第10話 エルドラが優秀なので引退します


 ドラゴンの圧倒的な実力差を前に、情報を持ち帰るために撤退を決断した私たち。


「おい、貴様。鑑定する時間を稼げ」


 上から目線で命令するエルドラ。

 ムカッとはするが、それでも彼の言うことは一応は正しいのでぐっと我慢する。


 鑑定のスキルを持つ冒険者の少なさもさることながら、魔物のステータスを閲覧できるほどレベルが高いのは、今現在地球上では恐らくエルドラだけ。

 この情報を冒険者ギルドに持ち帰れば、それを元手に世界各国で対策を練ることができる。

 なにせ、ドラゴンは神出鬼没でどのようなスキルやステータスを持っているのか謎に包まれているのだ。

 情報さえあれば、各国の頭の良い人がなんか凄い兵器を開発してどうにかしてくれるだろう。多分。後は託したぞ、天才たち。


 さて、私の仕事はこのドラゴンを塔の外へ出さない事と、撤退する彼らのためにひたすらドラゴンを引きつける事だ。

 しかし、悲しいことに魔物の注意を惹きつけるようなスキルというものは存在しない。ゲームならば『挑発』などヘイトを稼ぐようなスキルが存在するが、なぜかスキルポイントを消費して取得できるスキルの中にはないのだ。


「グルルルォ……!」


 ミリルとエルドラの魔術を食らってダメージを負ったドラゴンがまたもファイアブレスの体勢に入る。


 ブレスというよりもはやレーザービームのそれを回避。

 一度は食らったが、二度も同じ手が通用するとは思わないでいただきたいね。背後に守るべきものがなければ、さすがに避けますよ。


 チラリとエルドラの様子を伺う。

 彼は右目を押さえ、左目を光らせていた。

 ……やっぱり彼は厨二病を発症しているのでは????


 まあ、いいや。今はドラゴンに集中だ。

 爪の振り下ろしは敢えて受けて、代わりに尾の薙ぎ払いは避ける。吹き飛ばされると、私の【敏捷】の低さでは元の位置に戻るまでやや時間がかかる。


 すぐにエルドラは鑑定を終わらせたようで、遠藤の号令が聞こえた。


「よし、撤退するぞ」


 ジリジリと階下へ目指していた彼らがペースをあげる。

 いきなり駆け出すとドラゴンの意識がそちらに向いてしまうため、焦ったくなるほどゆっくりと悟られないように下がる必要があるのだ。


 その時、ドラゴンが炎を口の中に溜め始めた。

 ファイアブレスかと思ったが、どうも様子が違う。なにせ、口の中に溜めた炎が魔法陣を描き始めている。


 なにかの魔術か?

 そう思った瞬間だった。

 ドラゴンはその場で素早く一回転。尾で薙ぎ払い、迷宮を構成している壁を砕きながら、さらにファイアブレスを解き放つ。

 辛うじて、スキルの発動が間に合った。


「…………っ」


 舞い散る破片と拡散する炎。

 誰のものかも判別できない悲鳴が響き、衝撃が襲う。

 一拍遅れて、またも衝撃。

 どうやら、エルドラも回避が間に合わず攻撃を食らったらしい。


 開けた視界のなか、青空を背に火の粉を纏うドラゴンと薙ぎ払われて宙を舞う仲間たちの姿が見えた。

 高所からの落下ダメージは、エルドラならば空を飛べるからなんとかなるはずだ。ドラゴンのあの攻撃は想定外だが、結果としては仲間たちが塔の外に出られたので良しとしよう。

 遠藤たちのレベルならば、このぐらいの高さから落下してもちょっと怪我するだけで死にはしないから大丈夫だ。


 私の生命力HPは残り3%

 相変わらず反則的な攻撃力の高さ。まったくもって嫌になるね。

 

 『カバーリング』という他者が受けるはずだったダメージを肩代わりするスキルの対象からエルドラを外し、余剰分の魔力を神聖魔法に回す。


「リジェネレーション」


 使用する魔法は『リジェネレーション』。継続的に生命力HPが回復する効果を持つ。併せて『ヒール』も使用する。

 誰もいないので心置きなく詠唱できるのはありがたいな。


 尾の薙ぎ払いと噛みつきは死ぬ気で避け、爪の振り下ろしは可能ならば避ける。


 破片を拾い上げてドラゴンの視界に入るように投げ続けた。

 攻撃力たったの2しかない私でもできることはある。そう、ドラゴンへの嫌がらせだ。

 視界内を何かが常に飛んでいるのはなかなかに不快だろう、そうだろう。人間が小蠅を無視できないように、ドラゴンに人間を煩わしいと思わせることはできる。


「へいへい、ドラゴンくん! 世界最強の種族の分際で最弱の私をまだ仕留めることができないなんてクソ蜥蜴じゃん! 改名したらどうかな!?」


 さらに言葉でも煽る。

 知性の高いドラゴンに対してこの煽りはなかなか効いたらしい。苛立ったように床を尾で叩き、またもファイアブレスの体勢を整える。

 私はドラゴンが炎を吐くより先に、その足元に潜り込んだ。


 拡散する炎の熱線から考えるに、尾と炎の連撃を食らうよりも足元に潜った方がダメージが相対的に少なくて済むと判断したからだ。

 睨んだとおり、移動のために振り下ろされる足踏みにさえ気をつければ安全地帯といえるぐらいには怪我を負うリスクが少なくて済む。

 ゲーム脳もたまには役に立つ。過信は禁物だけどね。


「エルドラの支援魔術のおかげで【耐久VIT】と【敏捷AGI】が上昇してるのね。なるほどなるほど」


 素早く横目でステータスを確認する。エルドラは支援魔術の扱いにも長けていたようで、上昇した値だけみてもなかなかのものだ。

 『鉄壁』という防御力を上昇させるスキルを使用する。


 私自身の【耐久VIT】と鎧が持つ【耐久VIT】、さらにスキルの効果を計算したものを『防御力』と呼ぶ。

 『攻撃力』ならば、【筋力STR】と武器の【攻撃力ATK】の合計値だ。


 【耐久VIT】300にエルドラの支援魔術で上昇した100、鎧の【耐久VIT】と『鉄壁』のスキルを合算すると防御力は500を超える。

 地球どころか『アウター』でもこれほどの防御力を持つ冒険者はいないというらしいが、それでもこれだけの防御力をもってしてもドラゴンを相手にすれば容易く削られてしまう。

 ところで、『アウター』にはドラゴンよりも恐ろしい魔物がじゃんじゃかいるらしいっすよ。嫌になっちゃう。


 ドラゴンの爪を左の手甲ガントレットで受け流し、神聖魔法で回復を続ける。

 塔の外に弾き出された彼らが合流して、近場の冒険者ギルド施設に駆け込むと仮定して、必要な時間は五分。

 戦闘中はどうしても時間感覚が激しく狂う。とにかく出来るだけ生きてドラゴンの関心を引く必要がある。


「……しょうがない、スキルポイントを使うか」


 素早く操作して、もしものために貯めていたスキルポイントを使うことに決めた。これまで貯蓄していたスキルポイントは80。役に立ちたくなかったのとラストエリクサーもったいない病で使くことを渋っていたものだ。


 このダンジョンの中でエルドラと話していたことを思い出す。


〈新規にスキルを取得するよりも、既存のスキル『物理耐性』『豪炎耐性』をあげる方が堅実だ。さらに万全を期すなら『聖騎士の堅陣』と『魔力増加』『魔力自動回復』を取得するのもアリだ。『聖騎士の堅陣』は鉄壁よりも消費する魔力は少ないが、CTはその分かかる。『鉄壁』の補助に使える〉


 エルドラの指摘はイラッとするほどに的確だった。『鑑定』スキル持ちなので、私の既に取得したスキルと相性の良いスキルをすぐに見繕ったのだ。


 選択したスキルについて説明するあの不思議な声が響く。


【スキルポイントを5消費して『物理耐性』の熟練度を上昇。熟練度が一定値に到達。『物理耐性レベル3』を『物理耐性レベル4』へ変更】

【スキルポイントを10消費して『豪炎耐性』の熟練度を上昇。熟練度が一定値に到達。『豪炎耐性レベル1』を『豪炎耐性レベル3』へ変更】

【スキルポイントを10消費して『聖騎士の堅陣』を取得】

【スキルポイントを5消費して『聖騎士の堅陣』の熟練度を上昇。熟練度が一定値に到達。『聖騎士の堅陣レベル1』を『聖騎士の堅陣レベル2』へ変更】

【……『魔力増加』を取得】

【……『魔力自動回復』を取得】

【……熟練度が一定値に到達。『魔力自動回復レベル1』を『魔力自動回復レベル3』へ変更】


 ズバババーッとあの不思議な声が矢継ぎ早に報告をしてくる。

 それを聞き流しながら、さっそく取得した『聖騎士の堅陣』を使用してドラゴンの爪を受け流す。

 これまで三割近くを持って行かれていたけれど、『聖騎士の堅陣』のおかげで一割ていどに留めることに成功。やっと回復が間に合うようになった。

 回復特化のフレイヤがいないと、なかなか厳しいところがあったので大いに助かるね。






◇ ◆ ◇ ◆




 結論。エルドラの考えた最強のスキル構成にマジで優秀。


 なにせ、一切の無駄がない。なので、防御力は常に高い値をキープしているし、魔力は微々たるものだが回復し続けているのでばんばん回復できる。



 フレイヤの回復も欲しいなと思うタイミングで飛んできたけど、エルドラの考案したスキル構成のおかげでかゆいところに手が届く。

 


【『魔力操作』を固有スキルとして習得しました】


 ドラゴンのファイアブレスを凌ぎ続ける。

 すごい、耐えられてる!

 こんなポテンシャルが私にあったのか!


【『神聖魔法』のレベルが上昇しました】


 ……もしかして、エルドラにもっと早く相談していればドラゴンを討伐できた可能性が微粒子レベルで存在していた?

 エルドラ、今からちょっと引き返してくれない? ドラゴンと手に汗握る攻防、繰り広げてみないでしょ?


 さて、アホな事を考えていると、あと五分で迷宮ダンジョンの自動修復のお時間だ。外側からの攻撃に脆い迷宮ダンジョンでも、内側からの攻撃にかなりの高い耐性がある。そうなれば、殿しんがりの役割を十全に果たしたことになる。


 階下に通じる廊下は狭いし、ドラゴンを実質的にこの【宵闇の塔】に監禁できる。そうなればダラダラとここに留まる必要もなくなる。


「ガルルルルォォォォ……」


 迷宮の自動修復を感じ取ったのだろう。ドラゴンが唸り声をあげて翼を広げた。風がドラゴンを中心として吹き荒ぶ。


「や、やば! 逃げるつもりだ!!」


 これ以上、私と戦うよりも他の場所へ赴いた方がいいと判断したのだろう。賢いな。


 うおおお、足止めに便利なスキルはどれだっけ!?


「あっ、思い出した!」


 その時、やはり頼りになるのはエルドラでした。くやちい。


【『重力魔法』を取得】

【……熟練度が一定値に到達。『重力魔法レベル1』を『重力魔法レベル3』に変更】


 ところで、この『重力魔法』を使用するには相手を鎖で縛り、頑張って引っ張る必要がある。


 ……は?


【『重力魔法』起動。術式『星の鎖』を起動します】


 唖然とする私の掌に紫色の魔法陣が浮かび上がり、凝縮した魔力が鎖を形成する。その鎖はジャラジャラと音を立ててドラゴンの翼に絡み付いた。


【『重力魔法』起動。術式『ヘヴィチャージ』を起動します。術式展開まで一秒、展開完了。【干渉INF】ならびに【干渉INF】上昇】


 干渉ってなに!?

 鎖を引っ張る必要があるって事はドラゴンを相手に【筋力STR】勝負しろってか!?


【『神聖魔法』起動。術式『ストレングス』を起動。……起動完了。【筋力STR】は現在、600まで上昇しています】


 ぐん、と鎖が引っ張られる感触。

 私は咄嗟に踏ん張って鎖を引っ張り返す。足元の床に走っていた亀裂が伸びた。

 ドラゴンは数センチ浮くだけで、どうにかこうにか迷宮の中に留めておくことに成功。


 ドラゴンの【筋力STR】と対抗判定に引き分けている。本当は『ストレングス』で攻撃力をあげるはずなんだけど、こんな副次的な使い方をメインにするのなんて私ぐらいだ。


 で、この状態をあと五分を維持する必要がある……と。


「グルルルアアアッ!!!!」


 宙に固定されたドラゴンがファイアブレスの体勢に入る。


 まあ、当然ながら反撃してきますよね。

 そりゃ、私もそっちの立場なら反撃しますもの。しない理由がない。


 鎖を握るこの手を離せば、ドラゴンは飛び去ってしまう。かといって握ったままでいればファイアブレスの餌食だ。

 おお、私の人生はコレで終いか!?


 いや、ファイアブレスなら生命力HPの五割で耐え切れるから問題ない。殿の役割はまだこなせる。こなしたくない!


 それよりドラゴンのファイアブレスを『捕食者』『飢エル者』『悪食』『吸精』で“捕食”する効果が発動してまして……


 えっ、ちょっと待っ────





 おえええええええええっ、まっっっっっっっっず!!!!

 エルドラの一億倍不味い!!

 こんなの味蕾への暴力、いや殺害未遂!!!!


【『過食』『炎喰ライ』『火炎耐性』を獲得。さらに『魔力操作』『豪炎耐性』のレベルが上昇。スキルを統合中】


 ドラゴンのファイアブレスって魔法属性の攻撃だったの!?


 あー、物理攻撃に魔法攻撃を上乗せしているから、やろうと思えば“捕食”できるのか。まあ、普通はやらないけどね。こんなことをするぐらいなら、もっと攻撃に魔力を使う人の方が圧倒的に多い。効率も良くないしね。


 迷宮の修復完了まであと三分。生命力HPは残り六割だから保留しておいたヒールを起動して八割まで回復。残存魔力は100……一秒につき10回復する現状を鑑みると、かなりギリギリだね。


 あ、エルドラの支援魔術が切れた。かけてもらったから一時間以上も効果を保持するとか、化け物みたいな精密性だな。

 まあ防御力が下がったけど、許容範囲か。


 ……こうして私はドラゴンと決死の綱引きを繰り広げた。


 ドラゴンはそれはもう凄い暴れっぷりだった。


 ファイアブレスを放ち(その度に私は絶望的な味に襲われ)、地面に降りてタックルをぶちかまし(並列思考の命令で壁に激突するように誘導し)、爪や牙で鎖を壊そうとした(鎖は私の防御力に依存しているらしく壊れなかった)。

 それを私は踏ん張って耐え、並列思考は最適なタイミングで削れた生命力HPを回復する。


 ぐっだぐだな戦い。

 何度も私はこのような戦いを繰り広げてきたが、恐らくエルドラの次ぐらいにぐたぐたな戦いだった。その癖、お互いが必死だった。

 ドラゴンは外に出る為に、私は殺されないようにしつつドラゴンが外に出ない為に。

 もしこの場に他の冒険者がいれば、口を大きくあんぐりと開けながらこう言うだろう。

 ────「お前、馬鹿か?」「俺なら奴の爪を三本は折るぞ」と。



 三分を切る頃には脳内のエルドラと遠藤が効率を求めて『満タンにするより九割を維持した方が無駄が少ない』とか宣い始めた。

 孤独とストレスから幻聴が聞こえ始めたかも。


 五分経過……迷宮の修復完了まであと十五秒。


 【『重力魔法』起動。術式『楔』を起動中……起動まであと十秒】


 私の掌の中にあった鎖が迷宮の僅かに空いていた穴と繋げる。

 壊れにくい鎖を壊れにくい迷宮の壁に縫い付けた。

 鎖はドラゴンの首と足に絡まり、壁に僅かな距離を残して縫い留めた。

 『暗視』のスキルで私はその光景を見守る。


 これでこのドラゴンは【宵闇の塔】から出られなくなった。私の完全勝利だ!

 魔物は討伐してないけど!

 やったぜ!


 ははは、なんて絶望的な撤退戦なんだろうか。

 エルドラがいれば確実に討伐できた事に、取り返しのつかないタイミングで気づく己の愚かしさ。エルドラが優秀なので引退します。


 はーっ、疲れた。私もこの【宵闇の塔】を脱出しますか。


 背後から忌々しげに吹きつけるファイアブレスを浴びながら、私は悠々と階下へ続く階段を降りていった。





 そして、背中に浴びたブレスによる味蕾への暴力的な攻撃に苦悶の呻き声を上げた。

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