第44話 どちらを選ぶ?


「みな、よく集まってくれた。今宵は聖女の帰還きかん功績こうせきをたたえるうたげだ。存分ぞんぶんに楽しんでくれ」


 国王のスピーチが終わり、思い思いに楽しみ始める人たち。

 ダンスが始まるのは、少し後だ。


 私はスピーチの間になるべく人の少ない場所に行って、壁の花と化していた。

 一心不乱いっしんふらんに黙々と料理を口に運ぶ。


 もちろん、食べている間はしゃべりかけるなというオーラを出して。


 そのおかげか、令嬢たちは遠巻きに様子を伺っている。

 しばらくはこの作戦が使えそうだ。




「聖女は相変わらずだな」


 その時聞きなれたレナセルト殿下の声がした。

 集まっていた令嬢達が道を開けると、やはりそこには彼がいる。


 もぐもぐタイム終了のお知らせだ。



「レナセルト第二王子殿下にご挨拶あいさついたします」


 私は口に含んでいた料理を飲み込むと、習いたてのカーテシーを披露ひろうした。


 レナセルト殿下は一瞬だけ目を見開く。


 ついこの間まであいさつの仕方すら知らなかった小娘が、ちゃんとしたあいさつをしたから驚いたのだろう。


「これは……見違えたな」

「そうでしょう? 頑張って練習しましたから」


 これでも物覚えは早いと言われたのだ。

 多少は形にできているだろう。


 頑張ったかいがあるというものだ。


「……いや、そういう意味では……」

「あれ、どこか変でした?」


 けれどレナセルト殿下はなぜか、複雑そうな顔をしていた。



 まあ、付け焼刃やきばのマナーが王族に通用するわけないから仕方がない。

 私は早々に諦めた。


 いつも通りのしゃべり方になれば違和感いわかんもなくなると思ったのだが、それでもレナセルト殿下の顔は変わらない。


 それどころか余計にそわそわしている。

 いったい、何が気になっているのだろうか。


「あー……。その、だな」

「?」

「……その、きれい、だ。とても」

「……あぁ!」


 なるほど、褒めようとしてくれていたのか。


 どうやら、婚約の話を気にしているようだ。



(お互いの希望でこうなっている訳じゃないのだから、適当にやり過ごせばいいのに)


 そもそも婚約云々うんぬんの話は王妃が言い出したことだ。

 レナセルト殿下にとっては望まないことだろう。


 彼のが王宮での立場が弱いということは分かっている。

 恐らくは断りたくても断れなかったのだろう。


 だから外ではそれらしく振舞ふるまっているに違いない。


(変なところで律儀りちぎだよなぁ、この人)


 まあ変に意識して遠ざけでもしたら、王家と神殿の不仲説が持ち上がってしまうだろう。

 変な誤解をされるのは避けなければ。


 私もいつも通りに振舞うことにした。


「キレイでしょう? 神女しんじょさんたちがやってくれたんですよ! 私じゃこうはいかないから」

「え」


 今着ているドレスはとてもキレイだ。

 確かに、褒めるにはちょうどいいだろう。


 よく見えるように一回転でもしてあげようか。

 そう思い殿下を見上げると、なぜかあきれた視線とぶつかる。


「なぜ、そういう解釈かいしゃくになるんだ?」

「あれ?」

「ほんっとに、うまくいかないな」

「んん? なんの話です?」


 殿下は一人ぶつぶつとつぶやき始めてしまった。

 というか、無表情なのに分かりやすいってどういうことだろうか。


「……はあ、まあいい。そろそろダンスの時間だ」

「あ、本当ですね」


 見れば、たくさんの人がホールに集まり始めていた。

 いよいよ始まるのだ。



「聖女、ダンスの腕はどうなったんだ?」

「……あー。一応、それなりには」

「ふうん?」


 私は思わず目を反らした。


 正直、自分ではどのくらいできるようになったかなんて分からない。

 たぶん……相手の足を踏まなくてすむくらいにはなったと思うけれど……。


「なら、お手並み拝見はいけんといこうか」


 彼はそう言って、ふいに手を差し出してきた。


「オレと踊ってくださいませんか」



 見れば、彼の口角は挑発ちょうはつする様に上がっていた。


 ゴルンタの街でへたっぴなダンスを見せてしまったから、あなどられているようだ。

 どんなダンスを披露ひろうしてくれるのか、楽しみなのだろう。



 そんな風に挑発されてしまっては、負けず嫌いが顔を出してしまうではないか。

 私は割と乗り気になった。




「コホン、勝手に話を進めないでいただけますか? 今宵こよいの彼女のパートナーは私ですので」


 けれど彼の手を取る前に、他の手がそれをさえぎったのが見えた。

 セイラス様だ。


 いつの間にか人ごみの中からこちらへ来ていたらしい。


「順番は守っていただきたいですね?」

「こいつから離れていたのが悪いだろう?」

「ふふ」

「はは」


 真っ向から向かい合って、なにやら含み笑いをする二人。

 会場も異様いように盛り上がっていて、いたるところからきゃーという悲鳴が聞こえてきた。


 一体なにが起きているのか分からず、ポカンとしていた私の前に差し出される2本の手。


「さあ、エメシア様?」

「どちらを選ぶ?」


 レナセルト殿下とセイラス様。

 そのどちらもが、私に向けて、手を差し伸べている。


「……え。まって。これって、私が選ばなきゃいけないヤツ!?」

「「ええ/ああ」」


 その場の全注目を集めながら、今度は私の悲鳴ひめいが響き渡った。



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