第14話 引退するためなら助力は惜しまない
『その盾の性能を試しに迷宮へ行くぞ』というエルドラの命令で、私はおニューの装備品である盾を片手に東京近郊にあるという迷宮へ向かっていた。
なんでも、私を来たるべき戦いで対ドラゴン用の盾にするんだとかなんとか。遠藤たちより容赦がなくていっそ笑えてきた。
その電車の中で、私たちはこれからどうするかについて打ち合わせをする……といっても、決定を下すのはエルドラ。私はその決定についての問題点や懸念点を指摘するだけだ。
私の指摘に対してエルドラは時として鼻で笑い、真摯に受け入れて改善する。
昨今、キレる中高年が新聞の見出しを飾っているが、齢三百歳(ハイエルフは身長から換算して年齢を導き出すらしい)ともなれば老獪にこちらを煽ってくるのだ。
「
胸を張りながら電車の吊革に捕まるエルドラ。
Aランクの冒険者というだけあって、私よりも遥かにしっかりとしている。幽霊などのスピリチュアル系の魔物に対する知識は、目を張るほどに豊富だった。
「……と、このように異世界における幽霊の知識はこれぐらいだ。過信は禁物だが参考程度にはなるだろう」
エルドラさんは賢い。
ちょっと傲慢なところはあるが、乱暴な性格が多い冒険者のなかで遠藤の次ぐらいに信頼できる。キレるけど叫ばないし。たまに電車の扉に頭をぶつけたり、天井のでっぱりに頭をぶつけて呻いているけど癇癪を起こさないし。
そんなこんなで電車の中で簡単に打ち合わせを終わらせ、寂れた駅から走ること一時間。
時刻は昼前、駅で簡単に昼食を済ませた私たちは
【皆殺しの館】は塀の外周をさらに有刺鉄線のフェンスが囲っていて、物々しい雰囲気がある。
長年、廃墟として放置されていたというが、窓が割れている様子もなく、それどころか蔦が外壁を覆っている以外は綺麗な外観をした、二階建ての建物だった。
建物を眺めていたエルドラが視線を落とす。
釣られて私もそこへ目を向けた。
「なにかトラブルか?」
どうも迷宮の入り口が騒がしい。
「どうする……? 捜索隊を出すにも、中はCランクだぞ」
「だが、人が死ぬのをまざまざと見過ごすわけには……」
近くにいた職員に(エルドラが)聞けば、どうやら一般人がフェンスを器具で無理やりこじ開けて中へ入ってしまったらしい。救助しに行きたくとも冒険者がおらず、戦闘能力のない職員を派遣してミイラ取りがミイラにするわけにもいかず、電話で上層部から指示を仰いでいるとのこと。
話を聞いたエルドラが職員に助け舟を出す。
「ふむ、ならば我々が探索ついでに見かけたら保護しておこう」
「あ、ありがとうございます! 足跡からおそらく三人から四人ほどだと思われます。無理のない範囲でお願いします!」
警備員のお兄さんはエルドラにぺこぺこ頭を下げる。
この後、お兄さんの責任問題になるかもしれないのに、無断侵入したやつらの身の安全を案じている。良い人なのだろう。
「ふん、どこの世界にも無謀なやつというのはいるものだな」
職員から少し離れたところでエルドラが鼻で笑う。
冒険者。
たぶん、きっとファンタジー作品が好きな人ならば大なり小なり憧れる職業だ。ふわふわした巨大一角兎や空飛ぶドラゴンにだって会おうと思えば会えてしまう。レベルがあがれば強くなるし、魔法だってスキルを取得したり練習すれば扱えるようになる。
だから、冒険者になりたいと思う人はいるし、なれるはずだと確信する人も一定数はいる。だけど、なれるかどうかは別だ。
『アウター』の学者によれば、私たち『
対して迷宮に出現する魔物もレベルを持っているから、対等に戦うだけでも地球人にとっては難しい。一体倒してレベルアップするよりも先に、他の魔物に攻撃されて死んでしまうことが多いのだ。
生まれたばかりの迷宮ならそんなことはないんだけどね。
恐らく迷宮に侵入した彼らも『俺たちなら魔物に勝てる』と思って侵入したのだろう。あるいは、好奇心。
逃げに徹していればまだ生きているかもしれないけど、大抵フェンス壊すようなやつに逃げる決断を下せるほどの賢さを持つやつはいないからなあ……。
と、そんなことを考えているうちに【皆殺しの館】の入り口にたどり着いた。
資産家が所有していた別荘という噂も納得できるほど、高級感あふれる両開きの扉だ。
とりま、購入しておいた迷宮の地図でも整理しますか。
地図の確認を終えたところで、エルドラが私に扉を開けるように指示してくる。
「先に侵入した
……さりげなく私の後ろに隠れるの、やめてもらっていっすか?
そりゃたしかに魔術師は【
ひとまず私は扉を開けた。
建物の中は薄暗く、窓から差し込む日差しが見えなかった。恐らく空間異常の影響を受けているのだろう。
『暗視』のスキルが発動して、すぐに視界が確保された。
点々と複数の足跡がリビングルームに続く扉に向けて、廊下の床に残されている。どうやら泥を踏んだやつがいたらしい。
足跡ハッケーン!!
エルドラを呼んで足跡を教える。
ぶつぶつと呪文を唱えたエルドラ。手のひらに凝縮した魔力が複数の形を作る。
顔も髪型も判別できない。ニュース番組で犯行当時の再現VTRに使われるような、特徴を排除された人型だ。
「とりあえず、この特徴的な靴跡をA。小型のコイツをB、無駄にビクビクしているコイツをCと呼ぶか」
顔にあたる部分に文字が浮かぶ。
一瞬だけ別の文字に見えたが、言語理解のスキルですぐさま該当する文字に変換される。
「残留思念から行き先を割り出しつつ、その盾を使って魔物を誘き寄せるぞ。貴様が魔物を引き寄せていれば、そのぶんコイツらが無事になる可能性が高い」
エルドラが片手でコンコンと私の盾を叩く。
光源もないのに、ぼんやりと『血瞳晶』が紅く煌めいている。
ドラゴンですら惹きつける効果を持つ『血瞳晶』の効果を、魔力を鍵として任意に引き出す……早い話がヘイト稼ぎ。
エルドラが電車の中で自慢げに制作過程や術式について語っていたことを思い出す。敵対関係にあったドワーフを(決闘で上下関係を無理やり作って)説得して協力させたという話だった。
もしエルドラの言う通り、この盾にそんな性能があれば、盾役が大人気になる未来が来る。
そうなれば、冒険者になりたい人を育成できる。その結果、冒険者が増える。冒険者業界の競争激化。晴れて私は冒険者を引退できるのだ。そういうことなら手を貸す、それが私。引退するためなら助力は惜しまないさ。
やるじゃないか、エルドラ。やっぱり君は優秀だ!!!!
この迷宮に出現する魔物は、
盾の性能を試すにはうってつけの相手といえるだろう。
前回はフラグ回収を成し遂げてしまったけれど、そもそもの話としてそう簡単にフラグ回収できるはずがない。どんな確率なんだって話ですよ。
私は盾を構え、妖しく光る『血瞳晶』に魔力を流した。
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