第8話 死亡フラグが屹立したので引退します


 真っ直ぐな目に寂しそうな色を馴染ませながら、遠藤はエルドラが求めていた『竜血晶』の交換する条件としてとんでもない要求を突きつけてきた。


「湯浅さんがその鎧を脱いで素顔を晒してくれれば、俺たちはいくらでも『竜血晶』を譲りますよ」


 エルドラがチラリと私を見る。

 他の『終の極光』のメンバーたちも食い入るように私を見つめていた。


 私は、というと……。

 脳内に湧き上がる疑問を処理するので精一杯だった。


 まず、『竜血晶』を譲る条件に私の素顔を求める時点で理解できる範疇を超えている。

 そして、その為だけに先回りして回収していたとしたら、その執念になにか薄気味悪いものを感じてしまった。


「さあ、湯浅さん。その鎧を脱いでください!!」


 この気持ちに最も近しいものを挙げるとしたら……SNSで女子高生のアカウントに粘着して自撮りを要求するアカウントのリプ欄を見てしまった時の筆舌に尽くし難い感情に似ている。

 まあ、要は『気持ち悪い』その一言に尽きる。


 私は万感の思いを込めて首を横に振った。ガシャンガシャンと鎧同士がぶつかる音は、私の悲鳴の代弁のようだった。

 遠藤の目が暗闇の中で爛々と輝く。


「貴方が脱がなければ、大事なお仲間さんが依頼失敗で降格処分を食らいますよ!」


 悪役のような台詞に、エルドラが顔をしかめた。

 冒険者ギルドは拠点を変更した際、必ずランクが一つ下がる。堅実に依頼を熟せばすぐに元のランクに戻るのだが、拠点変更して日も経たずに依頼失敗となれば冒険者ギルドからの信頼を失う。

 短期間でランクが二つ下がることは、信頼で仕事を獲得する冒険者にとって非常に好ましくない。


 エルドラは私の方を向くと、人差し指を突きつけてきながら命令してきた。


「おい、命令だ。さっさと脱げ。減るものじゃないだろう」


 嫌です。というか、女の子相手に『脱げ』って命令するのは人としてどうかと思います。


「湯浅さん、ほら早く!」


 ひえっ!?

 ぐっ、絶対に嫌だ……!!

 ここで脱いだら性別と顔がバレるし、なにより遠藤に惚れているフレイヤとミリルが間違いなく絡んでくる……!!

 恋愛トラブルに巻き込まれるぐらいなら、いっそ死んだ方がマシ……!!!!


 周囲の同調圧力に対して涙目になりながら抗っていると、ふと『終の極光』の新メンバーが持つ『竜血晶』が妙に光り輝いていることに気づいた。

 エルドラの服の裾を引っ張って、金髪の女剣士が持つ袋の中を指差す。私の意図に気付いたようで、彼は遠藤に質問を投げかけた。


「おい、貴様らが持つそれ……なんか妙に光ってないか?」


「ん? あ、ほんとだ。なんでだろ……ッ!?」


 遠藤が首を傾げたその瞬間、【宵闇の塔】の壁が文字通り吹き飛んだ。

 瓦礫が私の鎧とぶつかって耳障りな音を立てる。

 危ないな、『物理耐性』の発動が間に合ってよかった。生命力は削れていないな、うん良かった。


 ばらばらと舞い散る壁の破片と半日ぶりの日光に、その場にいた皆が目を細める。


「あ、あれはドラゴン!?」


 視線の先、壁を破壊した張本人は涼しげな顔で空高くを旋回する。

 太陽を背に羽撃く火の魔物、赤い鱗と火を吹く魔物、宝物の番人、『アウター』との接続と同時に中国で暴れ回った災厄の象徴──ドラゴン。危険度Sの幻獣だ。


 全長およそ200メートル、翼を広げれば300メートルにも及ぶ。鉤爪だけでも人間ほどの大きさはあるだろう。

 東京ドーム四個分の大きさを誇る巨大な魔物に誰もが圧倒された。


「はあ、この世界に来てから厄介事しか起きていないな。貴様、不幸を司る悪魔にでも憑かれているのか?」


 人を盾にしておきながら、大変に失礼なことを言ってくるエルドラ。


 私は依然として首を横に振って否定した。

 それはむしろこちらの台詞である。『アウター』と接続してから碌な目に遭っていない。疫病神はそちらだ。

 そもそも、幻獣も魔物も本来なら地球にいなかった生物。外来種を持ち込んだ責任を取って欲しいところだ。


 さりげなく私を盾にしたエルドラを筆頭に、遠藤たちへ怒るのは後にして、問題は神出鬼没のドラゴンをどうするかというところだ。

 幸いにも今は空を旋回しているが、いつ気まぐれを起こしてこちらを攻撃するか分からない。


 ドラゴンは中国の武漢市上空に出現して以降、世界各地で暴れ回った。先進国を筆頭に、なにもない田舎に至るまで、気まぐれに飛び回っては火を吐いて壊滅的な被害を与えまくった。

 それこそ各国の精鋭部隊がドラゴンの討伐に乗り出したが、成果は芳しくなく、未だに地球はドラゴンの脅威に怯えている。


 予想だにしないタイミングでの邂逅。

 ここで逃せば、次はどこに現れるか分からない。

 冒険者ギルド日本支部にとって、ドラゴン討伐は設立当初からの悲願であり、冒険者にとってドラゴンを討伐する名誉はなにものにも替え難い。


 それは重々承知しているが、本音を言うならまず私たちが勝てる相手ではない。万全の準備をしているならともかく、軽微とはいえ迷宮攻略での疲労もある。

 ここは撤退が無難だ。


「何故ここに出現したのかは分からないけれど、これは千載一遇の大チャンスだ! みんな、ドラゴンを狩るぞ!」


「了解です!」


「はい、分かりました!」


「相手にとって不足なし! ドラゴン討伐の名誉は我々『終の極光』が戴く!!」


 ……そして、無難を選ぶ冒険者は、冒険者にあらず。

 危険を承知で冒険者は一つしかない命を天秤に賭け、時には仲間の命すらも平然と消費する。

 痛い目に遭って懲りずに学習するやつだけが冒険者になれるのだ。

 私、冒険者の素質がないので引退したいです。


「甚だ不本意だが、致し方あるまい。ここは協力するしかないようだな」


 そして、やる気マンマンのエルドラさん。

 内藤支部長の策略で世話係に任命されてしまった以上、彼を放って逃げるわけにもいかない。そんなことをすれば労働義務が五年に延長してしまう。

 だが、それでも私はあんな危険な魔物と戦いたくない。

 ドラゴンよ、ここは気まぐれを起こしてどこかへ飛び去ってくれないか。


 呪文の詠唱を始めたミリルとエルドラを尻目に私は空を見上げる。

 悠々と旋回していたドラゴンが突如として進路を変え、顎門を全開にしながらこちらへ落下してきた。その時、ふと脳裏を過去の出来事が過ぎる。




 ──── まあ、幻獣クラスの魔物が出ない限り死ぬことはありえないぜ。……フラグじゃないよ?────




 あ〜、なるほど〜。これがフラグ回収ってやつかあ……。



 …………死亡フラグが屹立したので引退します。

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