第19話 逆だったかもしれねぇ……!


 ばりん、と館の窓が割りながら、【皆殺しの館】を守る番人が姿を現した。

 宙をくるりと回って一回転して着地。


 子供ほどの背丈にピエロのような装飾。赤い付け鼻とオレンジ色のアフロが特徴的な魔物。

 そいつは私たちの顔を見てニヤリと笑い、人の身長ほどもある大きな鋏をじょきんじょきんと開閉させる。


「きひひひ、きひひひ、まさかあの仕掛けをぜんぶ解いてしまうなんてねえ!」


 ぐるぐると目玉をまわしながら、番人はしわがれた老婆のような声でげらげら笑う。

 女の魔物『テケオンナ』と同じく人を馬鹿にしたような笑い方をするのが好きらしい。


 私の隣に立っていたエルドラが魔力を編みながら口を開く。


「あの無駄にあちらこちら走り回された謎解きを編み出したのは、お前か」

「いかにも、いかにも。どうだい、肝が冷えたろう。どうだい、足掻くのも辛かったろう?」

「まさか迷宮で数式を解く羽目になるとは思いもしなかったぞ」

「ぐひひひ、ぐひひひ! 解けてるからいいだろう、いいだろう!!」


 なんだって会話を引き延ばすような真似をしているんだろう、と思った瞬間。

 伝達魔術で一方的に情報が脳に叩き込まれる。


 うぇへえっ!! あいつ、鑑定するたびにこの情報量を処理してんの!?


 ギシギシと軋む頭。

 割れそうな痛みに苦しむ。


 どうやらエルドラの鑑定結果によるとあの魔物は番人で間違いなさそう。レベルは28。名前は殺人ピエロ。捻りがない。


 分かりやすくていいと思う。

 脅威になりそうなスキルは特殊神聖魔法。

 信仰は『不滅教』だ。


 不滅教。

 生きとし生けるものは、他者から命を奪い補填することによって永遠となる。そんな逸脱した宗教観を掲げる『アウター』から流入してきた神だ。

 一応、過去に起こした事件から日本では危険団体という認定を受けている。関わりたくない輩にリスト入りだね。


 そんな信者が扱う魔法は……一言で言えば呪い。

 魂を肉体から引き剥がして支配下に置く効果を持つものが多い。

 死霊術といえば不滅教だ。


 私は盾を構えながら、慎重に殺人ピエロの動向を伺う。


「さてさて、ボクチャンはこれから君たちを始末して、逃げ出した三人を殺した後で『嶋津』を呪い殺さないといけないんだ。大人しくしてくれるなら、なるべく痛くなるように殺してあげるよおっ!!」


 それを言うなら、『大人しくしてくれるお礼に痛みなく殺してやる』じゃなかろうか。不滅教の信者にまともなやつはいないので、破綻していてもおかしくはない。

 っていうか、『嶋津』どんだけ狙われてるんだよお……。つーか、マジで誰ぇ?


「きえええええっ!」


 殺人ピエロは叫びながら巨大な鋏を振り回し、私に襲いかかってきた。

 それを盾で弾く。攻撃自体は軽い。ステータスの差だ。


 特殊な神聖魔法で攻撃に上乗せされた呪怨が私の生命力HPを二割ほど削る。テケオンナでは一割も削れていなかったが、さすがは番人といったところか。


 ドラゴンと比べると見劣りしてしまうが、これはこれでなかなかに厄介な魔物だ。


 生命力HPがゼロになれば、問答無用で肉体は活動を停止してしまう。

 呪怨攻撃の嫌らしいところは、目に見えないところで首の紐が締まっていくところなのだ。気がつけば体から魂が引きちぎられて死亡なんていうこともある。

 そうなれば即アンデッド。肉体の支配権を奪われて彷徨う亡者の完成だ。

 無駄に硬いアンデッドなんて、もはや地獄ぞ。


「きひひひっ、硬い、硬いねえ、君は!」


 そりゃ鎧着込んだ上に盾まで装備してますからね。ふはは、今の私をボロボロにできるのはあの100レベルのドラゴンぐらいよ!!


 やべ、まぁたフラグ建てちゃった。


 とりあえず嫌な予感は無視無視。

 殺人ピエロの攻撃をいなすのに全集中だ。

 こいつの【敏捷】と【器用】は私よりも高いから、ドラゴンの時のように避けるのは難しい。だから、敢えて受ける。

 並みの冒険者ならば一撃で四肢を切断されるような呪怨攻撃でも、聖騎士崩れである私ならば耐えられる。


「厄介、厄介! きひひひっ、でも呪いは効いてる効いてるね!!」


 不滅教の祈りと呪いを上乗せした攻撃は強い。

 なにせ、魂という高次元に対して直接攻撃を仕掛けているのだから、物理法則が我が物顔している地球では防ぎようがない。

 辛うじてレベルシステムとスキルでどうにかしている状態だ。


 限界が近い腕から血が鎧の隙間からぶしゃっと吹き出した。


 あ〜はっはっは! こりゃいつまで耐えられるか見ものですなあ!!


 腕が切断される前に回復回復。

 腕がないと何かと不便なんだよね。盾を持てなくなるし。


獄焔ヘルフレイム!」


 殺人ピエロの攻撃を凌ぎながら減少した生命力を回復させていると、エルドラが攻撃魔術を発動させた。


 ────ドゴォォォン!


 漆黒の炎が殺人ピエロを焼き、爆風を周囲にもたらす。


 そら、魔物が硬いやつを集中攻撃している間に攻撃魔術を練り上げますわな。

 さすがエルドラ。略してさすエル。

 私を巻き込んでいなかったら花丸満点でしたよ。巻き込んだから100点減点ね。


「ほお、耐えたか。ならば追加であと五発ぶちこんでやろう」


 指先に漆黒の炎球を五つ浮かべながら、にんまりと笑うエルドラ。ざっと見た感じ、エクスプロージョンの術式も噛ませているようだ。

 あの、その角度から魔術を発射すると私も確実に巻き込まれるんですけど。


 あ、あはは…………こりゃいつまで耐えられるか見ものですな…………


 乾いた笑い声を心の中で溢す。

 やはり、真の敵は仲間だった。つーか、仲間に当てない努力ぐらいはしようよっ!!

 そう思って睨みつけると、彼は真摯的な眼差しでコクリと頷いた。


「貴様なら当たったとしても耐えられる。信じているぞ」


 わ〜、嬉しくない信頼。

 初日の決闘がここに来てこんなことになるなんて、想像すらしていなかったなあ……できてたまるか、ボケェッ!!

 つーか、罪悪感の欠片もない表情をしているじゃん!!!!


 くっそ、死因が仲間からの爆殺なんて笑えないぞ!!!!


「ぎひゃーーーーーー!!!!」


 叫び声をあげる殺人ピエロ。

 既に半身が焼け焦げているほどの威力を、あともう一発攻撃を食らえば死ぬのは明白。彼の顔には引き攣った笑顔が浮かんでいた。


 ────こんなところで死にたくない。


 私たちの間に言葉は要らなかった。

 ただ、純粋な渇望だけが、共通項としてそこに在った。




 こうして、私と殺人ピエロは、どちらを盾にして生き延びるのかという醜い争いを繰り広げた。



 【敏捷】の高さを生かして射線から免れようとする殺人ピエロ。

 そのアフロを掴んで射線に引きずり戻し、魔力操作の上位互換スキル『魔力糸』で盾を操作してレベル上げを図る私。


 そして、


「これでトドメだあっ!!」


 拳を握りしめ、首の血管が浮かび上がるほどに叫ぶエルドラ。


 彼が拳を突き上げると同時に、漆黒の炎が空高く舞い上がって夕焼けを焦がす。


「げひゃぁ…………まだ、誰も呪い殺せてないぃ…………」


 燃え盛る館を背に、殺人ピエロが漆黒の炎に包まれながら地面に崩れ落ちた。彼の未練を描くように、地面に突き刺さった鋏が僅かに動く。

 満身創痍となった私はそれを見下ろしながら、ふと思う。


 ────逆だったかもしれない。


 【皆殺しの館】、その番人は強かった。

 高レベルであるエルドラと防御力に特化した私たちでさえこれほど手こずったのだ。

 もし何かが違っていれば、地面に倒れていたのは私たちの方だった。


 なにより……。

 同じ脅威エルドラに振り回された身。魔物であれど、彼もまた一つの意思を持った存在だった。そんな彼に、私は奇妙な情を覚えていた。


「(せめて、安らかに眠れ)」


 崩れていく番人に形だけの十字を切り、手を合わせて安寧を祈る。『不滅教』の手印を見た殺人ピエロは、そっと目をとじ、そして完全に崩れた。


【レベルアップしました】

【スキルポイントを獲得しました】


 鳴り響く声。

 その声を『アウター』の連中は『創造主の御声アナウンス』と呼んでいる。


 戦いは、終わったのだ。


 ……長い戦いだった。

 とても、とても長い迷宮探索だった。

 崩れ去る迷宮を見ながら、私は虚脱感と共に息を吐く。


「さあ、あの子供たちを回収して帰るぞ」


 いつの間にか隣に立ったエルドラが、涼しい顔をしていけしゃあしゃあと宣う。

 そもそも、ここへ行こうと言い出したのは彼だ。


 ムカッと来た私は彼の脛を蹴った。

 コン、といい音が鳴るだけで、彼は微塵も痛みを感じていない。


「じゃれるな、じゃれるな。俺に信頼されてそんなに嬉しかったのか」


 ヘルメットの上からぽんぽんと頭を叩かれる。


 じゃれてねえわ!!!!!!

 キレてるんだよ、こっちは!!!!

 何度も誤射しやがって!!

 命中率をどうにかしろ!!!!


 そう文字にして怒りを伝えたところ……


「ははは、照れ隠しか。無口なのもそれが理由なんだな」


 もうだめだ、こいつは何を言っても無駄なんだ。

 私は肩をガックリと落としながらとぼとぼとエルドラの背中を追いかけるのだった。


 まあ、子どもたちを助けられたのでヨシとしよう。








◇◆◇◆






 【皆殺しの館】を攻略した私たちは、後の処理を冒険者ギルドの職員に任せて高校生三人組を回収することにした。


 本来なら不法侵入やら危険行為で彼らが通う高校に連絡しなければいけないところだったが、どうやら殺人ピエロという番人がスキル『思考誘導』というものを使って誘き寄せていたらしい。

 ネットを介して犠牲者を募る魔物という、未曾有の事態にてんやわんやしながらも、経過観察する必要があるということで一応は御咎めなしとなった。


「本当にすみませんでした」

「お二人のおかげで俺たち、大きな怪我もなく無事に家に帰れます」

「もう二度と迷宮に無断で入ったりしません」


 頭を下げて反省する浅沼、坂東、智田の三人。

 今回が初犯ということで冒険者ギルドの職員たちも説教はしたがそれほど引き摺るつもりはないらしい。

 一晩だけ冒険者ギルド傘下の病院で検査入院して、あとは家に帰す手筈だ。


 めでたしめでたし。


 予約しておいたビジネスホテルのベッドでゴロゴロする。


「ふふん、盾の性能もある程度は分かったし、これが実用化されれば冒険者の生存率上昇! 私は円満に引退できるって寸法よ!」


 手を使わず、上体をバネのようにしならせて起き上がる。鎧を着脱キャストオフした今の私はとても身軽だ。


「だいたい、『子持ち』だからって理由でランク上昇を拒否できる今の冒険者ギルドがおかしい!」


 拳を握りながら私は叫ぶ。

 そりゃ子持ちの主婦や旦那さんを危険地帯に突っ込ませるのもアレだからと優先して安全な迷宮や職業に斡旋するのもわかる。

 だが、私が巻き込まれるのは別問題だ。

 私は働きたくない! ただ飯を食らいたいのだ!!

 他人の金で飯を食っている時だけ、私は生きていることを実感できる!!!!


 エルドラにボロボロにされた服をゴミ箱に突っ込み、腕輪に魔力を流して収納しておいたお泊まりセットを引っ張り出してパジャマを着る。


 便利だよなあ。

 インベントリの魔法を封じ込めた腕輪。


 【宵闇の塔】での反省を活かし、私は大金を叩いてとあるマジックアイテムを購入した。それがこの青い石を嵌めた腕輪。

 いつでも好きな時に異次元に収納しておいた物を取り出せるのだ。

 時間の影響を受けるので生物は絶対に厳禁だが、予備の鎧や服や携帯をしまっておくのに便利だ。引退しても重宝できるぞ。


 ドラゴンに噛まれても、ファイアブレスを受けても壊れないようにしてくれって依頼したせいで、かなり高い金額になってたけど。


 金額はざっと三百万円。

 一括払いできたのは、遠藤に寄生して甘い汁を啜った結果だ。ありがとう、遠藤。君の活躍を彼方から応援しているよ。だから私のことは早く忘れてハーレムをエンジョイしたまえ。


「ん?」


 そんなことを考えていると、遠藤からメッセージが飛んできた。液晶画面に表示された通知内容は、


『これからドラゴン討伐に行ってきます。もし無事に討伐を果たしたら、エルドラさんも交えてAランク迷宮に行きませんか?』


 というものだった。

 見ようによってはフラグだが、遠藤はSランク冒険者なので杞憂になることは確実。

 遠藤には『血瞳晶』を譲ってもらったこともあるし、寄生した恩もあるので友好的な関係を築いていきたい。そんで遠藤とエルドラが仲良くなれば、私は世話係をやる必要もなくなるというわけだ。


「『それはとても良いアイディアだと思います。予定が合えば、ご一緒してみたいですね。エルドラさんにも相談してみます』……と、よし送信」


 文面に失礼がないことを確認してから、返事を送信。すぐさま既読がついて、感謝のスタンプが送られてきた。


「ドラゴン討伐かあ。そういえば、そんな依頼が掲示板に張り出されていたなあ」


 応募条件はAランク以上の三人以上のパーティーであること。他のパーティーとも合同でドラゴンを討伐するという『協力戦レイドバトル』だ。

 何人かの名だたる冒険者も参加するだろうから、ドラゴン討伐が失敗する可能性は限りなく低い。

 これは地球が平和になる日も近いな。

 平和になれば、私のヒキニートライフも盤石なものになる。平和って素晴らしいね。


「ふわあ……さすがに眠くなってきた」


 時刻は午後十時。美容のためにも早く寝ないと。

 まあ、綺麗にしても見せる相手いないんですけどね。はははは……ごめん母さん、孫は姉にお願いしてね。


 アラームはいつもみたく七時でいいか。

 朝ごはん食べたら電車乗って如月市に戻って解散かな。

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