第12話 このノリについていけませんので、謹んで引退します!


 どんちゃん騒ぎを繰り広げるパーティー会場。

 疲れ知らずの冒険者にとって、迷宮に潜った後に生還を祝う飲み会を開催するのは日常茶飯事なのだ。

 【宵闇の塔】から生還した私は、遠藤たちやエルドラと共に他の冒険者に引きずられ、近場の飲食店へ連れ込まれて今に至る。


「みんなー! 今日は僕の奢りだ、じゃんじゃか飲みまくれ〜!!」


「「うおおおお! 内藤支部長大好き、愛してるぅっ!!」」


「かーっ、気色悪ぃ!!」


 日頃、ストッパーとして活躍している内藤支部長がすっかりと出来上がっているせいで、飲み会は大盛り上がりだった。

 テーブルに所狭しと並べられた料理の他に、続々と運ばれてくる料理の置き場所を懸命に探す給仕たち。他の冒険者もまた、ちらちらとこちらの様子を伺っている。

 何かと内藤支部長はテレビ露出の機会が多く、冒険者ならば大抵の人が彼の顔を知っている。


「今日はあのドラゴンを迷宮の中に閉じ込めた記念日だ。最大の功労者、湯浅は遠慮なく飲むんだぞ!」


 結局、私が遠藤たちと合流した後で【宵闇の塔】に捕らえたドラゴンを調査した。

 なお、ドラゴンのファイアブレスを食らって三人の冒険者が即死し、フレイヤの蘇生でなんとか事なきを得たぐらいの軽微な損失で済んだ。

 裏を取ってからというものの、内藤支部長は終始ご機嫌な様子だ。


 私は無言でコップの中の水を“捕食”する。

 何を隠そう、私はお酒が好きじゃない。なので、この飲み会をエンジョイするにはひたすら料理を食らうしかない。置いた側から料理が消えていく光景を、給仕はあんぐりと口を開けながらそっと運んでいた料理の皿を回収した。

 近くの席ではオレンジジュースを飲んでいた遠藤が早くも空気感に酔い始めていた。


「まじ、湯浅さんはパないんれしゅ……、俺たちの為に殿を申し出てくれてぇっ……!」


 捏造した過去の思い出を吟遊詩人に熱く語っていた。

 彼は一度、冷静になって私の行動を振り返って欲しい。そんな立派なことなんて何一つしてないし、常に引退のことしか考えてないから。


「ほおほお、なるほどなるほど。やはりあの人は他とは違う……!」


 そして、遠藤の勘違いを加速させる人物。

 異世界『アウター』から来訪した吟遊詩人のナージャ。宴と聞けば、教えてもいないのに何故かしれっと参加し、冒険者の武勇伝を聞いて回って歌を披露する。

 彼の手にかかればどんな小悪党も大志を胸に抱いた勇猛果敢な青年に早変わり。スーパーヒーローからダークヒーローまでなんでもござれだ。


 吟遊詩人は、『アウター』の連中にとってはインフルエンサーみたいなもの。

 やったね、またありもしない武勇伝が増えるよ!

 やめてくだされ…………!


「邪悪なレッドドラゴンに襲われる一行。そこに聖騎士が殿を買って出る……全ては仲間を生かすため、己を犠牲にしてでもここは死んでも通さないと誓いを立てる……これは良いストーリーになりますねえ」


 いそいそとペンを取り出してはノートに架空の出来事を書き綴るナージャ。

 私は諦めて、彼らのことについてもう考えないことに決めた。

 だって、否定しても聞かないんだもん。なんなら『謙虚の現れ』とか付け加えられるし。


 はあ……、このノリについていけませんので、謹んで引退します。探さないでください。


「「乾杯!」」


 ジョッキになみなみと注がれた異世界『アウター』産の強力な紫色の発泡酒を飲み干していく冒険者たち。ミリルやフレイヤ、リヨナも喉を鳴らしながらジョッキを空けていく。

 アルコール度数はなんと脅威の六十パーセント。ある程度のレベルに到達した冒険者は、あれぐらいでやっとほろ酔いになれるのだ。


 あと三十分もすれば宴もたけなわを迎えるだろう。その時にさりげなく抜け出して……。

 と、考えていると隣の空いていた席にエルドラが座る。


「おい、貴様。知っていたのか?」


 主語もなしにいきなり質問をぶつけてきた。私は何も知らないので首を横に振る。


「ふん、しらばっくれる気か。他の連中は騙せても、この俺は騙せんぞ。わざと元仲間たちを利用させて短時間で迷宮内の素材を集めさせ、ドラゴンを誘き寄せた。あの『竜血晶』だけわざわざ回収したのも、全てを知っていたからだろう」


 はあああ……、会話の誘導やめてください。

 というか、なんで『竜血晶』が会話に出てきた?

 たしかにあれはなんかぴかぴか光ってたけど、ドラゴンを誘き寄せる性質なんてなかったはず。


 そういえば、『竜血晶』って魔物の好物だったっけ。よく罠への誘導に使った。

 ……まさか、遠藤たちが集めてきた『竜血晶』が変質していた、とか?


「地球の迷宮で採取できる素材が変質を始めている。恐らく、あのドラゴンも各地の変質した『竜血晶』を喰らって強くなったのだろう。……認めたくはないが、かつて俺が討伐したドラゴンよりも遥かに強かった。地球に逃げるほどの最弱な個体が、あそこまで進化していたとはな」


 半年前、ドラゴンの被害を抑えられなかった『終の極光』は世界的にバッシングを受けた。ネット、ワイドショー、新聞……とにかくあらゆる媒体から、あらゆる業界人に名指しで批判されたのだ。

 当時は冒険者という職業への恐れと誤解もあったし、冒険者ギルドも権力がなかった。

 もちろん、『アウター』の連中にも面と向かって煽られたのだ。

 ────この程度の魔物も討伐できないなんて、地球もたかが知れてますね。


 おお、あの煽りは一体なんだったのか!


 よりにもよって遺族の前で『アウター』の重鎮がその発言をしちゃったからすっっごく問題になった。まあ、だからこそ不平等条約を見直すきっかけにもなったんだけど。


 半年前の出来事なのに、未だに色濃く影響を与えているのだ。主に私のトラウマ的な意味で。


 ところで、エルドラさんが勘違いしたまま。

 チラリと面頬バイザーの下から隣を伺うと、案の定エルドラは腕を組んで難しそうな顔をしながら頷いていた。


「やはり、その様子だと心当たりはあったようだな」


 (そんな心当たり)ないです。


「ふん、あのナイトウが注目するぐらいだ。只者ではないと思っていたが、どうやら俺の想像以上だったということだな」


 違いますね。多分、内藤支部長は私のことが嫌いだから引退をあの手この手で阻んでるんだよ。


「あの『竜血晶』は貴様らが異世界『アウター』と呼ぶこちら側にはない物質。恐らく、大量の魔力と地球を支配している物理法則や概念を取り込んで変質したと思われる。魔物の視線を集め、血のように赤い。その性質から俺はあれを『血瞳晶』と名付けた」


 な、なんか難しい話を始めたんですけど……!?


「ドラゴンですら惹きつける魔性の力、さらに数を揃えることでその性能は飛躍的に上昇する。本来ならば“禁制品”になるが、貴様にはうってつけだろう」


 あ、なんか凄く嫌な予感がする。なんでだろう、とっても嫌な予感がするよ。

 この予感が外れてくれることを祈ろう。

 何に?

 神サマとか仏サマとか?

 ……あれに祈るぐらいなら死んだ方がマシだよ。アイツらマジで意味不明だし、支離滅裂だし、破綻してるんだもん。


 私の心中を知ってか知らずか、エルドラはふっと笑みを浮かべてジョッキの中身を飲む。


「貴様は楽しみにしておけ」


 そんな全く嬉しくない言葉を残して彼はテーブルの上に置かれた料理を口に運び始めた。


 ねえ、それどういう意味? とは聞かないのが私だ。

 何故なら、人と会話したくないから。声を出したら性別がバレてしまうし、何より私は人と会話をしようとすると喉が引き攣って変な声しか出なくなる。あと、会話していた相手が突然ブチギレることが多い。

 他人は、怖い。


 結局、飲み会は朝方まで続き、退出するタイミングを逃した私はズルズルと周囲の冒険者の活躍やら自慢話を聞かされ、内藤支部長の「頼むからテレビ取材を受けてくれ!」という頼みを沈黙で断り続け、ランチタイムを過ぎた頃にやっと解放された。




 そして、それから二日後。


 内藤支部長に呼び出された私は、暗澹たる思いで目の前に置かれた物体を見る。


 その大きさは大まかに縦幅だけでも私の足首から頭頂部まであり、さらに横幅に至っては私の肩幅を容易く超えている。透明なポリカーボネートで構成されたライオットシールド。

 暴動鎮圧に機動隊が利用する盾をベースとして、中央にいつぞやの『血瞳晶』がキラキラと妖しく輝いている。うっすらと魔力が表面を毛細血管のように走っていた。


 うわ、これカースアイテムになってない?


 外見的にはいかにも呪われてそうだけど、不思議なことに怨念属性特有の不穏な気配はない。だが、何故だろうか。なにか触れることを躊躇わせるものがあった。


 唖然とする私に内藤支部長が悪戯を成功させた少年のような無邪気な笑みを浮かべる。


「先日、エルドラ卿から提出された素材を用いて君専用の防具を制作した。もちろん、職人は『アウター』のレドル王国随一のドワーフ職人、聖セドラニリ帝国の第五位フィフス魔術師ウィザードのエルドラ卿、そして日本の大企業が協力して制作したライオットシールドだ」


 エルドラさん、凄い人だったんだあ。わ〜、すご〜い!

 いやいや、これを二日で作るとかどんだけ費用が掛かっているんですかね。きっと都内のタワマンが二、三個買えるんじゃなかろうか。


 先々日の『楽しみしておけ』発言はこの事を意味していたのか。


「この『血瞳晶』は、どうやら地球の技術と相性がよく、魔力との親和性もある。これまでは『アウター』の連中に頼りっぱなしだった武器防具の制作をどうにかできるぞ」


 どうも地球の技術と魔力は相性が悪いようで、『アウター』の技術を組み合わせて使用することができなかった。だからこそ、冒険者は馴染みのない古めかしい武器や防具を着用していた。

 もし『血瞳晶』が内藤支部長の言う通りの性質を持っているなら、武器防具の生産ラインを整えることができるだろう。


 内藤支部長のご機嫌な理由が分かったところで、私は目の前に置かれた盾に視線を戻す。

 地球の希望を託すには、やや懸念の残るフォルムだ。赤、脈動、この二つが合わさると何故こうも禍々しくなるのか。


「差し当たって、そのライオットシールドはしばらく湯浅に預ける。使用した感想をエルドラ卿に教えてあげると喜ぶんじゃないかな」


 にこやかな笑みを浮かべる内藤支部長。

 首を横に振る私。

 彼はニッコリと笑みを浮かべ続けている。


「さあ、そこの盾を手に取って、エルドラ卿の世話係の仕事に戻るんだ。さあ!!」


 そして、私は……圧力に屈した。


 そろそろと手を伸ばして、私は盾を装備してみた。驚くほどしっくりと手に馴染む。まるでグリップの部分が掌に合わせて形を変えたんじゃないかと思うほどだ。

 透明な素材を利用しているから、盾の向こう側が透けて見える。デスクチェアに座りながら満足げに頷く内藤支部長が見えた。


「うん、なかなか似合うじゃないか」


 そうかね? なんか古風な西洋鎧と現代式の盾って感じでミスマッチな気がするんだけどなあ。


 まあ、無料で作ってもらったんだし、ここはありがたく頂戴しておくか。


 ふと視線を感じた方に顔を向けると、内藤支部長がうんうんと頷いている。


「やはり、君をエルドラ卿の世話係に任命しておいて正解だった。彼、君のことを気に入っているみたいだし、初日から『血瞳晶』の入手だけでなく、ドラゴンの封じ込めまでこなしてくれるとは……湯浅さん、やはり君はやればできる子なんだ」


 違いますが?


「それにエルドラ卿の話によれば、君は全てを把握した上で行動していたとか。まったく、いつもそれらの情報をどこで手に入れてくるんだか……」


 は? 違いますが!?


「ああ、分かってるさ。君の『引退したい』なんて建前だろう? そうやって、冒険者ギルドに所属しながら反発の姿勢を周囲に見せることで、僕には接触できないような相手から情報を仕入れている……そうだろ?」


 違いますねぇっ!!!!


「遠藤たちのパーティーから追放されたのも、リヨナの潜在的可能性に気づいてのこと。新米に席を譲るなんて……ふっ、まったく僕よりも全体をよく見ていて、支部長らしいじゃないか」


 違うんですけどおおおおおっっっ!?

 こんな事態を誰が予測できるか、ボケェッ!!!!

 その無駄にポジティブ解釈するのやめてもらってもいいっすか!? っていうか、あなたそんな風に他人をプラスに評価する人間じゃなかったでしょおおおおっ!?


「引き続き、エルドラ卿のサポートを頼むよ。彼は一階のホールで君を待っているはずだ」


 私はがっくりと肩を落とし、盾を引き摺りながら支部長室を後にするのだった。

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