第7話 終の極光はヨリを戻したいようですが、引退します


 遠藤昴が率いる『終の極光』は、日本を拠点に活動している冒険者ならば誰もが知る、有名なパーティーである。その構成員も有名であり、冒険者ギルドから二つ名を名乗ることが認められているのだ。


 〈閃光〉の剣士、遠藤昴。

 地球初の40レベル到達者であり、『アウター』から来訪した剣聖にその実力が認められ称号を授与されるほどの逸材。

 『終の極光』を率いるリーダーであり、カリスマ性と生真面目な性格から同業者からの信頼も篤い。


 〈雲海〉の魔術師、ミリル・ピクシー。

 日本とレドル王国との協定で派遣された冒険者であるが、その実力は宮廷魔術師に引けを取らない。緑髪で知られるピクシー族の末裔であるため、風属性に適性があり、彼女が杖を振るだけで晴天の空に翳りが差す。


 〈奇跡〉の神官、フレイヤ・クリスティーナ。

 レドル王国で聖女候補にも選ばれるほど神聖魔法に適性がある稀有な存在であり、先祖返りの赤い髪は彼女が『聖女ダージリア』の末裔であることを如実に証明していると噂されるほど。彼女の手に掛かれば、あらゆる病苦はたちまちのうちに癒される。


 そして、追放されたメンバーの補充として新しく加入したのは無名の剣士、リヨナ・プリンセスナイト。

 『アウター』の特徴として挙げられる成熟した女性の体を持ち、ハイエルフも目を張る金髪を靡かせる姿にはどことなく高潔さと生まれの良さが馴染んでいる。


 新進気鋭のパーティーとして知られる彼らは、Bランクの迷宮【宵闇の塔】を訪れていた。


 こっそりとスキルを駆使してエルドラと湯浅の動向を監視したが、エルドラの戦い方は本当に酷いもので、湯浅を仲間と思っていないような戦法ばかり取っていた。


「な、なんてヤツだ……エルドラ、こんな卑怯な性格をしていたなんて……!!」


 遠藤は湯浅への扱いに憤慨。

 追放したとはいえ、大切な仲間であることに変わりはない。このままでは、湯浅が酷い怪我を負って死んでしまうとすら思った。

 なにせ、湯浅は単独で魔物を討伐できないほどに弱いのだ。誰かが助太刀に入るまで、じっと無言で魔物に殴られているのが日常茶飯事。


「な、なんという……湯浅さんを魔物を仕留めるために傷つけるなんて……!!」


「そんな戦法を躊躇いもなく選ぶとか、なんて怖いもの知らず……!?」


 遠藤の話を聞いたフレイヤは絶句して口を押さえ、ミリルは卑劣な戦法を取るエルドラに対して憤慨。

 想像以上の扱いにリヨナも放心したように呟く。


「事前告知もなく攻撃に巻き込み、謝罪もないとは信じられん……ゥラャマシィ」


 新人のリヨナには些か衝撃が強すぎたようで、しばらく呆然としていた。何故か、口元に垂れる涎を拭う。


「湯浅さんを、救わなきゃ!」


 遠藤は決意を固める。

 それが、後々に大騒動を引き起こすことになるとは思わずに。


◇ ◆ ◇ ◆



 険しい表情で暗闇を睨みつける遠藤に、恐る恐るフレイヤが話しかける。


「あの、エンドウ様。これは悪いことなのでは……?」


 リヨナが抱える袋の中には、こんもりと『竜血晶』が山盛りになっている。

 松明の光を受けて、血のように赤い鉱石はきらきらと不気味な光を放っていた。


「フレイヤ、俺たちはなにも悪いことはしていない。。ついでにリヨナの装備を整えるためにありったけの『竜血晶』を集めているだけ」


 遠藤は暗闇の影から飛びかかってきた蝙蝠の魔物、ジャイアントバットをロングソードで斬り伏せる。


 迷宮は、一定の間隔で必ず現状回復する性質がある。

 邪魔な死体があれば吸収・消化し、欠けている物があれば魔力を消費して補填する。その対象は迷宮に出現する魔物や、内部に生えた植物や鉱石、あるいは湖の水にまで適応されるのだ。

 ゆえに、迷宮内で採れる素材を独占することを冒険者ギルドが取り締まる理由はないのだ。

 それこそ、長期間に渡って占拠するならば重い腰をあげるだろうが、一度だけならば口頭注意すらしないだろう。


「それはそうですけど……でも……」


 そうは理解していても、フレイヤが遠藤の言葉に納得しないのには理由がある。

 遠藤は「必要だから」と言ったが、その目的はかつてのメンバーである湯浅奏に対する嫌がらせ目的であることは一目瞭然だった。

 なにせ、電車に乗る彼らをつけ回し(高レベルである冒険者ならば電車に徒歩で追いつくことなど容易なのだ)、彼らの会話を盗聴し(高レベルの冒険者は非常に耳が良い)、先回りして『竜血晶』をかき集めているのだ。


 暗い表情を浮かべるフレイヤの肩を幼馴染のミリルがぽんぽんと叩く。


「もう、フレイヤったら相変わらず生真面目なんだから。きっとエンドウはこれを取り引きの材料にして、あのど畜生ハイエルフと交渉するのよ」


「交渉、ですか? ですが、あのハイエルフくそやろうに対価を用意できるのでしょうか。人間を善意で奴隷にしようとする社会常識バグまみれの古遺物ですよ」


 日頃は公正な平等を掲げる天秤神を信仰し、温厚で種族間の差別に眉をひそめるフレイヤだが、ハイエルフに対しては辛辣であった。


 ハイエルフは元々、歴史と伝統を笠に着た傲慢な振る舞いと、他国家に対する威圧的な外交政策はあらゆる種族から反感を買っている。その癖、樹齢を遥かに凌ぐ圧倒的なまでに長い寿命と個体数の多さ、さらには帝国という巨大組織を運営していることから表立って反抗できないのだ。

 とはいえ、ハイエルフは生まれ育った故郷から離れたがらないので、他種族は距離を利用して独立を維持している状況だ。


 恐らく『アウター』に住む種族のなかでハイエルフ好きを豪語するやつはいないだろうし、地球の人間たちがハイエルフの傲慢さに気がつくのも時間の問題だろう。

 遠藤は他の冒険者とも繋がりがあるので、『アウター』の事情に詳しいのだ。


「俺はハイエルフについて詳しくはないけど、あの二人の仲を引き裂けば湯浅さんも正気に戻って俺たちのところに戻ってくれるはずだ」


 落ち着かない様子で遠藤は呟く。


 湯浅奏は『終の極光』に所属していた元メンバーである。

 西洋の甲冑を常に着用し、いついかなる時も決してその素顔を誰にも見せない。それどころか、どれほど危機的状況であったとしても声一つ出さない。

 その不気味な様子から、冒険者の間では『精巧に作られた魔導人形なのでは?』と疑われている。


 エルドラから酷い扱いを現在進行形で受けているのは間違いなく、このままでは湯浅は遠くないうちに彼に使い潰されてしまうだろう。それこそ、引退まで追い込まれてしまうかもしれない。

 そもそも、遠藤が湯浅を追放したのも、数年も活動してきた仲間に顔すら見せなかったからである。追放をちらつかせ、少し苦労すれば改心して戻ってくるという甘い考えから静観していたのだが、エルドラの存在によって計画が狂いつつあった。


「それでも駄目だった場合はどうするのですか?」


 フレイヤの問いかけに遠藤は少しだけ考え込む。


「その時は、顔だけでも見たい。一年近く共に活動してきたのに、顔も見たことないのは……悔しいじゃないか」


 遠藤はふっと遠い目をした。


 あれは遠藤と湯浅が出会ったばかりの頃のことだった。

 千近くの数の魔物の大群と戦い、パーティーメンバーの全員が血塗れになった。街に戻るには適さない格好だったので、近場の滝で血を洗い流すことになった。

 皆がいそいそと血を吸って重くなった服を脱ぐなか、湯浅だけが毅然とした足取りで滝壺へ向かい……


 ────バシャバシャバシャバシャ!!


 無言で甲冑を着たまま、滝行を始めたのだ。

 湯浅の素顔が見れるかもしれないとひっそり期待していた遠藤も、ミリルも、フレイヤも、思わず唖然としてその光景を見守ってしまった。

 その時は鎧を脱ぐ手間を惜しんだのかと考えたが、すぐにそれは間違いだったと思い知った。


 例えば、温泉で有名な地区にできた迷宮を探索した時のこと。

 報酬に温泉を貸切にしてもらったさい、湯浅は甲冑を着たまま温泉に浸かった。

 プールに行った際も、海に行った際も、湯浅は絶対に甲冑を脱ぐことはしなかった。


 聞けば、鎧を脱がないのには深い理由があるわけではないという。顔に傷があるわけでも、顔を晒すと死ぬ呪いにかかっているわけでもない。ただ、脱ぎたくないのだと言う。

 それを聞いた時、遠藤はふとこう思った。

 もしかして、嫌われているんじゃないのか?

 嫌われるようなことをした覚えはないし、これまでの振る舞いを振り返っても心当たりがない。


 一度でも気になると、そのことについてずっと考えてしまう。

 あの時の発言が駄目だったのか、それともこの時の決断が駄目だったのか。

 考えるうちに、遠藤はみるみる自信をなくした。

 元より彼はとある事情で高校を中退したばかりの青年である。人との付き合い方を模索する最中であったので、そもそも会話すらしない湯浅とどう接したらいいのかてんで分からなかった。

 誰かに相談できず、思い詰める日々。


 遠藤は湯浅を嫌っているわけではない。

 仲間だと思っているし、何度か助けてもらった恩もある。だからこそ、信頼し合えるような仲になりたい。数少ない同性でもあったので、良い関係を構築したかったのだ。

 何度か会話を試みて、失敗して、落ち込んで……ある時、ふと思った。


 湯浅さんは、俺たちのことをどう思っているんだろう?


 言葉こそないが、魔物が現れれば守ってくれるし、仲間のことを気にかける様子はあった。それでもやはり確信は欲しい。仲間に相談すれば、彼女たちも遠藤の意見を支持してくれた。

 せめて、そうせめて一言でも発してくれれば遠藤の懸念は払拭されるのだ。

 期待を込めて追放をチラつかせたあの日、湯浅は微塵の躊躇もなく追放を受け入れた。

 その背中に寂しさを覚えたが、『きっと彼は群れるような人じゃないんだろう』とすぐに納得した。


 問題は、その後だった。


 冒険者ギルドへ依頼を受けに来た遠藤が見たものは、親しげに会話をするハイエルフの男エルドラと湯浅の背中。

 ハイエルフの悪名は、地球で生まれ育った遠藤ですら聞いたことがあるほど。

 納得がいかない。新しいメンバーを募集するとしても、もっとまともな相手がいるだろう。理想的なメンバーが見つかるまでの繋ぎとしても不安なやつだ。


「俺たち、仲間だったじゃないっすか……なんでよりによってあんな男を……!!」


 遠藤の呟きが塔内部に反響する。


 湯浅に対する過剰な憧れと、その新しい仲間に対する反発心。未熟な精神が遠藤の精神を不安定な状況へと貶める。リーダーである彼もまた、人間であることに変わりはなかった。


 周辺の魔物は、新メンバーであるリヨナのレベルアップのために狩り尽くした。


「とにかく、彼らがここに来る前にさっさと次の地点へ移動しよう」


 遠藤の号令に、小休憩していたメンバーたちは立ち上がる。


 リヨナの腕に抱えられた『竜血晶』は、松明の明かりもないのにキラキラと輝いている。

 そのことを、誰も不思議に思うことはなかった。なにせ、中身が溢れないように固く縛っていたからだ。もし誰かが中身を確認していれば、これから起きる騒動を未然に防げたかもしれない……が、あくまで可能性の話である。




 それから程なくして、最終地点にエルドラと湯浅がやってきた。

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