観をしている。


「工場の破壊は俺たち『赤錆びた牙』に任せてもらおう。魔術師に肉体労働は酷だろうからな」


 チラリ、とエルドラを見ながら一言。

 リカルドの取り巻きと思しき連中はニヤニヤしながらこちらを見ている。どう考えても良い意味で発言しているとは思えない態度だ。

 ……ハイエルフ、嫌われすぎじゃない????


 エルドラに誘われたから引き受けちゃったけど、これは早計だったなあ。変なトラブルが起きなきゃいいなあ。


「────はあ……」


 これにはエルドラも深いため息。

 涼しげな表情こそ崩さなかったけど、目には哀れみの色を浮かべていた。


「ならば俺たちは魔物や妖精さんの対処に当たる。?」

「え、ええ。そうよ。ふん、よく分かってるじゃないの」


 アリアは驚きながらも頷いた。


「抵抗するならある程度の戦闘は許可するけれど、なるべく捕縛を念頭において行動して。捕まえた後は警察に引き渡す手筈になっている」


 ……警察も絡むのか。

 そりゃそうか。麻薬があるなら取り締まるのが警察だ。半グレ組織も関与しているなら、絡まない理由がない。

 冒険者ギルドと警察って仲が悪いんだよなあ。

 トラブルが起きる要素しかないなあ。


 物凄くお腹が痛くなってきた。


「では、各自準備を怠らないように!」


 雑な感じで会議は終わる。

 これで良いのか、と駆け出しの頃は冷や冷やしたが、今ではこれが最善だとよく分かる。


 冒険者は、基本、協調性がない。


 人の話は聞かないし、法律も守らない。

 ただ自分の信念に則しているかどうかを行動の基準にするのだ。

 だから細かく決めると必ず揉める。失敗する。なんなら責任転嫁までしてくる。最悪の場合、武器を片手に走り出す。

 これだから冒険者は各地で嫌われるんだよ!!


 退出する冒険者の流れに沿って会議室を後にしようとした私をアリアが呼び止める。


「おい、あんた」


 わ、私ですか……?


「あんた、あのガキンチョどもはどうしたんだ?」


 ガキンチョ? もしかして数日前に追放されたパーティーメンバーのことかな。


「(『終の極光』とは別行動をしている。遠藤に用事があったのか?)」

「なっ、なんでそこで遠藤の名前が出てくる!?」


 目をまん丸にして叫ぶアリア。

 あ、もしかして……ははん、遠藤に惚れたな?


「(遠藤なら一階の救護室にいると思うぞ)」

「あのガキンチョの話はしていない!!」


 へへっ、顔を真っ赤にして狼狽えてるぜ。

 わかりやすいなあ。これはあれかな、ツンデレってやつかな。

 と思っていたら、もじもじしながら質問してきた。


「そ、その……あんたは今、単独で活動して────」


 ちら、と私より高い身長を持つアリアがこちらに視線を投げかけながら質問を尋ね終わるよりも先にエルドラがさっと割り込んできて口を開く。


「コイツに話しかけるなら俺を通してもらおうか」


 ……エルドラさぁん、アリアからのヘイトをこれ以上稼がないでくださいよお。

 めっちゃ睨んでますやん。もう右手が腰のナイフに伸びてますもん。刺されても私は庇わないよ。


「なんでテメェを通さなきゃいけねぇんだよ、クソハイエルフ風情が。地獄に墜ちろ」

「これは随分と上品な言葉遣いだな。学のないエルフの間ではそのような振る舞いが良しとされているのか。これは勉強になった」


 口角を上げながらアリアを見下すエルドラ。

 なるほどね、こういう感じでハイエルフは他と仲が悪いんだ。


 アリアは舌打ちを一つして、強引にエルドラを押しのけて私の肩を掴んできた。

 先ほどの不機嫌そうな表情から一転、大輪の花が咲くような満面の笑顔を浮かべる。


「なあ、ユアサ。ウチで小間使いとして使ってやるよ。一人じゃ魔物も倒せないだろう?」


 ええ? いやまあ、一人じゃ魔物一匹倒せませんけどぉ……。

 これ、鵜呑みにしてほいほいついていったらこき使われるのが目に見えてるんだよなあ。


「なんて品のない勧誘。きっぱりと断ってやれ」

「しゃしゃり出てくるんじゃないわよ、クソ野郎!」


 エルドラが噛み付いて、アリアが叫ぶ。

 大変にうるさいことこの上ない。もう少し静かにできないのかな。


 エルドラの指示に従っても、勧誘に乗っても、かなり揉めそうだ。


「(……考えておくよ)」

「! ふふん、本来ならアタシの誘いを即決で受け入れるべきだけど、今回は特別にじっくり考える機会をあげるわ! アタシはどこぞの傲慢なハイエルフとは違って選択の自由は与える主義なの!」

「何が『選択の自由は与える主義』だ。こんな小娘についていったところで良い未来などないに決まっている。これだから田舎モンは……この手の輩は図に乗るぞ。なんなら俺から断っておこうか」

「(そんなことより仕事の準備しましょう)」

「むう……」


 とりあえず、結論は先送りにしておこう。

 数時間後の私がどうにかしてくれるさ。


 あと、後ろで机に突っ伏してるナージャ。

 ずっと笑ってるのバレてるからね。絶対に庇ってやらない。


 こうして私は数多の懸念材料と問題児を引き連れて仕事へ向かうのだった…………なんだろう、ドラゴンとの邂逅より厄介なことになりそうな気がしてきた。お腹痛い。

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