第45話 Shall we dance?



 音楽が鳴り始めた。



 私はセイラス様の手を取って、ホールの中央にいた。


 どっちを取るか、固唾かたずをのんで見守られる中、メンタルを犠牲ぎせいにしながらもなんとか選んだのだ。


 決め手はエスコートをしてもらっていたから。

 ダンスのレッスン中に、先生からエスコート相手と踊るのが一般的だと教わったからだ。


 まあ、どちらとも踊る予定だったから、先に踊るか、後に踊るかの違いである。



 ところで先ほどから音楽に合わせてステップを踏んでいるが、意外なことにとても踊りやすい。

 しっかりとリードしてくれているのだ。


(ゴルンタの街ではダンス嫌いそうだったのに……)


 誘われるように、1歩、また1歩。

 優雅ゆうがなステップでフロア全体を渡り歩く。


 普通に私よりも上手だ。

 というか体格もがっしりしていて安定しているし、相手に合わせるのはそこいらの貴族男性より上手な気がする。


(これで苦手とか言われたら、私は泣くぞ)


 こちとら必死にレッスンに食らいついて、ようやく形になったのだから。


 うらみがましい目線を送ってしまうと、ふっと笑われてしまった。


「意外でした?」

「……はい」

「ふふ。あなたが私のダンスを見たいとおっしゃったので、頑張ったのですよ」


 そう言って笑うけれど、この動きは絶対に前々から上手い人のやつだ。


だまされた……」

「おや、心外しんがいですね。少しでもいいところを見せたいという男心ですよ。あなたに、無様ぶざまを見せる訳にはいきませんから」

「またそういう……」



「本当ですよ」



 ふと、凛とした声が耳に届く。

 見上げれば、真剣な眼差しが私を射抜いた。


「私は、は情けのないところを見せたくない。あなたにとっての私が頼れる存在であるために」


 その声が、眼差しが。

 見たこともないくらい、真っ直ぐに向けられる。


。……忘れないでください。私がこれからすることは、全てあなたの為。何があろうと、どれだけ離れようと、必ずあなたを……あなただけは守るから」


 ダンスの途中なのに、頬を撫でられた。

 私を見つめる眼差しは温かい。


 けれど、どこか悲しそうに細められている。


「セイラス様……?」


 どうしてそんなに泣きそうな顔をしているのか。

 告げられた言葉が何を意味するのか。


 私には分からなかった。

 思わず呼びかける。


 けれどすぐに音楽がラストに向けて早くなってしまい、なにも言えなくなってしまう。


 そのまま流れる川のように自然なフィニッシュを決める。

 ワアっという歓声が上がった。


 息を切らして彼を見るけれど、もうそこにはいつも通りのセイラス様しかいなかった。


 あの表情の意味は気になるけれど、すぐに次の曲の準備が始まる。

 ホールから下りれば、すぐにレナセルト殿下がやってきた。


 選手交代だ。


「下りてこないつもりかと思ったぞ」

「ふふ。そうしたいところですが、残念ながらもう時間のようですから。……レナセルト。くれぐれも、後のことは頼みましたよ」

「言われるまでもない」


 二人はなにやら視線を交わし、すぐに場所を代えた。

 レナセルト殿下に手を取られ、私は再びホールへとあがる。



 視界の端では、セイラス様に近づくたくさんの人が見えた。

 けれど、彼はにこやかに辞退じたいしているようだった。


 どうやら、もう踊る気はないようだ。


「?」


 それどころか、神官たちと何やら話し込んで出ていこうとしている。


 ちらりと見えた顔は険しく、かげっていた。

 なにかあったのだろうか。



「聖女。オレに集中してくれないか」

「あ、ごめんなさい」


 確かにもう伴奏ばんそうがはじまっている。

 心配ではあるけれど、今はこちらに集中しなければ。


 慌てて呼吸を整える。




 2曲目に入った。

 先ほどとは変わって、軽快な曲調だ。



 彼とはすでにゴルンタで踊っていたから、うまいことは知っていたけれど……。


 キレのあるステップに、力強いリード。

 セイラス様が穏やかな木漏こものようなダンスだとしたら、レナセルト殿下は燃え上がる炎のような情熱的なダンス。


 けれど、決して相手を置き去りにするようなものではない。

 こちらに合わせつつ、より華やかに見えるようなテクニックを取り入れていた。


「相変わらずお上手で……」


 完全に実力差がありすぎる。

 踊り始めて早々に白旗しろはたを上げていた。


「聖女も随分ずいぶんと上手になったじゃないか。体力もついてきたようだし」

「それはどうも……。でも、正直もう限界なんですが」

「ふ、2曲でか?」

「十分でしょう?」


 もともと2曲以上踊るつもりもなかったのだし、2曲分踊れただけも偉いだろう。

 これが終わったら、後は休憩室にでもおじゃまするつもりだ。


「ああ、まあな。聖女のことだ。この後は踊るつもりはないのだろう?」

「ご想像の通りですけど?」

「ならちょうどいい。休憩がてら、庭を見に行かないか?」

「庭?」


 てっきり何か言われるかと思ったが、そうではないようだ。

 確かに庭ならば、ホールよりは人が少ないだろう。


 それに、火照ほてった体を休めるには外の空気はちょうどいい。


「でも、会場を出て大丈夫なのですか?」

「庭なら解放中だし、敷地内だから問題ないだろう。教皇は席を外すらしいが、警護にはオレが付くしな。心配ない」


 彼がそう言うのなら問題ないのだろう。


 少し考える。


(まさかパーティー中に何か仕掛しかけてくるなんてこともないだろうし……)


 誰かの視線に常にさらされ続ける室内よりも、庭をみている方がよっぽど気が楽だ。

 それに、レナセルト殿下と一緒なら危険も少ないだろう。


「……そうですね。じゃあお言葉に甘えて」

「決まり、だな」


 レナセルト殿下は少しだけ口角を上げた。


 そのまま曲はラストスパートに向けて早くなっていく。

 ジャーンとひと際大きな音がホールに鳴り響いた。


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