第5話 元パーティーに絡まれたので引退します


 地球の日本、如月市。

 異世界『アウター』と接続した際、向こうからやってきた島が日本と物理的に融合してできた場所である。

 名前の由来は、異世界に行けるという如月駅からつけられた。要するにネット民の悪ノリだ。


 そこに建設された冒険者ギルドにて、私は陰鬱な気持ちを抱えていた。


「はああぁぁ……」


 私は冒険者ギルドの建物内に設置されたベンチに座りながら深くため息を吐く。


 パーティーからの追放、禁止行為による冒険者ライセンス剥奪。


 冒険者を引退するために策略を巡らせているのに、連続で惨敗を記録している。やはり内藤支部長をどうにかしないと、私は平穏なヒキニート生活を謳歌できないらしい。

 おまけに、ペナルティまで与えられる始末だ。


 ただでさえ仕事に対するモチベーションはゼロなのに、理不尽なペナルティのせいでマイナスを突破している。

 やる気などあってたまるか。引退するなら話は別だがな!!


 さて、私は内藤支部長からペナルティに関する呼び出しを受け、指定された時間を冒険者ギルドの建物内で待っていた。

 昼食も兼ねてコンビニで購入したサンドイッチの包装を破る。


 その時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「む、貴様は昨日の板金鎧」


 振り返るとそこには昨日のハイエルフのエルドラがいた。今日も相変わらずの厨二病ファッションだ。


「よくもまあ、こんな薄汚れた場所で食事をしたがるものだな。おっと失礼、家畜にとってはここが最も清潔だったな」


 嫌味ったらしい口調も変わらない。

 指でテーブルを撫で、手袋についた汚れを見ては顔を顰める。潔癖症なのは分かったから、周囲の冒険者と揉めるような言動はやめてくれ。

 そしてどうして私の向かいに座った?


「さあ、俺に構わずどうぞ食事の一時を楽しみたまえ」


 あ〜、なるほど。私の素顔を見たいのね。

 たまにエルドラのように食事時や入浴時にじっと見てくる奴がいる。これぐらいならばいい方で、中には力づくで鎧を剥ぎ取ろうとする奴がいるのだ。

 サンドイッチを頬張るために面頬バイザーへ手を伸ばす




 とみせかけて!!



 スキル『捕食者』でサンドイッチを消化!




 ふふん! どうだ! 『意外な素顔を見れるかも!?』と期待したのに裏切られた気分は!!

 昨日の仕返しだ、バァカッ!!


 どれどれ、ヤツの驚いた顔でも見て溜飲を下げますかね!!


 ちらり。


「……………………」


 絶対零度もかくやという冷たい視線だった。

 しょうもない悪戯を呆れた顔で見下すような、あるいは側溝で溺れる溝鼠の鳴き声を聞いた時のような顔だった。


 私の心は、挫けた。


「貴様、まともに食事もできんのか。おおっと、すまない。低俗な畜生はテーブルマナーも必要ないんだったな!!」


 うるさいなあ、ほっといてよ。


 ぐしゃぐしゃとサンドイッチの包装を丸めて、ダストシュート。狙いは逸れることなくゴミ箱へ吸い込まれていった。


「……だんまりか。ツマラナイ人間だな、貴様は」


 私はこの通り非常にツマラナイ人間ですので、早く興味を失っていただきたいものですね。

 本日二度目のため息を吐く直前、受付の方から内藤支部長が私たちを呼ぶ声がした。


 支部長室に二人まとめて通され、そこで内藤支部長は椅子に深く腰掛けながら話を切り出した。


「さて、詳しい話は受付の職員から聞いている。部下が煽ったこととはいえ、エルドラ卿と湯浅奏の間に揉め事が起きたのは事実。異世界から来訪したばかりとはいえ、それだけで規定違反を許していいことにはならない」


 エルドラ“卿”? もしやなんらかの地位に就いているのかな?

 異世界のことはポツポツと入ってくるけれど、ハイエルフのことについてはあまり知らない。

 精々、エルフ種と区分されるなかでも最古の種族という知識ぐらいだ。


 団体で来るのに、珍しく単独でいるところを見かけたぐらいか。ワケ有りなのかな?


「そこで、地球の事情に疎いエルドラ卿の世話係に、湯浅奏を任命する。期間は一ヶ月だ」


 …………な、なんで????

 なんでそんなことするの????

 内藤支部長、さては、あなた人事を担当しちゃいけない類の人間か????


 そういえば、私の冒険者登録を担当したのもこの人で、契約書をあれこれ弄っていたヤバい人でした!!!!


「この任務を断った場合、労働義務の『二年』を『三年』に延長する」


 ど、どうして????

 なんでそこまでして私を働かせようとするの????


「不履行があった場合は『五年』だ」


 や、やめてよぅ!!!! なんでさ、なんで私なのさ!!

 私よりもっと優秀でコミュ力おばけな奴がいるだろ、遠藤とか!!

 そうだ、遠藤にやらせるべきだと思う!!


「湯浅、いい加減に頼むから協調性を身につけてくれ。地球初の迷宮探索を成し遂げた人がそんな有り様じゃあ、異世界の連中に舐められちまうだろ」


 私は首を横にブンブンと振る。

 遠藤がいるじゃないか。性格・ルックス・実力が揃ったあいつに任せよう。大人は安全地帯で見守るべきだと思うんだ。


 必死に否定していると、エルドラが口を開いた。


「この冒険者を俺の担当にするのか?」


「ああ。もう知ってると思うけど、湯浅の生存率は他の追随を許さない。かつてSランクパーティーに所属していた実績もあるし、下手に前衛をつけるよりも、エルドラ卿の長所を活かすべきだとこちらは判断した。不服かな?」


「ふん、死んでも構わない人材を充てがうとは、いかにも家畜らしい情の欠片もない判断だな」


 おー、おー、嫌味の応酬が激しいですな。

 というか、エルドラの言う家畜って人間のこと?

 こわ……。異世界の異文化、こわ……。


「エルドラ卿には、奉仕活動を命じる。報酬はアレだが、難易度はきっとエルドラ卿の実力に見合うものだろう」


 内藤支部長は机から一枚の依頼書を取り出して、エルドラに渡した。

 内容を読んだエルドラが眉をひそめる。


「『竜血晶』の回収か。これまた面倒なものを」


 『竜血晶』って、難易度の高いの迷宮でしか採取できない鉱石じゃないか。

 しかも魔物の好物でもあるから、確実に戦闘になる厄介なやつ。


 うげーと顔をしかめる私の横で、依頼書に目を通したエルドラが私に人差し指を突きつけてきた。


「いいか、貴様は黙って俺の命令に従っていればいい。口答えも違反も認めん」


 あ〜、それは楽だな。

 勝手に決めてくれるならそれに越したことはないや。

 さっさと任された仕事を終わらせて引退するだけ。


「返事は?」


「(ビシッ)」


 とりあえず踵を揃えて敬礼。気分は厄介な上司に絡まれた新人だ。

 エルドラは「躾甲斐のない犬め、貴様には誇りがないのか」と呆れていた。


 引き続き場所を変え、冒険者ギルドのホールに戻る。

 そこで『竜血晶』が採取された迷宮について受付の職員に調べてもらった。


 昨日の件でこってり絞られたのであろうカローラが意気消沈した様子ではあったが、きちんと仕事をこなしていた。


「『竜血晶』はBランク以上の迷宮で確認されています。この付近ですと近場で二駅の距離に一つあります」


「駅? ああ、あの奇怪な電車とかいう乗り物のことか」


「三番ホームから登り線をご利用ください。こちらが切符となります、紛失にはお気をつけください」


 小さな切符をエルドラはカローラから受け取った。

 身長に比例して手も大きい彼が切符を摘んでいる姿はなんだか滑稽だ。


「駅を出て五分の距離に迷宮はありますので、冒険者カードを忘れず提示してくださいね」


 コクリと頷く。

 身分証としても信頼されている冒険者カード。氏名の他に冒険者ランクや所属地域などが記載されている。

 これを提示することで、武器の携帯や魔物が跋扈する迷宮に足を踏み入れることが許可されるのだ。


「行くぞ。精々、俺の足を引っ張らないでくれ」


 ローブを翻しながらツカツカと歩き始めたエルドラの後ろを追いかける。


 その時、背後から名前を呼ばれた。


「湯浅さん!」


 振り返ると、そこにはかつて所属していたSランクの冒険者パーティー『終の極光』たちがいた。


 顔に刀疵のある青年の遠藤昴が、いつもと同じく剣士スタイルな出立ちで立っていた。

 右に緑髪の魔術師ミリル、左に赤髪の神官のフレイヤを侍らせている。さらに見覚えのある金髪の剣士の女性が一人。


 遠藤は私を呼び止め、その奥にいるであろうエルドラを胡乱な眼差しで見た。


「その人が、湯浅さんの新しいパーティーメンバーですか?」


 私は首を傾げる。

 パーティーを組んでいると言うよりも、内藤支部長の命令で仕方なく同行しているだけだ。


「……俺に何か用か?」


「いえ、別に。弱い冒険者に構うほど俺たちも暇じゃない」


「あ?」


 珍しく遠藤は機嫌が悪い様子だった。腕を組みながらエルドラを完全に無視して、私に話しかけてくる。


「こんな弱い魔術師を仲間にするなんて、湯浅さんは何を考えているんですか? ミリルの足元にも及ばない輩の後ろをついていくなんて……!!」


 やめろやめろ、エルドラだって強かったぞ。

 というか、なんだって彼を敵視するんだ?


「こちらこそ時間を無駄にする趣味はない。俺は先に行くからな」


 キレたエルドラがスタスタと歩いてしまう。

 遠藤のことも気になるが、異世界から来たばかりのエルドラを放っておいたとなれば内藤支部長は嬉々として私の労働義務を延長するので、私は慌ててエルドラの背中を追いかけた。


「湯浅さん、俺たち待ってますから!」


 そんな言葉に込められた意味が、後ほど大騒動を引き起こすことになるとはこの時の私には知るよしもない。

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