第6話 クソみたいなスキル構成なので引退します


「お兄ちゃん、エルフなのかい? おばちゃんより歳下に見えるのに、おばちゃんより二百歳も歳上なんてすごいねえ!」


「いえ、あ、ここでおります。おい、行くぞ」


「気をつけるんだよ〜」


 エルドラは終始落ち着かない様子で電車に乗っていた。

 異世界の乗り物というだけで緊張すると言うのに、周囲からチラチラ見られたり、時折おばちゃんに話しかけられたからだろう。

 一般人には丁寧な口調で対応していたので、私を含めた冒険者にだけあんな振る舞いをするらしい。


 私? ははは、世界中のどこにフルフェイスで素顔の見えない人間に話しかける輩がいるというのかね。むしろ皆が道を開けてくれるよ。

 たまに盗撮されてネットに晒されるけど。


 そして辿り着きましたはBランク迷宮ダンジョン

 銘は【宵闇の塔】。深い夜のような建材で作られた不可思議な螺旋状の塔で、内部は灯りひとつない。

 入り口の門は冒険者ギルド傘下の職員が封鎖していた。


「冒険者カードのご提示を」


 職員に促され、私たちはカードを提示した。

 物見遊山で立ち入る観光客が魔物に襲われるのを防ぐため、また魔物が溢れて外に出ないように監視するために見張り塔が建てられている。


「確認しました。あちらの方で魔物の情報やマップをお買い求めいただけます」


 職員に頭を下げ(エルドラは鼻で笑っていた)、迷宮の地図や情報を購入する。

 異世界の『アウター』では口頭伝達と冒険者間でのやりとりから情報収集する必要があったらしいが、内藤支部長の取り計らいで情報の独占は撤廃され、直轄で冒険者ギルド傘下の商会が管理している。


 売店で緊急時用の食料や回復ポーションを購入し、アナログの地図とデジタルの地図を購入する。

 万が一、タブレットが壊れた際の保険としてアナログの地図は必要なのだ。


「本来なら電車の中で済ませておきたかったが、取り急ぎここで打ち合わせをやるぞ。俺たちが今回、この迷宮を訪れたのは『竜血晶』と呼ばれる鉱石を採取するためだ。数は十。大きさは最低でも十センチメートル以上だ」


 エルドラが掲げた依頼書の内容に私も目を通す。


 『竜血晶』という鉱石はなにかと便利なもので、冒険者カードの素材となったり、武器防具の基礎材にもなるため需要が高い。


「遭遇する可能性のある魔物はスライム、ジャイアントバットだな。いずれも群れで出現するが、危険度はCランクだ」


 中堅冒険者ならなんとか処理できる魔物。地球に来たばかりのエルドラに任せるには少し難しい気がするけど……内藤支部長のことだから実力を見極めるためとかそう言う理由なんだろう。

 あの人、やけに人を試したがるからなあ……。


「貴様のステータスは知っているが、スキルは分からん。よって開示を命令する」


 ああ、そういえば『鑑定』系譜のスキルは特定の情報しか閲覧できないんだっけ。ステータスだけ知ってると言うことは、『鑑定』スキルで間違いないか。


 別に隠すものでもないので、私は自分のステータスを含めたスキルをエルドラに見せる。

 もちろん、性別とスキルポイントは内緒だ。


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湯浅奏 人間(地球) レベルLevel:30 天職ジョブ聖騎士パラディン


生命力HP:100%

魔力:300/300


ステータス:

筋力STR】100

器用DEX】30

敏捷AGI】20

耐久VIT】300

知力INT】70

精神MND】80

魔力MGI】300

魔耐MGD】200


スキル:言語理解・捕食者・悪食・吸精・神聖魔法・物理耐性・魔耐性・腐食耐性・酸耐性・風圧[+方向指定]・鉄壁[+効果時間延長]・カバーリング[+対象指定]・暗視


固有スキル:豪炎耐性・大地耐性・暴風耐性・斬撃耐性・刺突耐性・殴打耐性・毒耐性・疾病耐性・飢エル者・吸収効率化・呪怨耐性

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 昨日、訓練場で二時間近くエルドラに攻撃され続けたことで、私はどうやら『豪炎耐性』と『大地耐性』を獲得したらしい。

 そりゃあんだけ高火力な攻撃食らってたら耐性を取得しますわな。


 スキルポイントを消費してスキルを習得する方法と、経験を積んで取得するという二つの方法がある。一般的には、後者の方がスキルポイントを節約できるのだが、時間や労力など相応の対価が伴う。

 即時取得を選ぶか、あるいは時間がかかるがコストの低い方を選ぶか。どちらを選ぶかはその人の気質次第だ。

 ちなみに、前者は『スキル』、後者を『固有スキル』と呼んで区別する。異世界『アウター』ではそうなっているのだ。謎だ。


 私のステータスとスキル欄を見たエルドラは眉間を揉む。


「『セイクリッドバッシュ』はどうした?」


「(ふるふる)」


「し、信じられん……武器を持っていない時点で嫌な予感はしていたが、これではただの肉盾として運用するしかないじゃないか……!!」


 愕然とするエルドラ。


 何を隠そう、私は遠藤率いる『終の極光』から追放されるために、ひたすら役に立たないスキルを選んで取得したのだ。

 その甲斐あって、私のスキル構成は分かりやすく言えば『自分さえ助かればそれでいい』という感じだ。クソみたいなスキル構成なので引退します!!


「こんな……うえっ? いや……ええ? アホすぎだろ……」


 口を押さえて目を見開くエルドラ。

 ひとしきり精神的な衝撃を堪能した彼は、こほんと咳払いを一つ。


「貴様は俺を守れ。それ以上のこともそれ以下のこともしなくていい……というか、それ以外なぞ出来ないだろ」


 私は力強く頷く。

 それを見たエルドラは頭を抱えながら呻き声をあげた。


「地球の人間ってこんなに馬鹿なのか? それともコイツだけか? いや、きっとコイツだけだ。頼む、そうであってくれ!! というかなんでアイツはあんなに自信満々なんだよ、頭おかしいんじゃねえの!? これなら故郷にいる家畜どもの方が遥かにマシだ!!」


 聞こえてるよ。


「これが地球初の迷宮攻略者……? いや、だがこれは千載一遇のチャンス…………何故だ、まったく嬉しくない…………ああ、くそ、本国になんて報告すればいいんだ…………?」


 ひとしきり呻いたエルドラは頭を左右にブンブンと振った。


「いいか、貴様は新規にスキルを取得するよりも、既存のスキル『物理耐性』『豪炎耐性』をあげる方が堅実だ。さらに万全を期すなら『聖騎士の堅陣』と『魔力増加』『魔力自動回復』を取得するのもアリだ。『聖騎士の堅陣』は鉄壁よりも消費する魔力は少ないが、CTはその分かかる。『鉄壁』の補助に使える。そのクソみたいなスキル構成を少しは活かす努力をしろ、馬鹿」


 私は首を竦めた。

 馬鹿にされたことはあったが、ここまで具体的な改善案を出されたのは初めてだ。

 面食らっていると、エルドラは言葉を続ける。


「時間を無駄にしている場合ではない!! さっさと終わらせるぞ!!」


 ビシッとローブの襟を正したエルドラは、裾を翻しながらBランクの迷宮【宵闇の塔】へ向かった。私もその背中を追いかけ、魔物が跋扈する迷宮へ足を踏み入れるのだった。




◇ ◆ ◇ ◆



 地球が異世界『アウター』と接続してから一年。

 地球は流れ込んできた魔素の影響を強く受け、各地に迷宮が誕生するようになった。


 無限の資源が得られるという利点の他に、神出鬼没でいつどこに出現して消えるのかすら分からないという欠点があった。さらに放置すれば魔物が溢れて周囲に甚大な被害をもたらす。

 当初は世界の混乱を防ぐために『アウター』との接続を解除する声が大きかったが、魔物の被害がニュースに登るようになってからは『アウター』と交渉し、対抗策を獲得するべきと掌を返した。

 世界各国のなかでも迅速に動いたのが日本。自衛隊を魔物に割くことで国防が疎かになることを恐れての決断だ。

 まっさきに『アウター』のレドル王国と協定を結び、互いに情報をやり取りして迷宮に備えることにしたのだ。


 そんな経緯で冒険者ギルド日本支部は誕生したのだ。

 迷宮を調査するマジックアイテムをレドル王国から借り受け、調査した結果、私の家の裏庭にあった迷宮が発見。芋づる式に、そこを攻略した私は意思とは関係なく冒険者として活動することになってしまったのだ。

 職員たちが「職がないのは、かわいそう……」「ここで腐らせるぐらいなら」という余計なお節介を働いたことも影響している。


 そんなこんなでたまたま同時期に迷宮を攻略した遠藤と無理やりパーティーを組まされてしまった際、【宵闇の塔】を攻略したことがある。

 あれは半年ほど前のことだった。


 魔物が群れになって襲ってくるという特性があり、罠もそれらを活かした作りになっている。遮蔽物のない広い通路、灯りのない空間。

 松明を灯せば熱を感知したスライムの大群が、物音を立てれば音を頼りにジャイアントバットの大群が襲ってくる。

 もし松明を灯したうえに物音を立ててしまえば、地上にはスライムの大群、頭上からはジャイアントバットの挟み撃ちだ。そうなればどれほど熟練した冒険者であっても、場合によっては全滅する。

 これが、魔物は弱いのにこの【宵闇の塔】がBランクに区分される所以である。


 過去はミリルの魔術で魔物を薙ぎ払いながら進んだ。

 さて、エルドラはどのように進むのか。高みの見物とさせてもらおうじゃありませんか。なにしろ、私の耐久はかなり高いので!!

 まあ、幻獣クラスの魔物が出ない限り死ぬことはありえないぜ。……フラグじゃないよ?


 エルドラは塔に足を踏み入れたその瞬間、ピタリと動きを止めた。


「む、暗闇か。おまけに音を増幅する魔法陣とは、これまた嫌らしい」


 そんな罠があったこと自体、これまで知らなかったんですけど…………。

 今まで私たち、ゴリ押しで攻略してたってことですか……?


 エルドラが手袋を嵌めた指で魔法陣を撫でる。

 ぺきん、と音が響いて魔法陣が粉々に砕けた。魔法陣に込められた魔力がエルドラの手に集まっていく。


「まあ、ファイアーボールぐらいは使えるか」


 それだけ呟いて、エルドラは進む。


 凄い。罠を解除しましたよ、あの人。私より遥かに優秀じゃないですか。




「ここにも罠か」


 ぺきん。


「これは、ワイヤー式のトラップか。くれぐれも踏むんじゃないぞ」


 すたすた。すたすた。

 道中にある罠はだいたいエルドラが見つけて解除してくれる。私はただ黙ってそれを見守るだけだ。


「……魔物の群れがこの先にいるな。ファイアーボール!」


 ひゅ〜、どごんっ! ばらばら。

 その音と熱を感知して、方々から魔物の鳴き声や跳ね回る音が聞こえる。


「後ろからスライムの群れが来ている。ちょうどいいから、この広場で魔物を誘き寄せて狩るぞ」


「(こくこく)」


「貴様は魔物を惹きつけておけ」


 了解!

 『カバーリング』でエルドラを指定しておいて、『酸耐性』と『物理耐性』の他に念のため『魔耐性』も発動させておくか。魔術に巻き込まれるかもしれないし。


「そろそろ頃合いか。ファイアーストーム!」


 エルドラがそう呟くのが聞こえた。その途端、私を起点に魔法陣が浮かび上がる。

 もしかして、罠を踏んじゃった?

 この術式は炎。やべ『豪炎耐性』間に合うかな。


 ごおおお! どっかーん!!


 私ごと魔物の大群が炎の渦に包まれる。

 っぶねー、ギリギリ『豪炎耐性』が発動したわ。あと一秒でも遅かったら燃えてた。

 神聖魔法で少し削れた生命力を回復させていると、エルドラが涼しい顔で言い切った。


「今の波で最後だったようだな。先に進むぞ」



 えっ、今もしかしなくても…………

            私ごと攻撃した??

 一撃で魔物を全滅…………

      私、コイツ庇う必要あった???


 罠の発見から解除、戦闘まで熟せるならコイツだけで良くない????


 つーか、攻撃に巻き込んで謝罪もなし!?

 ミリルですら「ごめんごめん、ついうっかり(笑)まさか避けられないとは思わなくって〜!」って謝ってきたのに、エルドラは完全に無かったことにしているんですけど!?


 卑屈な部分の私が嬉々として引退のプラカードを掲げる。脳内会議の結果、満場一致で引退が可決。

 すぐにでも引退しよう、そうしよう。


 文句? 言うわけないじゃん、喋るのダルいし女だってバレるの嫌だ。それに、言ったって口論になってお互いに嫌な思いをするだけに終わるし。


 前を歩いていたエルドラが足を留めた。


「もうそろそろ最初の『竜血晶』が採取できる地点だが……」


 途中で言葉を切ったのが気になって、私も『暗視』で視線の先に目を向ける。

 そこには既に何者かが採掘した跡があった。一欠片すら残っていない。


「先客がいたようだな。次の地点へ向かうぞ」


 少し不機嫌そうなエルドラを先頭に、私たちはさらに塔を登っていく。

 エルドラは私ごと魔物を攻撃するし、そのことについて謝罪すらしない。


「ここも……?」


 エルドラの不機嫌な声が響く。

 視線の先にはやはり採掘された『竜血晶』の鉱脈。近くにはまだ体温が残っている魔物の死体が転がっている。どうやら先客はさきほどまでここにいたらしい。


 無言で歩き出すエルドラの背中を、私は慌てて追いかけた。


 私たちが行く先々で『竜血晶』が採取できる鉱脈を巡ったが、やはり何者かが徹底的に採取した気配があった。一欠片すら残さず回収しているところに、何かの執念を感じるほどだ。

 そして、最後の地点。


「…………どういうことだ?」


 エルドラの不機嫌MAXな声が響く。

 振り返って私を見るエルドラは、目を釣り上げて怒り心頭だった。


「おい、貴様。『竜血晶』の価格は高騰しているのか?」


 私は首を横に振る。

 たしかに『竜血晶』は様々な用途に使われているため、良い値段で取引される。だが、この【宵闇の塔】の難易度に照らし合わせて考えるに、ここまで執念深くやる必要はない。

 それなら、少し足を伸ばしてDランクの【海鳴りの洞窟】で本腰を入れて採取した方が遥かに楽だ。それに、ここよりも鉱脈が多い。


「ならば、誰が何のために?」


 エルドラが眉をひそめて呟いたその瞬間だった。


「やあやあ、困っている様子だね。良ければ俺たちSランクのパーティー『終の極光』が相談に乗ろうか? なにか力になれるかもしれない」


 爽やかな声を響かせながら暗闇の奥から姿を現したのは遠藤だった。

 その後ろから、続々と『終の極光』のメンバーが姿を現す。


 冒険者ギルドで別れてから、電車を乗り継いで来た私たちよりも先にここへ来たってこと? まあ、そりゃ走れば電車の速度を追い抜けるのが冒険者だけどさあ……。にしても、何のためにここに来たんだろ。ここ、物凄くしょっぱいことで有名なんだけど。


「申し出はありがたく断らせてもらう。このような些事に他人を巻き込むつもりはないのでね」


 私、現在進行形で巻き込まれてるんですけど?

 なんなら、さきほどから攻撃に巻き込んでましたよね〜??


「そうか。それは残念だ。さあ、ここで採取した『竜血晶』を使ってリヨナの防具でもオーダーしてやるか〜!」


 白々しい声を出しながら遠藤が大きな声で告げる。

 金髪の女剣士リヨナの腕の中には、大粒の『竜血晶』が袋にぎっちりと詰まっていた。


「……なに?」


 立ち去ろうとしていたエルドラが、そのことに気付いてすっと遠藤を睨みつける。


「ん〜? もしかして、お二人さんも『竜血晶』をお求めで? 譲ってやらないこともないですよ?」


 エルドラは、それはもう苦虫を噛み潰したような顔で声を絞り出した。


「条件はなんだ? 金か?」


「俺たち、お金には困ってないんですよ。ただ一つ、条件を呑んでいただければ」


 ゆらり、と遠藤が私の方を見た。

 嫌な予感がした。


「湯浅奏さん、貴方の方から冒険者ギルドにパーティーへの復帰申請をしてください」


 私は無言で首を横に振った。

 エルドラは「貴様のせいか」と呟いていた。冤罪だ、私は何も悪くない。


「俺たち、一年近くもパーティーを組んだじゃないですか。なんで、その男なんですか? その男のどこがいいんですか!? 顔ですか!? それとも身長!?」


 叫ぶ遠藤。

 普段の冷静沈着な彼とは思えない剣幕に私は後ずさる。助けを求めてエルドラの方を見た。


「さっさとやれ。貴様のせいで無駄足を踏んだんだ。責任を取れ」


 いやいやいや、その理屈はおかしい!!

 というか、戻っても足を引っ張るだけですよ!!!!


「そうですよね。湯浅さんはそういう人でした。では条件を変えましょう」


 おっ!? 条件を変えてくれるなら喜んで対応しようじゃないか。


「その鎧を脱いで素顔を晒してくれれば、俺たちはいくらでも『竜血晶』を譲りますよ」


「………………?????」


 な、なんでそんなことする必要があるんですか????

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