第4話 私闘した責任をとってやめます


 冒険者ギルドの一画に設けられた特殊な空間

 ーー通称『訓練場』


 迷宮ダンジョンという脅威に対抗するため、冒険者たちは日夜ここで戦闘技術を磨くのだ。

 スキルのシナジーを観測するため、訓練場には現代技術と異世界の技術をかけ合わせて作られた特殊な強化ガラスで守られた観客席がある。

 そこには、冒険者ギルドのホールで一連の騒ぎを見聞きした野次馬の冒険者たちがいた。


「誰が勝つと思う? 俺はあの黒ローブの兄ちゃんに千円賭けるぜ」


「俺はあの板金鎧の兄貴だな。ぽっと出の魔術師なんざぼっこぼこにしてくれるだろ」


「大穴を狙って引き分けに全額注ぎ込むぞ!!」


 挙げ句の果てには、野次馬どもは勝負の行方で賭け事をする始末。冒険者ギルドの職員が煽ってるもんだからタチが悪い。


 間合いを計測するために白線が引かれた、神聖かつ血と汗が物理的に染み込んだその場所に、私は立っていた。

 向かいには漆黒の金縁ローブを着た、身長2メートルのハイエルフ男。


「ふん、貴様のような下賤な輩に名乗るのは甚だ遺憾だが、途中で尻尾巻いて逃げなかったことを評価してに我が名を聞かせてやる!」


 金色の前髪をかきあげ、彼は片手に持っていた杖の先端を私に向けた。

 カッと目を見開くと縦に裂けた瞳孔と金色の色彩が見えた。なんかちょっと蛇っぽい。


「我が名はエルドラ・フォン・ド・バウミシュラン! バウミシュラン家の偉大なる魔術師ウィザードだ。さあ、そっちも名乗るがいい!」


 威風堂々と名乗るハイエルフの男改めエルドラ。

 受付の仕事を他の職員に放ってついてきたカローラが負けじと叫び返す。


「さあ、名乗っちゃってください湯浅様!」


 ……いや、もう二人とも私の名前を知ってるじゃん。

 名乗る必要性皆無でしょ。


「貴様、俺の名乗りを聞いておきながら、自らの名前を明かすつもりはないとでも?」


「はっ!? こんな格下相手に名乗る名前はないってことですか!? そうなんですね、湯浅様!!」


「なにっ!? 初対面でここまで侮辱されたのは初めてだ。この屈辱は貴様の血で濯がせてもらう!!」


 そこでコントを始めないで欲しいんだけど。もう悪意しかないでしょ。

 血で屈辱は濯げないよ、『殺人』という汚辱がさらに追加されるだけだよ。正気に戻って? というか、なんで私が戦わないといけないんだよ。おかしいじゃん。


「さあ、試合開始の合図を出せ。ちんちくりんの受付!」


「カローラですぅっ! それでは、ざっくりとルールの説明をします!」


 ルールというよりも、この場における特殊な環境の説明だ。

 お互いに首から下げた特殊なマジックアイテムの効果で死に至るような攻撃は自動で無効化され、怪我を負っても回復するようになっている。

 よって、どちらかの戦意が喪失するか気絶するまで戦うことができるのだ。


 噂では、冒険者間の『私闘』を禁止する代わりに、このような仕組みを作ることでストレス緩和を狙っているそうな。みんな血気盛んで恐ろしいね、引退したい。


「……と、このようにどちらかが参ったと言った時点で試合終了です。アイテムの利用は不可。使用が発覚した時点で失格と見做します。いいですね?」


「異論はない」


「(こくり)」


 経験則上、ここで戦いたくないと駄々をこねると余計に事態がややこしくなるので、いっそ開き直ることにした。それどころか、やってやんよという気持ちになる。

 攻撃力2の恐ろしさをこの場にいる冒険者全員に見せてやるよ。


「その無口をいつまで貫けるか、このエルドラが直々に確かめてやる!」


 さて、相手はハイエルフという未知の種族の魔術師MGI/INT型

 恐らく、これまで何度か遭遇したことがあるエルフと同じように魔術や魔法の扱いに長け、魔力操作に優れた種族と見て間違いはない。しかし、『アウター』の連中は、時として思いもがけない魔術や魔法でこちらの想定を常に覆してくるので注意が必要だ。


 対して、私は『物理耐性』を筆頭として耐久性に特化した盾役VIT/MGD型

 多種多様な冒険者のなかでも、かなり珍しい“タンク”を担当している。こんな構成になってしまったのも、私が聖騎士パラディンという天職ジョブを授かってしまったからだ。


 私は無言で手甲ガントレットの留め具がしっかりと留まっていることを確認する。


「では、試合開始ッ!」


 カローラが右手を振り下ろすと同時に、エルドラがぶつぶつと呪文を唱え、ローブを翻しながら

 どよめく野次馬。


「空を飛びやがった! 信じらんねえ!!」


 それもそのはず、魔術や魔法で飛行するのは難しい。空中での姿勢制御やら速度の調整やら、やることが多すぎて『それなら走った方がよくない?』と真顔で言われてしまうのだ。

 それどころか、私目掛けてファイアーボールが繰り出される。

 人の頭ほどはあるホーミング性まで兼ね備えた火球をギリギリまで引きつけてから避けて壁にぶつける。


「ふん、どうやら伊達に冒険者をやっていたわけではないらしいな」


 そう言いながら、彼が術式を組み立てているのが見えた。右手にファイアーボール、左手には見覚えのない術式。

 どうやらエルドラはなんらかのスキルで補助を受けながら、他の魔術の術式を組み立てているらしい。


 恐らく、ミリルも持っていた『並列演算』といった思考能力に干渉するスキルだろう。あれがあるのとないのとでは、迷宮における魔術師の動きが格段に変わる。


「だが、これはどうかな? 地球という温い場所でやっていた貴様には対処もできないだろう!?」


 エルドラの掌の上に、今度は赤子ほどの大きさとなった火球が煌々と燃え盛っていた。


 あ〜、なるほど。

 土属性の魔術を組み合わせることで、ファイアーボールの火力を底上げしつつ物理属性の攻撃に変化させたのね。それに、着弾と同時に核として使っている岩石を破裂させるんでしょ?

 なかなかエゲツないことするじゃないの。


「ハッ、この俺の魔術を受けて無事だった者はいない! さあ、死んで骸を世に晒せ!」


 高笑いするエルドラ。

 その表情と残存魔力から考えるに、恐らく彼はこれでもかなり手加減しているんだろう。


 これだから『アウター』の連中は嫌になる。

 何もかもが規格外で、異世界の理レベリングの外にいる地球こちら側のことなどまるで考えていない。


 これは、下手に避けるよりも真正面から受けた方がいいな。

 背後にある強化ガラスじゃあ耐え切れないだろうし、備品を壊したら罰金ものだからね。


 ひとまず、『物理耐性』を始めとした耐久に関わるスキルを全て発動させ、さらに魔力を消費して【魔耐MGD】を上昇させる。

 いちいち考えないといけないのが、思考スキルを取得していない者の苦労だ。


(念には念を押すか)


 私は背後の強化ガラスを『カバーリング』の対象に指定し、回復魔術を予め起動。

 甘んじてエルドラの魔術を正面から受けた。


 爆裂、衝撃、灼熱、そして轟音。

 もうもうと煙が立ち込める。


「さすがに死んではいないだろうが、顔だけは拝ませてもらおうか」


 地面にエルドラが降り立つ。

 土煙を魔術で吹き飛ばした彼は、私を見て口をあんぐりと開けた。


「……驚いた。俺の魔術を食らって意識を保っているのは、貴様が初めてだぞ」


 まっっったく嬉しくない褒め言葉をどうもありがとう。相変わらず『アウター』の連中は上から目線な言葉ばかりを選ぶなあ!


 こちらは生命力HPが九割近く残っているけれど、スキルのCTクールタイムがある。

 今度、似たような攻撃を食らえば三割は間違いなく削れるだろうね。


「なるほど、貴様の天職ジョブ聖騎士パラディンか! 地球にそんな奴がいると報告で聞いていたが、まさか初日で会えるとは思わなかったぞ」


 しかも、なんか私ってばハイエルフの間で有名になってるみたい。

 個人情報が保護されなかったので引退してヒキニートになります。探さないでください。


「ならば、この術式はどうだ?」


 回避する間も無く、身体が光に包まれて鉛のように重くなる。

 この感覚は知っている。耐久を下げる魔術に、敏捷を低下させる魔術か。

 攻撃魔術だけじゃなくて、デバフ魔術まで使えるなんてね。嫌になっちゃうよ。


 さっと視界の端でステータスを確認して、低下率が想定よりも高いことに歯噛みする。

 【魔耐】を中心に上げて、それでもなお三割ほどステータスを削られた。時間経過で治るとはいえ、これまでの努力を否定されたようでムカつく。


「さてさて、そのステータスでこの魔術を受け止められるかなぁ?」


 エルドラはこれまた嬉しそうに魔力を練り上げ、杖の先に術式を構築し始めた。


 ざっと見たところ、あの術式は土属性の『ロックブラスト』をベースに貫通力を高めるために『エクスプロージョン』を組み合わせているな?

 私の顔からさっと血の気が失せる。


「ふん、怯えているな? だが今更後悔しても、もう遅い!」


 エルドラは高笑いをしながら、私に向けて魔術を放った。

 音速を越えた岩塊が私の顔面に迫る。


 スキルのCTはまだ終わっていない。これは絶体絶命のピンチかもしれんね。


「…………」


 岩塊に手を伸ばす。

 使うスキルは、私が初めて取得した『捕食者』。それに『悪食』と『吸精』を組み合わせて、エルドラの魔術を“捕食”する。

 その瞬間、私の口内に筆舌に尽くし難い味が広がった。

 例えるなら、コーラにレモネードとヨーグルトを混ぜた味。少なくとも、私はこの味が好きじゃない。


 あまりこの手はあまり使いたくなかったんだ……他人の魔力って、があるから。

 とにかくエルドラと私は遺伝子的にも相性が最悪だという、誰も得しない情報を得てしまった。

 味蕾にダメージを受けたので引退します。


 『捕食者』を使い、ゲロマズな味に耐え忍んだ理由は単純明快。鎧が耐えられるとは思わなかったからだ。

 鎧の下に衣服を着ているとはいえ、素顔を野次馬どもに晒したくはない。絶対に面倒なことになる。


 岩塊が完全に消失する頃には、勝ち誇っていたエルドラが唖然とした表情を浮かべていた。


「ーーなっ、あ、ありえん! なんだ、それは!? どうやって俺の魔術を無効化した?」


 彼が驚くのも無理はない。

 私が使ったスキルは戦闘用ではないうえに、このような使い方をする人はいない。そもそも、こんな使い方をするぐらいなら、走って殴った方が早い。


「まさか、貴様……盾役か!?」


 エルドラの言葉に野次馬たちもどよめく。


 冒険者で盾役は“終わっている”と言われるぐらいに人気がないのだ。


 迷宮ダンジョンに滞在する時間が長くなればなるほど、死亡率は上昇する。その迷宮にもよるが、時間経過で毒や呪いが蓄積してスリップダメージを食らうことが多い。

 短時間で魔物を殲滅する魔術師や、己の肉体で道を切り開く剣士がもっとも安定する。理想的なのは魔術師一人、僧侶一人、剣士二人のパーティーだ。

 素早く行って、素早く帰る。迷宮探索の基本だ。


 その基本に付け加えて、スキルのCTやコストの観点から見て盾役は大器晩成型。多くの盾役は耐え忍んで『しっぺ返し』などの渾身の一撃を放つが、私は完全に耐久するだけ。

 これならいない方がマシなまである。


 エルドラにとって常識の外にいる私が不気味に見えて仕方がないだろう。杖を構えながら、ジリジリと半円を描き、詠唱を始めていた。


 しかし、エルドラが警戒して詠唱を始めてくれたのは好都合。スキルのCTが……よし、完了した。これでもう一度、スキルが使える。


「術理を今一度、我が掌のうちにて滅却せん…………炎の精霊イフリートよ……世界を討ち滅ぼす力を、ここに…………」


 エルドラが構えた杖を中心に、魔力が渦を巻いて大気を動かす。

 大技を繰り出すつもりらしい。というか、詠唱が不穏なんだけど……なにを繰り出すつもりなんだよ……。


 とりあえず、私も動いて射線上から野次馬を外す。『カバーリング』の対象から強化ガラスを解除して、ため息を吐く。

 生命力は満タンまで回復しているし、魔力にまだ余裕がある。チラリと時計を確認すると、時刻は七時になっていた。


「これで終いだ、獄焔ヘルフレイム!」


 私を起点として、ゴウッと漆黒の炎が巻き上がる。

 漆黒の炎とは、ここに厨二病を患った少年がいれば手のひらを叩いて歓喜しただろう。


 ガリガリと生命力が削られていく。

 炎の熱が肌を焦がす。毛先が燃えることも、肌が焼けることもない。それでも生命力を削られる苦痛と不快感はあるわけで、これこそが異世界の理レベリングの不思議なところなのだ。

 治る側から焼けていく。普通なら発狂するところだが、ステータスの【精神MND】による補正のおかげで正気を保っている。

 歯を食いしばって苦悶の声が漏れるのを防ぐ。


 これもまた、盾役が“終わっている”と言われる所以である。

 痛いうえにひたすらに地味でコストもかかる。盾役をやるぐらいなら剣を片手に暴れた方が圧倒的に早い。


「信じられん。凌いだのか、俺の魔術を……!」


 肩で荒く呼吸を繰り返しながら、エルドラが呟く。


「うおおお! 頑張れ、鎧の兄ちゃん! 俺の賭け金を倍に増やしてくれ!!」


「ハイエルフの兄ちゃん、負けるんじゃねえぞ!!」


「ビールいかがっすか〜?」


 湧き上がる野次馬。悲鳴をあげる冒険者。

 飲み物を売り歩く職員。


 盛り上がっているところ申し訳ないけど、ここからが地獄だよ。




◇ ◆ ◇ ◆



「なあ、まだ決着がつかないのか?」


 時刻は九時過ぎ。

 飲み物を片手に椅子に座る野次馬の冒険者たちが文句を垂れる。


 その文句を聞き流しながら、私はエルドラの腹を殴った。

 当初は受け流したり避けていたりした彼も気づいたのだ。というか、思い出した。

 そう、私の攻撃力はたったの2。

 一般人なら腹を押さえて呻く威力でも、レベルの高い冒険者ならば蚊に刺された程度だ。


 腹筋で受け止め、むしろ私の腹に蹴りを食らわせてきた。

 それを私は踏ん張って耐える。


 明確な決着がつかない、泥沼の地獄ここに極まれり。


「貴様、その体たらくでよくも冒険者を名乗れたものだな」


 度重なる魔術の行使で疲労したエルドラが私を睨む。

 マジックポーションもなしに二時間近く魔術を使い続けたエルドラの魔力量もさることながら、それにひたすら耐えた私もなかなかだ。

 Sランクパーティー『終の極光』に寄生していただけはあるね。無駄にレベルだけがあがってしまった。


 攻撃系のスキルを一切取得していない私と、生命力を削り切る魔術を撃っても対策されるエルドラ。

 この不毛なやりとりを二時間近く続けている理由が、


「もう湯浅様の勝ちでいいんじゃないんですか?」


「俺はまだ負けていないっ!」


 カローラとエルドラの意地の張り合いである。


 私に喧嘩を売ってくる冒険者もいるにはいたが、大体は三十分ほどで「阿呆らしい」と戦いを辞めてくれるのだが、この二人は互いに意地を張り合って煽り合うので無駄に長引いているのだ。

 巻き込まれる私の身にもなってくれ。


「この高貴な血を引くハイエルフたる俺が、地球の人間に遅れをとるなどあってはならない!!」


 もうエルドラの勝ちでいいよ。

 でも、そういったところでコイツは引き下がらないんだろうなあ……メンドくさっ。


 ぐっだぐだな雰囲気になったところで、訓練場の扉が勢いよく開け放たれた。


「もう九時だぞ! 訓練場を使っているのはどこのどいつだ!?」


 訓練場に響き渡る罵声。

 姿を現したのは、冒険者ギルド日本支部を任されている内藤豊。

 はちきれんばかりの筋肉がスーツをぱつぱつにしている、スポーティーなナイスミドルである。


「……まさか、『私闘』なんてしていないよな? 一発で冒険者ライセンスを剥奪だぞ!」


「!!」


 閃いたっ!

 冒険者ライセンスを失えば、事実上の引退ができるんじゃない!!

 よっしゃ、『私闘』をした責任をとって引退します!!!!


 私は手を挙げ、内藤支部長に駆け寄る。


「まさか、湯浅さんが『私闘』を?」


「(こくこくっ!)」


「……それで、冒険者ライセンスを剥奪されるつもりですか?」


 私は満面の笑みで頷き、丁寧にシワを伸ばした引退届をそっと内藤支部長に手渡した。

 中身に目を通した支部長はやれやれとため息を吐くと、私の引退届を両手に持ってーー



 ビリビリィッ!!


「……!? ……!! ……!?!?」


 宙に舞う紙片を私は慌てて掻き集める。さすがにテープで張り合わせても中身を判読するのは難しいだろう。

 この用紙を手に入れるのに、私が一体どれだけの苦労を重ねたと思っているんだ! この鬼支部長、そんなんだから彼女ができないんだぞ!!

 キッとバシネットの下から内藤を睨みつける。私の睥睨を、内藤支部長は汚物を見るような顔で見下ろしていた。


「湯浅さん、いい加減に引退を諦めてください。そして本腰を入れて冒険者活動に取り組んでください」


 嫌です。引退させろ。


「そこのハイエルフと湯浅にはペナルティを課す。後日、追って沙汰があるまでは指定した宿で待機するように!」


 舌打ちをするエルドラと地団駄を踏む私。


「カローラはこれから説教だ」


「ふえっ!?」


 そして、カローラは涙目になった。

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