第15話 はー、炎上して引退してぇなあ!!
ぱきっ、と床が軋む音が暗闇から響く。視界の中に動く影はない。
ライオットシールドは無事に起動した。エルドラの言い分が正しければ、魔物が私の方へと引き寄せられるはずだ。
でもね、そうはならなかった。そうはならなかったんだよ。ドラゴンに引き続き、私はまたフラグを回収してしまったんだ。
正確に言えば、エルドラの目論見通り魔物は来た。
ただ、その魔物が想定していたよりも、アレだった。
「な、なんだアレは……!?」
エルドラが狼狽えた声を出す。
それもそのはず、彼の視線の先に姿を現した魔物は、真っ白なワンピースを血に染めた女性だった。床に引き摺るほどの長い黒髪をしていて、さらに俯いているから表情はわからない。
纏う魔力と濃密な殺気は間違いなく魔物で、目の前の存在は理外の化け物だと本能がガンガンと警鐘を鳴らす。
反射的に盾に流していた魔力を遮断する。それだけこの目の前に現れた魔物は異様な雰囲気があった。
幽霊はエクトプラズムで構成されているから半透明で青白いはず。
エルドラの話ではそうでしたよ。
目の前の魔物ですか?
バリバリに実体がありますけど?
色、ありますけど?
「えっ、うわ……」
エルドラが戸惑うのも無理はない。
目の前に現れた魔物は、一定の距離を詰めるわけでもなく少し離れた位置に立っていて、ゆらりゆらりと身体を左右に揺らしている。
コンセプトからしてもう違うもん。
こいつアレじゃん、ホラー映画に出てくるタイプのそれじゃん。お祓い通じる? もうなんか脳内で祟り殺される未来しか見えないんだけど。
ガチな方の幽霊じゃんか。
これ、先にここに来たっていう一般人三人組は手遅れじゃない?
見捨てて撤退しちゃダメですか?
だめだね。
あー、はいはい。そうですか。そんなに一般人は偉いんですか。そりゃ身を守る術なんてありませんもんねぇ。見捨てて撤退したなんて話になればマスコミは喜んで報道するでしょうねえ!!
はー、炎上して引退してぇなあ!!
「フヒッ……ケヒッ、けひひひひっ」
幽霊はいきなりその場で笑い始めた。肩を上下に揺らし、肘を曲げて右の手の甲を左の手の甲で叩く。
『裏手拍子』、一般的には縁起の悪い手の叩き方。幽霊や死者を招き寄せるらしい。
並列思考の『死者を招き寄せる』という逸話に嫌な予感が走った。
「…………ッ」
ほとんど無意識にエルドラを抱えてその場を跳んで“避ける”。
瞬間、先ほどまで私が居た場所に天井から何かが降ってきた。どしゃっ、と床にぶつかり、花が咲くように血が床に広がる。
そこにいたのは、白いワンピースを着た黒髪の女性二号。
二体目も全く同じ姿。これは迷宮の魔物と見て間違いない。
女の幽霊と同じ格好をした二体目が、腕をカサカサと動かしながらその場をぐるぐる這いずり回る。ゴキブリを彷彿とさせるその動きは非常に生理的嫌悪感を煽るものだった。
「くそっ、迷宮そのものが時間をかけて変質したのか!?」
エルドラが魔術を起動しながら叫ぶ。
その声に反応する余裕もなく、私も神聖魔法を発動させた。
まず本体の私は魔物側の手数を減らす為に天井から降ってきた方に『バニッシュ』を試みる。Cランクの迷宮の魔物ならば、私のレベルで即座に消滅させられるはずだった。
結果はほんの僅かにエクトプラズムを崩壊させただけ。相変わらずカサカサ動いていた。
エルドラに『セイクリッドウォール』を掛ける。これは【
「鑑定、不可能だと……ッ!」
風属性魔術のエアスラッシュを放ちながらエルドラが叫ぶ。
ドラゴンですらレベル差があっても鑑定できたというのに、この目の前にいる魔物たちは鑑定不可能。
それはつまり、完全に未知の状態で戦闘を繰り広げる必要があるということ。
最悪なことに、魔物はエルドラの魔術を喰らっても活動を停止しない。
ざっくり状況を整理しようか。魔物のステータスとスキル並びにレベル不明、神聖魔法の効きは悪い……どう、勝てそう?
エルドラの顔を見る。
青ざめてた。ドラゴン相手に余裕そうに笑ってたのに、真っ青だ。
無理じゃね????
勝ち目ナッシングでしょ。
だって、エルドラの魔術で上下に両断された方、テケテケさんスタイルにチェンジしたもん。下半身どうなってんの、あれ?
下半身を失っても元気な魔物を見たエルドラは、スーッと息を吸った。
「不死身か????」
縋るような目で私を見ないでほしい。
そんな目でこちらを見つめてきても、こんな現状を打開できる策なんてないよ。
んー、不死身ってことはないと思うけど……条件を満たさないと一時的な撃退はできても時間経過で復活する的な。
ホラーゲームの定番。
ゲーム脳が流石に過ぎるかな。ゲームはクリアを想定しているけれど、現実はクリアを想定していないんだぞ。
とにかく逃げの一手か。あの幽霊がカマしてくる攻撃、食らったらヤバい気がするし。
なんというか、捕まったら“終わり”な感じがひしひしする。
不思議な声が答え合わせをした。
【『呪怨耐性』のレベルが上昇】
……それってつまり?
今こうしている間にもなんらかの存在が呪いをかけてきてるってこと。時間経過で発狂するかもしれない。
めちゃくちゃピンチじゃないですか、やだー!!
こんな状態からでも入れる保険ってありませんかね!?
って、ふざけてる場合じゃない!!!!
「ひとまず逃げ……開かないな」
戦略的撤退の為に退路を確保しようとしたエルドラが、扉のドアノブをがちゃがちゃ動かす。
おお、ここでもお約束と言わんばかりに鍵が掛かっているではないか。
「クソッ、なんだか最近は面倒な魔物ばかりだなっ!! 地球に来てから良いことが何もないっ!!」
流石のエルドラもキレて扉を蹴る。
悲しきかな、冒険者の脚力を持ってしても『迷宮は内側からの攻撃に異様なほどに耐性をもっている』から破壊はできない。
これはかなりの大ピンチ。全滅もありえますな。
「くそっ、どうする!?」
とりあえず私はエルドラの手を引き、館の廊下を走る。
背後から「ケヒヒッ」と魔物の笑い声が聞こえてきた。こちらを舐めているのか、一定の距離を保ったまま同じ速度で追跡している。
「俺たちを追いかけている魔物だが、名称だけは分かったぞ。『テケオンナ』だ」
……もうちょっと名前、どうにかならなかったのかな。いや、エルドラが名付けたのかどうか知らないけど。
「なあ、この廊下、どこまで続くんだ?」
隣を走っていたエルドラが問いかけてきた。
かれこれ数分ほど走っているが、遠くに見える曲がり角には一向に辿り着けない。目線だけ後ろを向けると、追いかけてきている下半身のない女の魔物と四つん這いの魔物。その奥には出入り口のホール。
まあ、走って移動しているはずなのに、全然移動できていないんですよね。うーん、これは空間異常。
視線を前に向けようとした時、エルドラの鋭い声が響いた。
「跳べっ!」
直感的にその場で跳躍した。
天井近くまで飛び上がった私たちの下を人間の肩から腹までの上体だけを数珠繋ぎにしたような魔物が物凄い速度で通り抜ける。
B級グロホラー映画に出てきそうな見た目だ。
軟体生物のように大きな口を広げ、人間のように尖っていながらも平坦な歯をガチガチと鳴らしていたその化け物は、私たちを追いかけていた魔物二体を飲み込む。
突然の出来事に、食われた魔物たちは断末魔の悲鳴すらあげることは出来なかった。
どうやらあの魔物は視覚と聴覚がないらしく、私たちに気づいた様子はない。戻ってくる気配もなく、足音は遠ざかって消えていった。
窓枠や壁の僅かな出っ張りにしがみついて落下を防止していた私たちは無言で顔を見合わせる。
「……あれは、なんだったんだ?」
私は首を横に振った。
エルドラに分からないことが、私に分かるはずもない。
本音を言うなら狼狽えて叫び散らかしながら逞しい男性に縋りたいところ。
なんとなくそんなことをしたら、冗談抜きでホラー映画によく使われる手法『冷蔵庫の女』(悲壮感や今後の展開を演出する為にヒロインである美人な女性を殺害する批評概念の一種)になりそうな気がする。
発言していないのにフラグを回収してばかりだから、せめてもの験担ぎだ。これ以上、事態が悪化しても困る。
ひとまず私たちは抜き足差し足忍び足で玄関ホールに戻り、周囲に魔物の気配がないことを確認してからこれからのことについてと魔物の対策を相談することにした。
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