第11話 素顔を見られるぐらいなら死んで引退します


 【宵闇の塔】の出口を目指す事、おおよそ一時間。

 ゆけども、ゆけども、見覚えのある通路にたどり着くばかりで下層へ下りるための階段が見当たらない。


「これは、迷いましたな」


 いやあ、まさか地図やタブレットが完全に壊れちゃうなんてねえ。


 そう。ここは【宵闇の塔】中層、通称『帰らずの通路』

 方向感覚を狂わせる作りと装飾のせいで、私はここだけでもう三十分も迷っている。


 道中にあった音を響かせる魔法陣や吹き矢の罠を悉く踏み倒し、床が見えなくなるほどの魔物の群れのせいで周りがよく見えない事も少なからず影響しているかもしれない。


 それでも私が魔物をどうにかできるわけもなく、ひたすら魔物たちは私を頑張って攻撃していた。

 ぐだぐだな戦い、またも開幕。誰一人として勝者のいない虚しい戦いである。


 『腐食耐性』がすんごく上がっている。『噛みつき耐性』も爆あがり、ますます盾役に成長している。


 嫌だなあ。


 足元に纏わりつくスライムを蹴り飛ばし、ジャイアントバットを掴んで地面に投げつける。

 攻撃力がたったの2しかないので、魔物たちはピンピンしていた。


 この身につけている鎧を脱げば攻撃力が少しはマシになるか?


 私が今、身につけている鎧の銘は『死損騎士の鎧』。

 初めて攻略した迷宮のボスがドロップした装備品であり、カースドアイテムだ。

 『アウター』から来訪した鑑定士の調査によると、主君を守り切れないどころか仇討ちすらもできずに地下牢に繋がれてしまった騎士の強い怨念が宿っているらしい。


 着用者の攻撃力を著しく下げる効果を持つ。鎧自体の【耐久VIT】が高いというメリットを完全に打ち消している為、私ぐらいしか運用しない防具だ。

 火力至上主義な『アウター』の連中はこれの買い取りを拒否したし、なんなら解呪までしてこようとするぐらいだった。


 この鎧は凄い。

 私はドラゴンのファイアブレスで溶け、変形した面頬バイザーを上げて視界を確保しつつ、ひたすら通路を進む。

 歩くたびに壊れた足甲グリーヴが床とぶつかって耳障りな音を立てた。


 なんと、血を吸わせれば自動で防具が修復するのだ!


 ふっ、修理に出す必要がないってところが素晴らしいね。

 誰にも素顔を晒さずに済むんだもの!


 死んだ後のことなんて考えません

 むしろ冒険者業を引退できるチャンスでぇす!!

 私の代わりなんざいくらでもいるし、へーきへーき!


 内藤支部長が怒る理由がよぉく分かるね


 そうして【宵闇の塔】を彷徨うことさらに三十分。

 ようやく私は正解の道を選ぶ事に成功し、下層へ降りていく。


「……ぃ、ーーぉい!」


 その時、私の脳内に並列思考や不思議な声とは違う声が響く。

 聞き覚えのある低い男性の声は、エルドラのものだ。

 声はすれど姿は見えず。


「繋がったか、まったく手間をかけさせやがって。おい、貴様。まだ生きているのはこちらで確認できた」


 おー、おー、相変わらずの上から目線なことで。

 まあ、ドラゴンの攻撃を凌げたのも彼のおかげなのでここは感謝しておいてやりましょうかね。なにせ、私は優しいので!


「増援を揃えたので、これからそちらへ向かう。十分後には迷宮ダンジョンの入り口に現着する。位置までは確認できないから、その場から動かずに救出を待て」


 ……増援を揃えた?

 ……今から十分で現着?


 この、鎧がボロボロかつ素肌が見えている状態で、彼らと対面?

 来ないで! せめてこの鎧が直るまで待って!!


「なお、この会話は一方的なものなので、そちら側の発言は俺には聞こえない。────貴様の元仲間とやらが煩い。くれぐれもそこら辺の魔物にやられて死ぬな」


 はああああああ!?

 余計な事をしてんじゃねえぞ、ハイエルフゥッ!!


 救出を嫌がるなんて、世界を探してもきっと私だけだね。それで、どうしようか。


 そんなの、もちろんこの場で鎧を修復するしかないでしょ!


 まずは一旦、防具を脱いで全裸になります。そこにスキル『捕食者』に『飢エル者』を組み合わせ、自らの右手を“捕食”。抉れた掌から吹き出した血を防具に垂らします。

 あー、こらこら。スライムくんは邪魔だぞ。あっちで遊んでなさい。


 この鎧、“増殖”する。

 モリモリと元気に修復していく鎧。

 外観は金属で構成されているが、怨念が宿っている所為なのか性質としては生物に近い。だから定期的に血を与えないと暴れるし、たまに喋ることもある。大体は言葉にもならないような低い呻き声なんだけどね。

 他の防具と違って、自動修復機能と着用者のサイズに合わせて伸縮自在なところが素晴らしい。


 血を垂らし続ける事、五分。

 やぁっと防具の修理が終わったので、私はいそいそと着る。といっても、この防具が勝手に取り憑くので着るのは簡単だ。


 ヒールを発動して、減った分を回復。


 これの利便性を知ってしまっては、もう他の防具なんて扱いづらいとしか思えない。コストも掛からないしね。


 さてさて、下層から出口まで五分と掛からない一本道だ。増援とすれ違うこともないだろう。

 帰ってお風呂に入りたいな。


 私はガシャガシャと鎧を鳴らしながら、足取り軽く出口に向かって歩き出す。




◇ ◆ ◇ ◆



 迷宮の出口で待つこと数分。

 森に囲まれた【宵闇の塔】に向かって走る集団が見えてきた。その時速、推定60キロメートル。

 私が片手を上げると、先頭を走っていた遠藤がさらに速度をあげて突っ込んできた。


「湯浅さあああああああんっ!」


 さっと避けると遠藤はそのまま背後にあった【宵闇の塔】へ吸い込まれる。ジャイアントバットの鳴き声が響き渡ったかと思うと、何事もなかったかのように剣を片手に持ちながら戻ってきた。

 かつて内藤支部長が冒険者を『人外』と評価するのも納得だ。


「俺たち、絶対に湯浅さんが死なないって信じていました!」


「湯浅さん、ご無事でなによりです!! あれだけ一方的に攻撃をされても、声ひとつ漏らさないとは……憧れます!」


 遠藤はキラキラとした目で私の手を握り、上下にぶんぶん振り回す。その隣で遠藤と同じく化け物みたいな速度で駆けつけてきたリヨナも、私の手を強く握る。


 やんわりと彼らの手を振り払って、私は回収しておいた袋を渡す。中身はルビーのように光り輝く『竜血晶』なのだが、なんだかやはり様子が変だ。

 これだけ壁に引っかかっていたので回収できたが、他の武器やアイテムはドラゴンの攻撃の余波で修復ができないほどに壊れていた。


「俺たちの荷物を回収してくれたなんて!! それなのに、俺はまだ……くっ、自分が情けない!」


 今にも泣き出しそうな遠藤。殿しんがりを任されるたびに毎回のようにこの下りをするので、いい加減に慣れてきた。

 それはもういいから、さっさと戻ろうぜ。


「はあ、はあ、やっと追いつきました……。湯浅さんは、回復の必要もなさそうですね。毎度のことながらすごいです」


 息を乱したフレイヤは、私を見て勝手に納得して誉めてきた。褒められるようなことは何もしてないから、早く帰ろうぜ。


「ちょっと見直したわ」


 腕を組んでそっぽを向くミリル。その台詞を聞くのはもう十回目だし、飽きたよ。もういいから戻ろうよ。


「おい、貴様」


 げ、エルドラ。あ、そうだ。ほら遠藤、『竜血晶』をエルドラに譲りなさい。


「そうだね。エルドラさんのおかげでドラゴンのスキルやステータスがわかったんだ。君が生きている事を教えてくれたのも彼だし、湯浅さんが気にかけるのも分かるよ。湯浅さんの新しい仲間に相応しいのは、俺たちじゃなくて彼だった……そういうことなんだね?」


 違いますが?

 何を気色の悪い勘違いをしているんですかね、この子は?


「エルドラさん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。この『竜血晶』で良ければ、いくらでも持っていってください」


 頭を下げる遠藤の後ろで苦い顔をするミリル、フレイヤ、リヨナ。異世界『アウター』の連中にとって頭を下げる行為は己の敗北や地位の低さを認める行為らしい。

 エルドラは顎をさすった後、袋の中に手を突っ込んで十五個ほど掴んで大きな『竜血晶』を自分の袋に入れた。


「ふん、次からは必要な分だけ採取することだな」


 鼻を鳴らして背中を向けるエルドラ。それに驚いた表情で顔をあげる遠藤。

 ツンデレはもうお腹いっぱいだから、戻ろう?


 遅れてやってきた冒険者たちが私たちを取り囲んで騒ぎ立てる。


「うおおお! また湯浅が生き残ったぞ、賭けは俺の勝ちだ!」


「くそっ、なんで傷一つなくピンピンしてるんだよっ!!」


「それどころか鎧に傷一つねぇじゃねえか。これが地球の冒険者の実力ってやつか、俺も負けていられねぇな!」


 う、うるせぇ……!

 人の生死で賭け事をしてるなんて論外だし、勝手に対抗心を燃やされても困る。

 つーか、帰ろうよお……!


「うおおおっ! ここを『湯浅生還記念パーティーの会場』とする! 野郎ども、魔物の肉を狩って来い!! 十回記念だ、盛大に祝うぞ!!!!」


「「「任せろー!!」」」


 武器を片手に駆け出していく冒険者たち。騒ぐ理由さえあれば、それがどれほど些細な事だろうと飲み会を開く奴らだ。

 だから嫌だったんだよ、増援が来るの。

 これ、今日帰れないじゃん。


「こんな馬鹿馬鹿しい騒ぎに付き合っていられるか、俺は一足先に冒険者ギルドに戻るぞ。ドラゴンの行方についても調べる必要が……おい、いきなり服の裾を踏むんじゃない」


 逃すか。君もここに残るんだよ。

 安心して欲しい。ドラゴンは迷宮の奥にいるから。

 というのを、私は魔力操作で文字を作り、エルドラに教えてあげた。


「……なに? つまり、あの場所に今もいるのか?」


 エルドラは片目を押さえ、目を光らせる。

 厨二病、再び。

 耳をすませば微かにドラゴンの咆哮が聞こえるような気がする。


「し、信じられん。あのドラゴンを迷宮に閉じ込めたのか」


 私は頷く。

 【宵闇の塔】は珍しく番人のいない迷宮なので、攻略の難易度そのものは高くないのだが、いかんせん道中の罠や魔物と入手できる素材がしょっぱいのでとても人気がない。

 外部から迷宮を壊さない限り、あのドラゴンが外に出ることはないだろう。これでドラゴンに襲われる地域は減るぞ。

 まあ、他にも地球を我が物顔で闊歩する幻獣クラスの魔物はいるんですけどね!!!!


「おい、ナイトウ! こっちに来い!!」


 お、仮にも冒険者ギルドのトップである内藤支部長を呼び捨てにして呼びつけましたね。やっぱりエルドラって地位があるのかな。ハイエルフのなかでも偉い人だったりして……。

 そんな人とお近づきになったところで、そのコネクションを活かさないのが私だ。


 ぎゃいぎゃい騒ぐ冒険者の中から内藤支部長が姿を現した。この人、仮にも組織のトップなのにフットワークが軽いのだ。


「何か用かな、エルドラ卿。僕はドラゴンの捜査をしないといけないんだけど……」


「あのドラゴンは迷宮の奥にいると今し方こいつが証言した。早く調査隊を派遣して裏を取れ」


「な、なんだってー!!」


 報告する手間が省けただけよしとするべきなのかな。

 しかし、帰りたい。今なら三日ほどぐっすりと眠れそうだ。


 欠伸を噛み殺していると、エルドラが私に向き直る。


「みんな、貴様のことを心配していたようだな。無口の癖に顔が広い……いや、顔が見えないからこの表現は適切なのか……?」


 エルドラ含め、悪い奴らじゃないんだけど、イマイチ馬が合わないんだよねえ。

 はあ、ねっっむ。

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