第20話 ミッション:エルドラをエスコートせよ
がたんごとんと揺れる電車の中。
ピークをずらして乗車した電車内はがらがらだったので、座席に座ることができた。行きと違って、帰りは話すことがそれほどない。そう思っていると、エルドラの方から話を振ってきた。
「貴様がよく手にしている四角いそれがスマホというものなのか?」
興味津々という様子で手元を覗き込んできたので、暇そうな彼を可哀想だと思った私はスマホを貸してやることにした。
「『あぷりげーむ』? 連絡に特化した端末という認識だったのたが。え? これが携帯に特化した小型
貸してあげたスマホをしげしげと眺めて、タッチペンでパズルゲームを遊ぶエルドラ。
そういえば、『アウター』の魔術師がどうにかスマホを魔導書に使えないか考案しているという話を聞いた。結局は電脳と魔導の相性問題が解決できずに頓挫したらしいが、時が経てば実現するかもしれない。
そんなことをぼけーっと考えながら、隣を見る。エルドラがすいすいとパズルを解いていく。
あっという間に画面にクリアの文字が踊った。
「お、新記録達成」
……別に本気でやってたゲームじゃないし。
暇つぶしでやってたやつだから悔しくないもん。私だって本腰いれればそれぐらいの記録だせるもん。
「これはなかなか面白いものだな。不要かと思っていたが、購入してみるのも悪くなさそうだ」
私にスマホを返したエルドラは、よしと呟いた。
「俺が代わりに冒険者ギルドに報告してやるから、貴様は俺を案内しろ。俺は『すまほ』が欲しい」
「(選択肢は?)」
「この俺を案内できる名誉に気がひけるのは理解できるが、俺の世話役なのだろう? 責務を全うしたらどうだ?」
こ、こいつ……痛いところを……っ!!
「たしか、『不履行があった場合は五年』……」
うぐぐぐぐぅっ……!!
「ふふん。やっと状況が理解できたようだな。精々、俺のエスコートプランでも考えておくことだな!」
うごごごごっ!! ぐやじいっ!!
こんなポッと出の奴に良いように使われるなんてえっ!!
「(スマホ買ったらすぐ解散)」
「地球でしか食べられないものが食べたい」
無視か。さては自分にとって都合の悪いことは見なかった事にしようとしてないか????
「(……アレルギーは? 宗教上、食べられないものは?)」
「特にはないぞ」
この際だ、盛大に誤射されたお詫びも兼ねて奢られることにしよう。そうしよう。
「そうだ。地球の服についても調査がしたい」
調子に乗って付け足すな。
通信キャリアのお店に、レストランに、洋服店……はーっ、めんどい! 一人で行けよ!
子供じゃないんだし、案内所に行けば教えてもらえるでしょ!
そういえば、最近は外国人や『アウター』を狙った詐欺行為が蔓延してるんだっけ。
ああああっ、もう分かったよ!!
やればいいんだろ、やれば!!!!
「(期待されても失望するだけ、文句は受け付けない)」
「エスコートは初めてか? そんな予防線を張らずともよい。俺は寛大で慈悲深いから、肩の力を抜いてエスコートプランを存分に練っておけ」
は、は、は、初めてじゃねえし!?
過去に友達と出掛けたり、ちょっとしたデートぐらいしたことありますけどぉ!?
……嘘だよ。ないよ、一度も。
みんな、私を置いて大人になっちまったよ。
孤独な一匹狼、それが私さ……。
「たしかこの駅で乗り換えるんだろ? ほら、早く立て。電車は待ってくれないぞ」
足取り軽く先を急ぐエルドラ。
私はのろのろと立ち上がって彼の後を追いかけた。
◇ ◆ ◇ ◆
場所は変わって大手商業ビルの一階。
電車の中、さらには冒険者ギルドのホールで頭を抱えた私は、移動が最小限で済むという理由からここに決定した。
エスコートプラン?
なにそれ、美味しいの?
とりま爆速でエルドラを満足させて、私は一刻も早くこの場から離脱するのだ。
周囲の視線が痛い。
長身のハイエルフに、板金鎧。どうしたって目立つ二人組だ。注目されないわけがない。
「ほお、数多くの店舗を一箇所に集中させるとは珍しいな」
エルドラが感心したように呟く。
異世界『アウター』は魔法があるせいか、平均的な文明レベルは中世と近しいとされている。交通に生物を利用している以上、どうしても分散させることを念頭に街を設計するらしく、このような人が密集する構造は見かけないらしい。
かつての仲間、ミリルがそう言っていた。詳しくは知らん。
「(はぐれるなよ)」
「分かった」
そう言って、エルドラは私の頭部にある飾りを掴んだ。
やめろ、それは手綱じゃない。ヘルメットが脱げちゃうでしょ!!
「ほお、ここでスマホが手に入るのか」
私の頭部の飾りを握りしめたまま、ヅカヅカと店内へ入っていくエルドラ。
あっちょっとまってこれ私も立ち会う流れ!?
狼狽える店員をよそに勝手に番号札を取ったエルドラ。番号が呼ばれると私を引き連れて店員が案内するより先に着席した。
「プラン……おい、貴様はどのプランに加入している? 俺もそれにする。機種もそれでいい」
店員は私の顔を見て露骨に嫌な顔をした。
接客業にあるまじき態度だが、今の私は完全に不審者なのだ。寛大な心で許してやろう。がしゃがしゃうるさくてごめんね。
メモ用紙とペンを取り出して、そそくさと私が加入しているプランとスマホの機種を書き出す。
メモ用紙を受け取った店員は「でもこれよりもっとお得なプランが……」とか「こちらのプランですとタブレットが……」とか、他のプランをお勧めしようとしたが、すっと真顔になったエルドラを見てがっくり肩を落とした。
酷い圧力を見た。いきなりの真顔は酷すぎる。あれは法律で禁止するべきだ。
スマホを手に入れてホクホクなエルドラは、次に「昼食の時間だな」とこちらをチラチラ見ながらアピールしてきた。
露骨すぎる『察してアピール』にゲンナリしつつも、エレベーターでレストラン階に移動。
何が食べたいのか、そもそも好きなものが何かも知らないので適当に数店舗あるレストランから選ばせることにした。
「ステーキ、すし、そば、うどん……おすすめはどれだ?」
私はチェーン店のファミリーレストランを指さした。イタリアンがメインだが、多様なメニューと各都道府県に展開しているので味も価格も信頼できる。
「ならばそれにするか」
案内されるよりも先に店に入るエルドラ。
またも引き攣った笑みを浮かべる店員。「おんりーじゃぱにーず……」と呟いているが安心して欲しい。私たちは日本語理解できてるよ。
窓際の席に案内されたエルドラは、メニューを机の上に広げる。
「普段から利用しているのか?」
「(月イチくらいは)」
「普段は何を注文している?」
「(夏は冷製スパゲティ、冬はドリアかな)」
「秋と春は?」
「(期間限定。たまにたらこスパゲティ)」
刑事のように根掘り葉掘り聞いてきたエルドラは、メニューを睨みながら唸る。
「むむむ、ならば俺はこの期間限定のサーモンカプレーゼ風スパゲティを頼むぞ。貴様は?」
私はテーブルの上に置かれたタブレットを操作して、サーモンカプレーゼ風スパゲティを二つ注文する。
「(ドリンクバーは頼む? あっちのコーナーにある飲み物が飲み放題になるけど)」
「貴様は頼むのか?」
私が頷くと、彼も頼むと言い出したのでドリンクバーのセットもつける。
ドリンクバーで私が葡萄ジュースをコップに入れると、彼もコップに葡萄ジュースを注いでいた。
すっごい真似っ子してくるじゃん。そういえばコンビニで昼食を買った時とか、私と同じ物を買っていたな。
「うむ、やはり現地人と同じものを頼んでおけば外れはないな」
葡萄ジュースを飲みながら彼は満足そうにしている。
「(嫌な体験でも?)」
「うむ。地球に来た初日、勧誘に乗って居酒屋に入ったのはいいがあまり綺麗な場所ではなくてな。おまけに注文してから提供されるまで時間がかかったし、その分の座席料を請求された」
あらあ、ぼったくりバーに引っかかってしまいましたか。
「(その店の名前とか場所は覚えている?)」
「ああ、たしか二丁目のーー」
「(明細はある? 支払いはカード?)」
「領収書はある。カードで支払ったな」
私はそれをさらさらとメモを取り、ざっとスマホで検索をかける。
くるりとスマホを回転させて、『ぼったくりバーに遭った時の対処法』を見せてやった。
「む……これが噂の検索機能とやらか。なるほど、カード会社に連絡を入れれば、支払いをキャンセルできるかもしれないと」
冒険者ギルドにたむろする冒険者の間で、こういうぼったくりバーの被害に遭ったという話は聞く。酷い場合だと、異性に連れて行かれた先がそういう法外な料金を請求する場所だった、なんていうのもある。
レベルという力を持つ冒険者は、基本的に自衛が許されない。殴り返せば一般市民は確実に死ぬからだ。そのことにつけこんだ犯罪はいくらでもある。
ぼったくりなんかはその典型的な例だ。
支払いを拒否した冒険者に殴りかかって、反撃されて大怪我を負ったと訴えるケースが後を立たない。
親指を潰すより高額の金が政府主導で手に入る、と専ら不良の間では評判だ。嫌だねえ。
「ふむ、相談はしてみるものだな。助かった、礼を言う」
「(なんのなんの。ご馳走になる以上はこれぐらいのことはするさ)」
「む」
エルドラは不服そうな顔をしたが、料理を運んできたことで意識が逸れた。やったぜ。
「まあ、いい。これもコミュニケーションの一つだ。世話になっている相手に甘えてばかりというのもよくはないだろうからな」
フォークにスパゲティを巻きつけて頬張るエルドラ。
大柄な体躯に普通盛りのスパゲティはある意味サイズ的に不釣り合いだった。
意外にも奢ることに対して温厚な態度を示した彼に、私は前々から抱いていた疑問をぶつけることにした。
「(エルドラはよく冒険者に『家畜』とか言ってるけど、冒険者が嫌いなのか?)」
「大概の冒険者は己の実力を過信する愚か者ばかりだ。自ら危険地帯に飛び込み、限りある短い命を無為に費やす。理解し難い」
私はエルドラの話を聞きながら、スパゲティをフォークに巻きつけてから“捕食”。ちびちび捕食するのは、食事中のエルドラに気を遣ってだ。
相手を待たせていると思うと食べるのが苦痛になるからね。
「俺の祖国、聖セドラニリ帝国には、創世の時代から女王陛下が管理する迷宮【世界樹】がある。その迷宮を目当てに多くの冒険者が無断で侵入しては死亡する事故が相次いでな」
「(創世の頃から続く迷宮か。階層は百を超えるんだろうな)」
「初代女王陛下の調査によれば少なくとも三百階層はあるらしい。我々ハイエルフにとって試練の場であり、成人の儀では十階の踏破が課せられる。市民の間では聖域として崇拝もされているな」
聖域として崇拝しているなら、そりゃ無断侵入されたら毛嫌いするのも理解できる。
「(なるほど、ハイエルフにとって冒険者は聖域を侵犯していたわけだね)」
「いや、【世界樹】は万民に広く開放されている。その迷宮に挑むことを阻むことはしない」
「?」
「冒険者の多くは悲惨な結果に終わる。無惨に命が散るのも哀れで、手が空いた時に回収して治療してやるんだが……治療費は払えないとゴネる輩が多くてな。行き場も居場所もないと居座るので、奴隷にして元手を回収しているんだが、隣国からすればそれが面白くないのだろうな」
そこまで聞いて、私はなんとなくこの先の展開が読めた。
放置すれば見殺しにしたと詰られ、助ければ魔力や物資を食い潰される。そりゃ辟易しますわな。
「おまけに『探索に同行しろ』だの『魔術を教えろ』だの挙げ句の果てには『祖先と子孫のことは切り分けて考えろ』『賠償責任はない』だの……まったく呆れるしかない」
「(それは大変だな)」
どうやら前々から不満を抱えていた様子で、エルドラは次々と愚痴を零していく。
「普通に会話をしていたら唐突にキレるし、魔術の射線に飛び込んでくるし、ちょっと掠って焦げた程度で文句を言うし」
…………ん?
「【
…………んんんん????
「その点、貴様は素晴らしいな。魔術を当ててもぴんぴんしているし、盾として運用するに素晴らしいほどの適性がある。おまけに文句も言わない。これまで三百年ほど生きてきたが、貴様ほど安定した
…………それ、誤射で何人か葬ってない??
やっぱりワザと誤射ってるよね????
「上層部から
…………仲間ごと焼いたから左遷されたんじゃないの!?
つーか、ごりごり押してくるじゃん。
やったあ、モテ期だあ。
男として振る舞ってるから、意味はないんだよなあ。多分、エルドラのこれは友愛のそれだ。
それにしても距離感バグってるけど。
「日本に奴隷制度がなくて残念だ。大枚叩いてでも購入したというのに」
奴隷制度がなくてよかったあ!!!!
コイツに買われていたらばかすか魔術当てられるところだった!!
「どうだ、俺の奴隷にならないか? 俺の息子ということにして血族に組み込んでも構わないぞ。貴族の一員だ。俺の兄が所有している気立てのいい娘を妻に迎えるのもありだ」
私は無言で首を横に振った。
まさか『俺の奴隷にならないか?』と誘われる日が来るとは思わなかったし、『息子』として扱われることに精神が耐えられる自信がなかった。
誰かと結婚するのもなしだ。こんな不良物件を掴まされた相手が可哀想。
母さん、助けて。どうしたらいいの。この戸惑いはどこにぶつけたらいい?
エルドラは首を振った私を見て、「ム」と不機嫌そうに唸った。
「これ以上を望むか。残念ながら今の俺に提示できるのはこれぐらいだ」
それ以上を提示されても私は困るだけだよ。
引き抜きならもっと優秀な人材にやってさしあげろ。
それにしても、彼のこの常識は危ういな。
ちょっと教えてやるか。
「(地球において『奴隷』という言葉は悪い意味で捉えられることが多い)」
「む? 何故だ?」
「(歴史が絡んでいるので、説明すると長くなるが……一般的に衣食住の保証もなく、生殺与奪の権を主に握られる尊厳のない状態だと認識されることが多い)」
異世界との文化の違いは、こういう認識の差異に現れるので早めに注意しておく。
ただでさえトラブルメーカーな気配がビンビンなエルドラ、舌禍を招かれては溜まったものじゃない。
というか、過大評価が過ぎる。こういうのは後々になって『こんな人だとは思わなかった』発言が待ち受けているんだ。おお、こわこわ。
「それは初めて聞いたな。なるほど、これも本国に報告しておかねば……感謝する」
感謝されたぜ。
「このような風俗に関する情報は得難いものでな。やはり現地人の協力は必要不可欠だな」
「(エルドラが地球に来た目的と何か関係があるのか?)」
「うむ。『アウター』で最も栄え、慈悲深く、力を持つ種族として地球を脅かすドラゴンを討伐する。そしてハイエルフの威光を世界に示すために俺は派遣されたのだ」
うわ、壮大。
あのドラゴンに挑むとか正気の沙汰じゃないですよ。100レベルですよ、私の二倍以上。
コイツがドラゴンに挑むとなったら、私まで巻き込まれるじゃん!?
「(そういえば、遠藤たちがドラゴン討伐に向かったようだが、それはいいのか?)」
「構わん。どのみち、烏合の衆で勝てるほどアレは弱くない。一度の派遣で討伐するというよりも、俺の鑑定結果に間違いがないかどうか確認する意味合いの方が強い」
「(ふぅん……)」
私は最後の一口となったスパゲティを“捕食”する。
空になった皿の上でフォークがカランと乾いた音を立てた。
「(会計を済ませたら、次は洋服屋に行くぞ。あー、どんなジャンルがいいとかあるか?)」
「じゃんる? とりあえず、近いところから案内してくれ」
まあ、男の人だからそれほど洋服選びに時間は掛からないだろう。
そう思っていた時期が、私にもありました……。
店に入って、適当にシャツを選んでやったのがよくなかったんだろう。気がつけば私はカゴを持たされ、そこにぽいぽいと服が放り込まれていく。
ここに来る前に立ち寄った服屋さんでも何点か既に購入している。その紙袋を抱えながら私は辟易していた。
「これと、これと、これ。どれが俺に似合うと思う?」
黒のポロシャツと白のブラウス、青のシャツを手にしたエルドラが問いかけてくる。
私は投げやりに同じ文を宙に描いた。
「(あー、どれも似合ってるよ。かっこいい、かっこいい)」
「おい、ちゃんと見てからそう言うことは言え」
め、面倒くせー!!
もう三時間も店の中にいるんだぞ!!
お前、何着買うつもりなんだよっ!!!!
くそっ、無駄に顔とスタイルがいいからクソダサいシャツも似合うのムカつく!!
「地球の服飾は興味深い。素材も独自のものが多いし、これだけでも来た甲斐があった……!」
思う存分に試着ができてご満悦のエルドラ。
私は会計のレジに表示された六桁の合計金額から目を逸らし、一刻も早くお買い物が済むことを祈るのだった。
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