第3話 誇り高いニートなのでやめます


 異世界『アウター』

 その存在が確認されたのは2019年12月某日。

 中国の武漢市上空に突如として出現した“ゲート”を通じて三頭のドラゴンが飛来したことから始まる。


 一時期は国柄もあってディープフェイクや捏造を疑われたが、その日を契機として世界各地で小人や妖精、幻獣の目撃情報がネット上を出回った。

 何よりも、異世界『アウター』から来訪した竜騎士団が日本の国会議事堂を訪問した映像と首相による記者会見によって公にその存在が認められた。


 物理法則と必然で支配された地球という惑星と重なり合うようにして並行世界に存在していた『アウター』となんらかの理由で接続してしまった。

 混乱は収まらず、その影響で五輪は延期。開催は来年に変更。

 そんなニュースで2020年は持ちきりだった。


 さて、世界がそんな風にてんやわんやと大騒ぎしている中、私は「家にいながらビタ一文も家にお金を入れない子を養う余裕はありません。仕事を見つけなさい」と怒り狂う母を宥めるため、率先して庭の雑草を引き抜いていた。

 こういう雑事は苦痛じゃないが、他人と関わったり時間に気を配って行動するのは嫌いなのだ。

 労働するぐらいならば死を選ぶ。私は誇り高いニートなの。


 かつての高校の友達が続々と人生に成功していくのを他所に、家でのんびり雑草を抜く。その生活のなんと平穏なことか。

 幸せを噛み締めながら、見慣れない新種の雑草を引っこ抜いた瞬間だった。


【レベルアップしました】


 唖然とする私。近くを見てみたが、人がいる気配はない。それに聞いたこともないようななんとも言えない声だった。


 レベルアップとはなんぞや?

 どこかの家からテレビでも流れているのか?


 そう首を傾げた私は、ふとあることに気づいた。

 そういえば、今の私は無線のイヤホンを装着して、そこからお気に入りの曲を流していたのだ。しかも、流していた曲はどれもドラムやギターが激しめの絶唱アニソンだ。

 人の声を聞き取れるはずがない。


 まさか、幽霊?


 さあっと血の気が顔から失せる。

 怖くなった私は、さっさとやるべきことを終わらせようと思って生い茂った雑草に軍手を装着した手を伸ばす。

 渾身の力で雑草の束を引き抜いた。


【レベルアップしました】

【レベルアップしました】

【レベルアップしました】


【スキルポイントを獲得しました】


 私は確信した。

 この女性とも男性とも言えない、人と機械音声の狭間にあるような声。

 その声は、自分の脳内から響いているのだ。


 その声が雑草を引き抜くたびに響くものだから、段々と恐怖よりも好奇心が勝ってきた。

 暇な時、私はよくゲームをしていたのでそれも関係していた。

 “レベル”という、ゲームでは強さを現す指針として使われる単語が聞こえたからだ。


「へえ、じゃあ今の私は4レベルってこと?」


 冗談混じりの独り言のついでだった。

 不思議な幻聴からの返答はなく、代わりに不思議な文字列が目の前に現れた。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

湯浅奏 女 人間(地球) レベルLevel:2


生命力:100%

魔力:10/10

所持スキルポイント:20


ステータス:

筋力STR】10

器用DEX】10

敏捷AGI】10

耐久VIT】10

知力INT】10

精神MND】10

魔力MGI】10

魔耐MGD】10


スキル:言語理解

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 私は思わず目を丸くして、それから自分の頭が悪くなったのかと疑った。

 熱中症の症状の中に幻覚、幻聴のほかに妄想もあっただろうかと真剣に検討したほどだ。


 傍らに置いておいた熱中症対策用の経口保水液を飲み、日陰で数分休憩した後で私はもう一度、声に対して小声で「ねえ、さっきのもう一度見せて」と呼びかけてみる。

 結果は先ほどと同じく、目の前にヴンと現れる文字列。


「おおう、これはあれか。いわゆるゲームの世界のステータス画面というやつか」


 夢か、現実か。

 それはさておき、私の興味はスキルという欄だった。ゲームをしながら、こんなスキルが現実にあったらなあと思い描くことがあった。それを思い出しながら、呟く。


「ヒキニートに最適なスキルはあるかなあ。食費が浮くようなやつ」


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

『捕食者』『悪食』『吸収効率化』『飢エル者』

『吸血』『吸精』『食ラウ者』

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 いやいや、そんな風に見せられても困る。

 ゲームならチュートリアル機能があるというのに、現実にはそんな親切なものはないらしい。

 クソゲーか? いや、そもそも現実はリセットもコンティニューも許されないクソゲーでしたね。


 指先をその上にそっと載せてみる。

 その途端、あの不思議な声が頭の中に響いた。


【『捕食者』:生命力HPが10%を切った生物をエネルギーに変換して吸収するスキル】


「おお、いわゆるヒントってやつか」


 目の前に表示された〈取得しますか?〉という選択肢に、私はあまり深く考えずに〈はい〉を選ぶ。


【スキルポイント10を消費して『捕食者』を習得しました】


「あ、スキルってどうやって使うんだろ」


 スキルを習得したはいいが(イマイチ現実感がない)、肝心のどうやって使用するかが分からない。これでは取得損だ。

 休憩ついでに、あの不思議な声が聞こえるきっかけになった新種の雑草を突いていると、目の前に文字が現れた。


〈スキル『捕食者』の使用条件を満たしています。使用しますか?〉


「はい、と。おわっ!?」


 手に持っていた雑草が光の粒子に変わり、私の手に吸い込まれていく。

 腹が膨れ、体の底から活力が満ちる感覚がした。


「これがスキル『捕食者』の効果なのかあ」


 いちいち口に運んで食事しなくても便利かな、というぐらいにしか考えていなかった。それよりも、興味は他のスキルに移る。


【『悪食』:捕食した物体に毒が含まれていた場合、抗体を得ることができるスキル】

【『吸収効率化』:体内に取り入れるエネルギーから無駄をなくし、効率的に吸収するスキル】

【『飢エル者』:飢餓状態の際、捕食行為に対して補正がかかるスキル。前提:捕食者】

【『吸血』:捕食行為において血液からエネルギーを得ることができるスキル】

【『吸精』:捕食行為において精神力・気・魔力からエネルギーを得ることができるスキル】


「うーん、これだけってのもね。どうせなら怪我とか病気に強くなるスキルが欲しいなあ」


 私は雑草を引き抜く際に枝で掠った傷を眺めながら呟いた。

 すぐさま表示されていたスキルの文字がばらばらと変わる。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

『物理耐性』『魔耐性』『毒耐性』『疾病耐性』

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


【『物理耐性』:物理を伴う攻撃に耐性を獲得するスキル】


 これでいっか。

 さほど考えず、私は『物理耐性』を取得。


「………………こんなことをしている場合じゃない」


 私は頭をぶんぶんと振って馬鹿な考えと妄想を追い出す。スキルを習得したからといって、庭の草むしりが片付くわけではないのだ。


「あ、でも『捕食者』のスキルは使えるかも?」


 ぶちぶちと草を抜きながら、私はスキルを使ってポリ袋へ入れる手間を省く。いちいち袋の口を広げなくて済むので助かった。

 どんどん雑草が生い茂る庭の奥へ進む。年単位で放置していたのもあって、見覚えのある雑草から見覚えのない蔦まで色んな植物が所狭しと密集している。


 異変に気づいたのは、手が疲れたので小休憩でも挟むかと顔をあげた時だった。


「────あれっ!? どこ、ここ?」


 見覚えのない洞窟。振り返れば、私がひたすら草を引き抜いては『捕食者』のスキルを使った後が続いている。

 私の記憶が正しければ、家の近くに洞窟なんてものはなかった。

 しかも、小さな洞窟ではなく、人が五人ほど固まって入れるほどに大きい。引っ越してきた時に見落とすはずもない。


 洞窟特有のひんやりとした空気が肌を撫でる。洞窟の奥に続く道はぽっかりと暗闇に包まれていて、不思議と奥に進みたくなるような“ナニカ”があった。

 私は壁に手をつきながら、もう片方の手でスマホのライトをつけた。


 当時の私は、この洞窟こそが世界を騒がせている迷宮ダンジョンだと知らなかった。だからこそ、心が惹かれるまま通路を誘われるように進む。

 導かれるように、私は迷宮の最奥に辿り着いた。


 両開きの扉が私の前に立ちはだかる。

 明らかに人工的な装飾が施された扉を前にして、私は興奮していた。

 ゲームならお宝を守る番人が待ち受け、ホラーなら何かが封印されている場所だ。


 普通なら、扉を開ける前に迷宮の外に出て家族に相談するだろう。なにせ、目の前にある扉は石造りで、ヒキニートな自分が開けられるはずもない。だというのに、私は何故か『自分ならこの扉を開けられる』という自信があった。

 今思えば、私は迷宮の呼び声に魅入られていたのだ。


「ほええええ……広い……」


 扉を開け、私は呆然と口を開ける。

 扉の先には、洞窟とは思えない広い空間があった。不思議と明かりはないのに部屋の全貌が見渡せる。

 私はスマホをポケットにしまい、部屋の中へ入った。


 ドーム状の空間に、狭い通路が奥へ続く。

 その狭い通路の両脇には底の見えない谷があって、覗き込むだけで内臓が冷えるような恐怖があった。


 ────ギイイイイ、バタン。


 部屋の中央にたどり着いた頃、背後で扉が閉まった。

 嫌な予感に冷や汗が流れる。


「これがゲームなら、番人が現れるところだよね」


 そして、私はついうっかりフラグ発言をしてしまった。

 とてつもない気配を感じて、私は振り返る。

 そこには黒いモヤを纏った西洋の鎧を着た人影が立っていた。


「……あの〜、ここってあなたの私有地てきなアレですかね?」


 会話を試みる。

 故意ではないとはいえ、私はこの洞窟を進んだ結果ここに辿り着いてしまった。場合によっては不法侵入で訴えられるかもしれない。

 謝ったら許してくれるような善良な人でありますように、という私の淡い期待を込めた願いは、黒いモヤを纏った人の咆哮で裏切られた。


「ガアアアアッッッ!!」


 突然、謎の人物が背負っていた斧を手に私に向かって突撃を繰り出してきた。咄嗟に私は地面を転がりつつ回避。

 間一髪で斧を避けることに成功した。


「…………もしかしなくても危ない人じゃん」


 能天気な私ですら危機感を覚えるほど、目の前の人物は私に殺気をぶつけてくる。鎧で顔は見えないが、きっと悪鬼羅刹のような表情を浮かべているだろう。


「まって、話をおおう!?」


 後退りながら会話を試みたが、無駄に終わる。二度目の斧が振り回される頃には、私は崖スレスレに追い込まれていた。

 あ、これはやばい。ガチで殺される。

 そう考えた私は、斧を振り上げた人物の脇を通り抜けて背後に周り、渾身の力でタックルを食らわせた。


 ガツンと鎧が頭にぶつかる衝撃。

 死にたくないという一心で謎の人物を私は崖に突き落とした。


「ガアアアア────……ァァァァァァァ……────………………」


 小さくなる謎の人物の咆哮。

 私は地面にへたりこみながら、人を殺してしまったという罪悪感に頭を抱えていた。


【レベルアップしました】


【スキルポイントを獲得しました】


 こうして地球初の迷宮攻略者のデビューは、なんとも冴えない結果に終わった。



 ところで、同じ頃に迷宮に突入したかつての仲間の遠藤昴は、ゴブリンを相手に魔術と剣術で無双した挙句、めちゃくちゃカッコいい武器を手に入れたらしいですよ。

 ……もうアイツに全部任せていいんじゃないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る