第17話 本気で引退した方がいいかもしれない


 迷宮に閉じ込められた私とエルドラ。二階の書斎にて、この迷宮に無断侵入した一般人三人組の浅沼、坂東、智田を回収することに成功したので、残るは脱出方法の確保である。

 手がかりがあるかもしれないという智田の言葉を頼りに、私たちはこの館の過去を綴った日記を探し求めて一階を訪れていた。

 なお、魔物とは運良くエンカウントしていない。


 エルドラが日記をパタンと閉じる。

 その音に、私は周囲に向けていた警戒を解かずに文字だけで経過を尋ねた。


「(手がかりはあった?)」

「ああ、どうやらこの迷宮は電脳遊戯を基にして、多種多様な罠を短期間で構築したらしい。少し厄介ではあるが、脱出は可能だ」

「「「おぉ〜」」」


 流石はエルドラ。彼は賢いので、ぱぱっと脱出の手がかりを見つけたのだ。


「だが、そのためには電脳遊戯に則って、この館に仕掛けられた謎を解く必要がある。問題は、この館内部を徘徊する魔物どもだ」


 エルドラは、やんわりと微笑みを浮かべながら私を見つめた。

 私はそっと視線を逸らした。

 彼は私の肩をそっと叩くと、小さな声で「じゃあ、あの三人から選ぶしかないな」と囁いてきた。

 ギリ、と私は歯を噛む。


 あの三人はたしかに無断侵入して無駄な手間をかけさせた青年たちである。だからといって、使い捨てにするのも良心がとても咎める。

 そうなると必然的に私かエルドラが囮を熟す必要があり…………謎解きに有利なステータスを持つエルドラを囮役にするわけにはいかなくなる。


 ガッデム。覚えてろ、エルドラ。このツケはいつか支払わせるからな。




◇ ◆ ◇ ◆



 もしこの迷宮が、エルドラの言う通りにフリーホラーゲームの概念を汲み上げて変質したものだとしたら、魔物についても多少大雑把になるけれど説明がつく。


 この迷宮【皆殺しの館】について考察を進めながら、ひたすら一階をぐるぐると走り回っていた。

 何故、走り回っているのか?

 それは至極簡単な理由だ。ようは、エルドラとのレスバトルに負けたから。


 流石に一般人を囮にしている間に脱出の手がかりを探すわけにもいかず、三人の縋るような視線に根負けして囮役を買って出たのだ。

 ああ、今思い出してもムカつく。

 あの時のエルドラはたしかに笑っていやがった。これは報酬の取り分を少し多めに要求してもいいかもしれない。別にお金には困ってないけど。


 多分、女型の魔物はゲームが流行った世代でメジャーな怪談のテケテケ。人間ムカデは、そういうグロ系ホラー映画が過去に再ブームが来ていたから認知度が高い。


 挟み撃ちを企てる魔物の横をスレスレで回避しながら、私はエルドラからの指示を待つ。

 謎解きが終わったら合図をくれる約束なのだ。


「けひひひっ、けひっ、けひゃひゃひゃ!」


 魔物の追撃を躱し、壁を蹴って頭上を飛び越えて退路を確保する。

 ステータスの恩恵によって運動神経が一般人の頃より飛躍的に向上しているからこそ持ち堪えているが、そろそろキツくなってきた。

 四体の魔物と鬼ごっこしている時点で、かなり頑張っている方なのだ。


「くそ、アイツまだ謎解きに時間が掛かっているのか」


 思わずボヤく。

 触れたら即アウトな魔物を相手にするのはとにもかくにも精神的消耗が激しいのだ。

 下手すれば、この魔物はドラゴンよりも厄介かもしれない。


 この先で振り切って状況をリセットしないと。さすがに逃げ道がなくなってきた。


 何個か部屋を経由して回収した鍵で扉を開け、エルドラたちと鉢合わせしないように細心の注意を払う。

 魔物の追跡を振り切った後、エルドラの声が脳内に響いてきた。【宵闇の塔】で私を追い詰めた一方的な伝達魔術である。


「一階の謎解きは終わった。俺たちは先に二階に移動する。お前も合流しろ」


 おお、まだ謎解きは終わらないのかね。

 私は疲れてきたぞ。


 その瞬間、悪寒が背筋を駆け抜けた。

 二階に上がるために手摺りに伸ばしていた手を引っ込めつつ、近づきてくる無数の足音へ視線を向ける。


「げ、人間ムカデ」


 いつぞやの人間ムカデが大口を開けながらこちらへ向かって来ていた。

 こいつの行動パターンだけはどうしても読めない。いつどこに現れるかも分からなかった。

 気紛れに現れては、気紛れに姿を消す。


 床を転がって間一髪で回避すると、その魔物は進行方向にあった柱に噛み付いた。

 かなりの勢いだったため、身体がひしゃげて一部の移動に使用していた腕がもげる。どす黒い血がぼたぼたと垂らしながらのたうち回っていた。


 ただ、こいつは他の魔物と少し違う。なんというか、生きている感じがする。


 視覚、嗅覚、聴覚はないものの、触覚は機能しているようで物をぶつければ反応する。誘導するのはとても簡単だ。

 女の魔物と対立関係にあるのか、よくそいつらを轢き殺しながら食べている。そいつらをエネルギー源として活動しているようだ。腹持ちが悪いらしく、空腹だと移動速度を増して叫び声を上げながら廊下を走っているのだ。


 化け物に変わりはないが、恐らく攻撃は通じると思う。

 まあ、攻撃力たったの2しかない私には土台無理な話なんですけどね!!!!


 上手いこと人間ムカデをいなした私は、今度こそ階段をあがって二階へ向かう。

 その途中、見慣れない赤が視界に飛び込んできた。


 …………あの壁にある文字とイラスト。

 見覚えのある名前だった。


(黒いローブを羽織った人影のイラスト)→焼死

(鎧のイラスト)→圧死

浅沼→首吊り

坂東→飛び降り

智田→溺死

嶋津→呪死


 なんとも薄気味悪い落書きだ。書いたばかりなのか、血が重力に従ってツウッと縦線を描いている。

 しかし、これで分かったことがある。

 どうやら女の魔物と人間ムカデの他にも、私たちを監視している存在がいるらしい。


 この鎧のイラストはきっと私のこと。

 この黒ローブはエルドラかな?

 名前が分からないってことは、鑑定スキルを持っていない。

 多分だけど、迷宮の主は電波妨害や迷宮に閉じ込めるので手一杯なんだろう。


 レベルというシステムに、魔物や迷宮も逆らえない。恐らく取得できるスキルやその性能に違いはあるが、スキルポイントという有限の資源が必要なのだ。

 絶えず私や仲間たちに飛ばしている呪怨系統の攻撃だけでも魔力をかなり消費している。


 番人が、この館のどこかにいる。

 そしてそいつは多分、他の魔物よりも弱い。

 あくまで仮定でしかないが、凶悪な罠を揃えた迷宮ほど、迷宮の番人である魔物は弱体化する傾向にある。

 この情報をエルドラと共有したいところだけど、多分彼なら私が教えずとも分かってくれるんじゃなかろうか。頭いいし。

 エルドラたちの姿を探しながら廊下を歩いていると、彼の声が聞こえて来た。


「書斎に魔物が現れた。至急、こちらへ来てくれ」


 その瞬間、


「おい、貴様どこにいるっ!? 魔物がこちらに来ているぞっ!! 家畜は満足に囮もこなせないのか!!」


 全身から汗がぶわっと全身から吹き出す。

 私は考えるよりも先に階段を駆け下り、微かに聞こえた叫び声と爆発音を目指して走り出す。


 これは完全にやらかした。

 そうだ、エルドラはいつも私のことを『貴様』と呼んでいた。決して『お前』なんて呼ばない。

 つまり、


 物音がしたのは、北東にある給湯室。扉を乱暴に開けながら手を伸ばして腰を抜かした浅沼の襟首を掴んで引っ張り、もう片方の手で盾を構えて女の姿をした魔物『テケオンナ』を薙ぎ払う。

 ばちゅん、と水風船を割ったかのような感触が盾を持った手に伝わる。同時に、黒いモヤが蛇のように巻きつく。


「けひゃ、けひゃ、けひゃひゃひゃ!!」


 私に触れることができて嬉しかったのか、奴は腹から下を失った身体で裏手拍子をした。

 ばちんばちんと耳障りな音が響く。


 してやられた!


 盾を持っていた右手が激しく痙攣を始めた。有刺鉄線を巻きつけたかのような激痛がゆっくりと昇ってくる。


 時間はかかったけど思い出した。

 ゲームでは、魔物に捕まるたびにグロ系のCGが表示される。徘徊する幽霊は……呪いで四肢のうちどれかをランダムで『捻じ切る』。


 話題のゲームということで、私もかつてプレイしたことがある。謎解きが異様に難しく、またゴア表現も多用されていたが、それが人気に火をつけたのだ。

 『グロいのを見て叫ぶ実況者のリアクションが見たい』だの『難易度が程よく難しくてやりごたえがある』だの評判になっていた。

 まったく肝心なことを手遅れに近い状況で思い出すんだから、私ってつくづく冒険者に向いていない。本気で引退した方がいいかもしれない。


 ばき、ごき、と私の右手から音が鳴る。

 黒髪の隙間からニタニタと嫌らしい笑みを浮かべて『テケオンナ』は私を見上げていた。勝利を確信しているのだろう。あるいは、迷宮の魔物として目論見通り侵入者に恐怖やダメージを与えたことに対する達成感か。


 まあ、効かないんですけど。


 各種耐性スキルを兼ね備えた聖騎士の私に死角はなかったぜ。

 過去に遠藤に訓練と称して切り刻まれたり、ゴーレムに殴られたり、危うく壁に挟まれて死にかけたり、ドラゴンに殺されたりした経験がここに活きた。

 『捻じ切る』ってことはつまり、斬撃と殴打という属性。さらに呪いを経由している以上は呪怨攻撃でもある。つまり、スキルの射程内だ。


 鳴っている音は、スキル同士の競合音。

 変質したばかりの迷宮に生まれたテケオンナは、全体的に私よりもレベルは低い。すなわち、ステータスもスキルも恐る必要はない。


「けひひひっ、うひゃひゃ……うひゃ、うひゃ?」


 ゲラゲラ笑っていたテケオンナがじろりと妙に潤んだ眼球を動かして私の右手を見る。未だに捻じ切れないことに異変を感じ取ったのだろう。

 素のステータスだけで受けていたら間違いなく捻じ切れていた威力だが、スキルが通じるなら話は別だ。

 耐えることに関してならば、私の右に出るものは早々いない。


 サービス精神旺盛な私は、よく観察できるように右手を近づけてあげた。


「げひゃっ!?」


 頭髪を掴むと、テケオンナは悲鳴をあげる。


 ────この魔物がドラゴンより厄介?


 これのどこが、あれより強いんだ。

 これに怯えていた自分に無性に腹が立って来た。


 ズルズルと引きずりながら左手で給油室から廊下に続く扉を開け、テケオンナを廊下の奥へ放り投げる。

 ごろごろと床を転がるやつに向けて、私は『シッシッ』と虫を追い払う仕草をした。扉を閉めるや否や、テケオンナの叫び声が響いたが無視。

 両手についた血を持ってきたタオルで拭いながら、私は口を噤んだままの四人に向き直る。


 一般人の背中に隠れながら、エルドラは起動していた術式を解除して一言。


「お、思ったより早かったじゃないか……」


 戦闘能力のない三人を本当に肉盾にするのは冒険者としてどうかと思うぜ、エルドラさん。

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