第16話 ホラーは苦手なので引退したいです……


 玄関ホールに戻った私たちは、周囲を油断なく警戒しながらこれからどうするかについて考えることにした。

 最初に口を開いたのはエルドラ。


「脱出が困難である上に、魔物に有効な攻撃が見つかるまでは戦闘を避けるべきだ」


 私は頷く。

 どういうわけか、あの魔物は私たちが知るこれまでの魔物や生物のセオリーが通用しないらしい。戦闘は体力と魔力を無駄に消費するだけというエルドラの意見は尤もだ。


「その盾の性能を確かめるのは諦めて、少しでも早くここから脱出するべきだ。とはいえ、ここに来ていたという三人組の一般人については……」


 エルドラが顎を撫でる。

 脱出の目処があるならばともかく、アテもない状態。一般人を保護できたとして、守り通せる自信は皆無だ。


「……俺たちは最善を尽くした。だが、この迷宮は俺たちより狡猾だったんだ。三人の犠牲は忘れず、髪を一房回収して、俺たちは前へ進むこととしよう」


 勝手に死んだことにされていて草。そもそも髪を回収するよりも血液を回収したほうがいいんじゃないの? DNA的な意味で。


 髪よりも血液を回収した方が身元が照合しやすいと文字でエルドラに教えてやると、彼は「なるほど、地球テラの技術も便利なものだな」と感心していた。


「どこまで正しいかは分からんが、ひとまずあの廊下には空間異常が発生しているから迂回するか。今度は西側の廊下から移動してみるか。ちょうどこの残留思念たちもそちら側へ移動しているみたいだからな」


 エルドラが顎で示した先、ここに無断侵入した三人組は西側の廊下へと移動している。

 魔物の気配を警戒しながら、私たちは残留思念を追跡しつつ脱出を目指して行動を始めたのだった。



◇ ◆ ◇ ◆



 【皆殺しの館】二階の書斎部屋。

 そこには三人の男子高校生が床に座っていた。一人は角刈り、一人は銀縁の眼鏡、残る一人は右眉に傷痕がある青年たちだ。

 角刈りの青年、浅沼は手に持っていた手札から揃った一組のカードを捨てる。


「次、智田の番な」


「僕がババを引く確率は三分の一。データに間違いはない」


 眼鏡を中指で押し上げながら、智田は浅沼が持っていたカードに手を伸ばす。

 ゆらゆらと手を左右に動かし、浅沼の反応を伺った後、ふっと笑みを浮かべて一枚のカードを引いて中身を確認する。

 『ババ』。ババ抜きというカードゲームにおいて、最後まで持っている人物が負けになるといういわば呪いのアイテムである。


「…………ふっ、やるな浅沼」


「智田は相変わらず心理戦が下手だな。あ、俺あがり!!」


 片眉に傷がある青年、坂東は智田の手札から引いたカードと、己の最後の一枚だった手札を捨てる。

 ババ抜きの勝者は坂東に決定した。

 残るは誰が敗者になるかの醜い争いだけだ。


 浅沼がぽつりと呟く。


「まさか迷宮に女型の魔物が出現するとは思わなかったな。おまけに出入り口が塞がっていたし」


 浅沼Asanuma坂東Bantou智田Chidaの三人は幼馴染である。

 度々こうして集まっては遊ぶ程度に仲は良く、親兄弟よりも信頼できる関係であった。

アニメやゲームで盛り上がっていたある日。


 『迷宮へ行こう』

 最初にそれを言い出したのは浅沼だった。ネットでアニメの情報を追っていた彼は、掲示板に載った迷宮に関する書き込みを見てふと思い立ったのだ。

 智田がこの【皆殺しの館】を探り当て、坂東が家から念のためにとサバイバル用品を持ち込んでここへ来た。


 ところが、噂に聞いていたよりも迷宮は複雑な構造をしていて、見たこともない魔物が徘徊している。

 ビビる智田に抱きつかれながら探索を続けた浅沼は、どうにかこうにかこの書斎を見つけた。どういうわけか、魔物たちはこの書斎に入る様子もなく、それどころか近寄ろうともしない。

 ひとまずここを安全地帯と定めた三人は、今後をどうするかひとしきり悩んだ末に、冒険者に助けを求めようと判断して篭ることにしたのだ。


 幸いにも坂東が家にあった賞味期限が近い保存食とペットボトルの水を大量に持ち込んでいるおかげで三人は食に対して不安はない。

 隣にトイレもあるので、もはや怖いものはないのだ。


 そんなこんなでビビりな智田がぎゃーぎゃー煩いので、彼らはこうして暇つぶしがてらババ抜きをしている。


「はい、俺の勝ち! 明日までに負けた理由を考えておいてください!!」


 浅沼が残る手札を床に捨てる。

 敗者は智田だった。

 ……智田は静かにキレていた。


「ババ抜きとか前時代過ぎて僕の手に余るね。ふん、折角だからこのボードで遊ぼう」


 智田が書斎の本棚から取り出したのは、アルファベットが描かれたハート型の盤。古ぼけた硬貨も付属している。


「なにそれ、『こっくりさん』の亜種?」


 真っ先に反応したのは坂東。

 昔、『こっくりさん』と呼ばれる降霊術を放課後の学校でやってこっぴどく叱られた記憶があるのだ。


「あ〜、俺も『こっくりさん』やってみたかったんだよなあ。風邪ひいてなけりゃ参加したのに」


 浅沼が話題に食いついた。

 ボードを持ってきた智田はまさか自分の手の中にあるそれがオカルトグッズだとは思わず、露骨に顔をしかめる。智田は、ホラーが苦手なのだ。


「こっくりさんは危険って言うし、良くないと思う……!!」


 渋る智田の肩を坂東が叩く。


「何言ってんだよ、智田。『こっくりさん』はそこら辺の悪霊を呼び寄せるから危険なんだよ」


「はあ? じゃあ、どうすんだよ」


「知ってる人間を呼び寄せればいい」


 とんでもないことを言い始めた坂東に、浅沼はウィジャ盤をセットしながら訪ねた。


「誰を呼ぶんだ?」


「万が一、何かあっても問題のない奴。セクハラ教師の嶋津はどう?」


 坂東の提案に二人は顔を見合わせる。

 嶋津の所業は、その高校に通う生徒たちの間では周知の事実である。セクハラ未遂ということで大事にはならず、内々で処理されたが何人か被害を受けていると言う噂は密やかに囁かれていた。

 元の人柄が横柄かつ理不尽に怒鳴る性格だったため、学校の嫌われ者といえば不良の生徒よりも嶋津の名前が上がることが多い。

 特に男子生徒に対して、他の教師にばれないように殴る蹴るの暴行を加える。かくいう三人も過去に殴られたことがあった。


「異論なし」


「僕も奴のことは嫌いなんだ。こっくりさんは嫌だが、奴を苦しめられるなら協力しよう」


 こうして三人は偽『こっくりさん』を遊ぶことになったのだった。



◇ ◆ ◇ ◆




 隣を歩いていたエルドラが地図を広げながら、ボールペンでばつ印を書き込んでいく。


「一通り一階を見て回ったわけだが、鍵がかかっている部屋が多いな」


 扉には丁寧にドアプレートが下げられていて、キッチンや寝室など間取りを把握することができた。しかし、扉には鍵がかかっていて中へ入ることはできない。


「あと、魔物の足はそれほど早くないし、物をぶつければ怯む。過信は禁物だが、魔力を無駄にせずに済みそうだな。残るは二階か」


 あの魔物は意味もなく笑うので、どこをどのルートで徘徊しているのか把握するのに時間は掛からなかった。

 どうやら、知能もそこまで高くないらしく、いくつかの部屋を走りながらぐるぐるしていると見失ってしまうようだ。

 癖は強いが、他の迷宮に現れる魔物に比べれば対処法を見つけるのは難しくない。


 私たちの視線の先にいる三人組は、おっかなびっくり館内部を逃げ回りながらも協力して脱出を目指している様子だ。

 階段をあがっていく三人の背中を私たちは追いかける。


 鍵が掛かっていない部屋には、不思議な文が書かれたメモが意味深に落ちていたり、絵の裏に壁に埋め込まれた金庫があったりとさながらホラー系の脱出ゲームにありそうな仕掛けが散りばめられている。

 脱出ゲームは好きだけど、ホラーは苦手なので引退したいです……だめ?


 隣を歩いていたエルドラが足を止めた。


「む、人の声がする。あの三人か?」


 私も耳を澄ませる。微かに聞こえるような気がする。

 どうやら二階のすぐそこにある書斎の部屋から人の声が聞こえてくるようだった。

 魔物の可能性も考慮し、足音を忍ばせながら近寄る。近寄るにつれて、段々と内容が聞き取れるようになってきた。


「「「辞職しろ! 辞職しろ! 辞職しろ!」」」


 ……な、なんで辞職コールしてるの????

 え、こわ……、下手なホラー映画よりも理解できない展開なんだけど……。発狂してない?


 エルドラも振り返って「なにあれ?」みたいな戸惑った目で私を見てくる。

 分からない、どうして彼らは辞職コールをしているんだろう。


「冤罪かけてきた上に殴って謝罪もなしとか人としてどうかと思うよ!?」


「なぁにが『ガキは大人の言うことを黙って聞いてろ』だバァカ! テメェの頭が終わってるから仕方なくこっちは反抗してないの分かんない!?」


「プールの時間に女子更衣室の近くをウロウロしてる時点でクソ気持ち悪いわ、ボケッ!! 地獄に堕ちろ!!」


 ……な、何があったの????


 エルドラも「うわ……」って顔をしかめている。

 私も関わりたくないなとは思うけど、聞こえてくる声は三人分である以上、探していた一般人である可能性があるわけで。

 ここをスルーするわけにはいかないのだ。


 いきなり扉を開ける勇気はなかったので、私はひとまず様子を見るために扉を叩いてみることにした。




◇◆◇◆





 二階の書斎には三人の男子高校生がいた。


「俺の名前は浅沼です」

「坂東です」

「智田と申します」


 アルファベットが描かれたいかにも怪しげなボードを囲みながら、三人は朗らかに自己紹介をする。


 この部屋を訪れる前、廊下で聞こえてきた辞職コールを叫んでいた人物たちと同一だとは思えないほど、彼らは爽やかだった。

 その清々しい笑顔にますます私は混乱する。


 なんか、現代の闇を感じる。

 『嶋津先生、お帰りください』って何度も連呼していたのは怖かったよ。


 恐らく彼らはこの書斎で『こっくりさん』をしていたのだと思う……嶋津さんが誰なのか知らないけど、多分『こっくりさん』には沢山の亜種があるからそのうちの一つなんだろう。


「……あ〜、貴様らがこの迷宮に侵入したという三人組か」


 私の背中に隠れながら、恐る恐ると言った様子で話しかけるエルドラ。

 私より背が50センチメートルほど高いから、隠れていても意味はないぞ。


「駄目じゃないか、フェンスを壊しちゃ。それに迷宮は危険なところなんだから、遊び気分で来るところじゃない」


 ………………????

 えっ、コイツこんな丁寧に注意できる性格だったっけ!?!?


 あー、電車のなかでは大人しかったし、子供とか一般人には優しい節はあったな。

 な、慣れない……

 いつも「家畜」とか俺のために働けと口にしていたから、どうにもこうにもこの優しいお兄さん的口調に違和感を覚えてしまう。

 誰だお前は。


「す、すんません。でも、俺たちが来た時にはフェンスが壊れていたんです」

「壊れていた? 他にもいるのか?」

「いえ。俺たち、この館を探索してみたんですけど、他にそれらしい人影は見ませんでした」


 リーダーと思しき青年、浅沼がてきぱきと答える。

 書斎の床にはリュックやらトランプカードが広げられていて、私たちが来るまでここで寛いでいたことが伺えた。


 パニックになって暴れられるよりも、これぐらい楽観的でいてくれた方が楽だが、妙に精神的に図太い。冒険者の才能ありそう。

 ひとまず、この迷宮について聞いてみよう。


「(君たちがこれまで立ち寄った部屋について気がついたことがあったら教えてほしい)」


 私の質問に智田が手を挙げた。


「一階の南東にある娯楽室に気になる内容の日記があったんです。魔物が現れて途中までしか読めなかったんですけど、この館からの脱出方法について書いてあったような気がします」


 迷宮のなかに脱出方法について書かれた日記?

 冒険者の手記ならともかく、この迷宮は誕生して日が浅い。罠という可能性も考えられる。

 そう考えてエルドラに意見を仰ぐ。


「他に方法もない以上、今は少しでも手がかりが欲しい。罠だったとしても、四枚使い捨てにできる肉盾がいるので問題はない」


 このようなご回答をいただいた。


 コイツ、口では優しく注意をしていたが、心の中では肉盾だと思ってやがるな?

 清々しいほどに屑で一周まわってむしろ好感が持てる。


「あれって、『アウター』のエルフ……?」

「耳長……背高……」

「杖持ってないけど、ローブを着ているから多分魔術師だよな」


 三人は少し不安げな顔をしてこちらを見ているが、ひそひそと漏れ聞こえる会話から察するにエルドラの発言内容よりも、彼の容姿が気になっているらしい。

 そのことに気づいたエルドラは、ニッコリと微笑んで軽く手を振っている。すっかりアイドル気取りだ……中身は屑だが。


 ふっ、もしこれがホラーゲームなら顔が良いやつから死んでいく。さらに下衆な性格をしていれば死ぬ確率はあがるから、この中で死ぬとしたらまずはエルドラだな。


 フラグが立った?

 今から撤回できないかな。


 私は肝を冷やしながら、万が一に備えてスキルの構成や運用方法をざっと脳内でおさらいした。何事も備えあれば憂いなし。


「あとは、階によって徘徊する魔物のテリトリーが違うみたいです。あの女の魔物は二階にはあがってきません」


 坂東の補足に私は頷く。

 この迷宮に出現する魔物は、戦闘そのものが困難な代わりになんらかの制約を受けているらしい。


 思い当たる節があるらしく、エルドラが口を開いた。


「恐らく、この迷宮も『竜血晶』と同じく地球の概念や性質に大きく影響を受けて変質したのだろう……この廃墟の噂とは関連性が見られないが」


 資産家が一家心中をした、という根拠のない噂がネットで囁かれていた。

 魔物の傾向から見て、エルドラの指摘する通り、たしかに関連性が見られない。

 女の魔物はともかく、あの人間ムカデもどきは謎である。


 頭を悩ませていると、浅沼がふと思い出したように呟く。


「そういえば、この屋敷の構造ってさ」


 浅沼の言葉に私たちは顔をあげる。


「一昔前に流行ったフリーのホラーゲームで舞台になる廃墟に似ているよな。タイトルは【皆殺しの館】つってさ、廃墟の噂を聞いた幼馴染の男子高校生三人が好奇心で探索して……」


 心当たりがあるのか、坂東と智田の顔からさあっと血の気が失せる。


「それで誰も帰らないっていう、よくあるストーリーのやつ」


 シン、と書斎が静まり返る。

 ゲームと似たような構造の建物、親しげな三人組の男子高校生。

 彼らがどうして顔を青ざめさせたのか、さすがの私でもすぐにわかる。


 この迷宮が取り込んだ概念、もしかしなくてもそのフリーゲームだ。謎解きで一躍ランキングにも載った有名なやつ。


 コイツ……全滅フラグを、建てやがったな?


「フリーゲーム? 電脳遊戯のことか。ふん、勉強もせずに遊び呆けているとはいいご身分だな」


 こんな状況でもエルドラは平常運転。


「ともかく、ここで愚図愚図していてもなにも事態は変わらない。さっさと脱出のための手がかりを探すぞ」


 私たちはのろのろと支度を整える。

 特大のフラグが風に靡いている気配は無視だ。多分きっとエルドラがなんとかしてくれるさ。


 あの三人組、そういえばこっくりさん擬きをやってたな。悪霊でも祓っておくか。

 悪霊って、呪ってきたりするしたまに不運系のスキルを使って自滅を狙ってくることもあるんだよね。

 うんうん、ナイスアイディア!


「(とりあえず、ここにいるみんなに魔法をかけて抵抗力を高める。すぐに終わるから待て)」


 文字で伝えてから、私は四人に向けて悪霊を退ける効果を持つ神聖魔法『エクソシズム』を発動させた。

 きらきらと光の粒子が舞い散る中、三人組の背後から好色な表情を浮かべていた半透明の中年の男が安らいだ顔でふわっと天へ昇っていく。


「ん? なんか肩が軽くなったような……?」

「僕も頭痛が治った気がする」

「マ? 俺、何の変化もないんだが」




 え、なにあれ????

 あいつら、何を呼び寄せていたの!?!?

 こわっ、シンプルに怖くて聞けないんですけど!?


 もしかして、嶋津ってやつか?



 あの三人と嶋津って人の間に何があったんだよ…………怖いよお…………


「……………………地球、こわ」


 隣にいて、天に昇る謎のおっさんを見ていたエルドラもぼそりと呟いていた。君の二面性には劣ると思うよ。

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