第18話 死亡フラグが乱立しているので引退します


「…………なあ、もしかして怒ってるのか?」


 謎解き中盤に差し掛かった頃、ふとエルドラがこっちに背中を向けて金庫のダイヤルを合わせながらそんな質問を私にぶつけてきた。


 首を傾げる私。

 怒っているつもりはないし、そんな雰囲気を出した覚えもない。


 こんな時、『終の極光』にいた頃は誰かしらが気を遣っていてくれたのだが、今はいない。


「さっきのはちょっと、うむ、言いすぎたかもしれん。貴様はちゃんと間に合ったわけだしな。魔物が俺になりすまして偽の情報を与えていたのだから、むしろそのことを考慮すれば貴様は良くやったほうだと思うぞ」


 エルドラは捲し立てるように早口で一方的に告げると、「話はそれだけだ」と会話を打ち切って忙しなくダイヤルを回し、数字を入力した。

 金庫の中身にまたメモが入っていることに顔を顰め、「これを金庫に入れるとは、地球の奴らは金庫を何だと思っているんだ?」とぷんすか怒りながら今度はドライバーを片手に机の引き出しを開ける。


 これはあれだろうか。

 さきほどの『役立たず』発言に対する謝罪なのだろうか。あるいは、フォロー?

 背中を向けているのは気まずいから?

 ……エルドラって根は生真面目な人なのかな。


 電車だとたまにくたびれたサラリーマンに席を譲ってたな、そういえば。

 なんだかエルドラの性格が分からなくなってきた。

 日頃の横柄で傲慢な態度は、冒険者としての見栄ってやつか?


 それもそうかと私は納得し、さきほどのことを軽く謝罪しておく。エルドラは口を真一文字にするだけで、特に何も言わなかった。ただ無言で頷いた。


 そしてそれから【皆殺しの館】を駆けずり回ること三時間。


「はあ、はあ……これが正面玄関の鍵だッ!」


 晴れ晴れとした顔でソファーの下に隠されていた古ぼけた鍵を高く掲げるエルドラ。浅沼、坂東、智田、そして私は惜しみない拍手を彼に送った。

 オイラー等式をマップに当てはめるという最大の謎を【知力INT】300というステータスで答えを導いた時には、感動のあまりこれまでの彼の所業全てを許してしまった。

 かっこよさが八割り増しだったぞ。


 ちなみに、このソファーの下に隠されている鍵は正しい手順で謎を解いていかないと出現しないクソ仕様である。そんなところまで本家をリスペクトしなくていいから。


 謎解きで冒険者を魔物と強制的に戦闘させる罠って解釈もできる。

 この謎解きでかなりの物資を消費させられた。


 滞在するだけで呪い系の干渉があるため、定期的にみんなに神聖魔法を使用する必要があった。


 もともと私は神官のフレイヤと違い、あまり神聖魔法の使用に特化したステータスをしていない。魔力量やその質はかなり彼女に劣る。

 あくまで補助として運用しているのだ。

 そんなわけで、みんなを万全な状態でキープする為に何度も神聖魔法を使う必要があったため、自動回復では間に合わず、魔力を回復させるためのマナポーションの消費を余儀なくされた。


 残り一本。なんとも心ない残数だ。

 エルドラの方でもマナポーションを確保しているので、彼のことは考えなくてもいいが、回復担当が私しかいないというのは責任重大だ。


 この迷宮、マジできついな。


 魔物を倒してのレベルアップもない。旨味ゼロ、ぶっちゃけここを探索する価値なぞない!!

 だからこそ、エルドラは実験場に選んだんですけどねえ。


「冒険者の人がいなかったらマジでやばかったな」

「早く家に帰って寝てぇ」

「あとは脱出するだけですね。ゲームだと最後の締めとばかりに命懸けの鬼ごっこが始まりますが、流石にこれ以上の怪異はもうないでしょう」


 智田が眼鏡をぐいっと中指で押し上げる。

 エルドラは無言で屈伸運動を始めた。浅沼は靴紐をきつく結び、坂東は深呼吸を。私は並列思考に命じて神聖魔法を保留させて盾を握る。

 そんな私たちを、智田は首を傾げながら見ていた。


「どうしたんですか、みなさん。まるでこれからなにか来るかのような……え、まさか」


 そうだね、フラグだね。

 謎解きの余韻に浸ることすら許されない。命懸けの鬼ごっこ付き脱出ゲームってこんなにも大変なんだね。


 ズドン、と二階部分で何かが落ちた。それは館全体を揺るがすほどに重さのあるものだった。


 一階の魔物が二階まで追ってこない理由。それは番人が陣取っていたからだ。


 私の冷静な推理が冴え渡ると共に、これまで潜んでいた番人が明確に私たちへ牙を剥いた。どたどたと床をのたうち回る音が響き、こちらへ向かっていると直感的に分かる。


 驚いて腰を抜かした智田を抱え、私たちは一斉に正面玄関を目指して走り出す。

 最短距離で駆け抜け、エルドラが鍵を開けている間に私は智田を降ろして何が起きても良いように盾を構えた。


 ゲームならばお約束と言わんばかりに二階から巨大な化け物が追いかけてくるだろうが、ここは迷宮だ。扉を開けた先に化け物が、という可能性もある。

 搦め手を使ってくるような知能がある以上、何事も先入観で考えてはいけない。


 外に出た瞬間、エルドラがこんなことを言い出した。


「扉は開いた。君たちは振り返らずにまっすぐ走れ!」


 エルドラは無自覚にフラグを建てる。

 戦力的には肉盾ぐらいにしかならない高校生たちを置いておくぐらいなら追い払った方がいいという判断なのだろうけど、客観的に見るといいやつに思えてしまう。

 フラグ的には最悪なんだけどね。


「そ、そんな……っ、それじゃあ二人は!?」

「俺たちは冒険者だ。アレを倒して必ず追いつく」


 そのフラグに私も巻き込まれてしまった。

 三人は不安そうな顔をして、それから意を決して頷いた。その表情と一連の流れがもうフラグなんだよ。


「俺たち、この先の道路で待ってますから!!」


 特大級のフラグが屹立した瞬間である。


 私といい、男子高校生三人組といい、フラグを建てないと死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。

 走り出した三人の背中から視線を外して、私たちは番人との戦闘に向けて備える。


 この館が霊的な概念から成り立っている以上、番人をどうにかしない限り、ここに踏み入った人たちは『この土地を訪れた縁』を伝手に遠隔から呪いを受ける。

 真の意味で彼らを助けるには、番人を倒す必要があるのだ。


 迷宮の傾向からして、番人は霊的な概念から生まれた化け物の可能性が高い。はてさて、今回も私たちは生き残れるのか。


 フラグの数的に無理そう。


 私が悲壮的な気分になっていると、隣に立ったエルドラが私の肩をポンと叩いた。


「俺が鑑定をする。貴様は番人の足止めをしろ。ドラゴンを相手にできたんだから、この程度なぞ造作もないはずだ」


 謎の信頼を寄せてくるエルドラ。

 私は乱立するフラグに恐れ慄くことしか出来なかった。

 真の敵は魔物でも迷宮でもなく、死亡フラグを乱立させる仲間だった!?


 死亡フラグが乱立しているので引退します……葬式は最低限で構いません。

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