第42話 おめかし



「ドナドナ~。はあ、もうやだ。帰りたい……」


 私は出荷しゅっかされる子牛のような心境で、馬車にゆられていた。

 向かっているのは出荷場……ではなく王族主催のパーティー会場だ。


 聖女の帰還きかん功績こうせきをたたえるパーティーを開くから、と呼ばれてしまった。


 表向きはその為のパーティーだけれど、ぶっちゃけると第一王子の問題行動のおびをねている。


(できればそんなことしてほしくなかった……)



 詫びというのならパーティーへの招待ではなくて、なにかおいしいものでもくれればいいのに。

 むしろ、なんでパーティーが詫びになると思うのだろうか。


 私はわりと大きなため息をついてしまった。



 シャラリ


 ドレスの飾りが音を立てた。


 今着ているのはいつものワンピースではなく、体のラインを強調する白と赤のドレスだ。

 髪も自分ではできないようなったアレンジを加えられていて、本物の花まで編み込まれている。


 せめていつも通りの恰好かっこうで行きたかったのに、神女しんじょさんたちがやたらと気合を入れて支度したくしてしまったのだ。

 これでは私自身がパーティーを楽しみにしていたようになってしまうではないか。


「はあ~」


 背もたれに沈み、本日何度目かのため息をはく。


「もういい加減腹をくくりなさい」


 かけられた声ははずんでいる。

 顔を上げれば、いつもよりも楽しそうな表情が見えた。


「……セイラス様、楽しんでますね」

「ふふ、ええ。まあ」


 セイラス様だって今から注目の的になるというのに、全く意に介していない。

 むしろ平然としていた。


「こういうのは堂々としていればいいんですよ」

「それができたら苦労しないんですわ」


 誰もがそんな度胸どきょうを持ち合わせていると思わないでいただきたい。

 思わずジトっとした目線を送ってしまった。


「あれだけレッスンも頑張ったのですから、大丈夫ですよ」

「心配しているのはそこじゃないんですよ……」


 セイラス様の少しズレたフォローにやはりため息をこぼす。



 確かに鬼のようなレッスンはこなした。

 パーティーにダンスはつきもので、全く踊らないわけにもいかないらしい。


 だからひじょーに不本意ふほんいではあるけれど、レッスンはこなしましたとも。


 そのかいもあって1曲2曲程度だったら体力ももつようになったし、ダンスとして見られる形にはなっていると思う。


 だからそこはもう心配しても仕方がない。


 というかそこに心配を回す余裕なんてないのだ。



「絶対注目されるってわかりきってるじゃん! ムリなんですけど!」


 何度もいうが、私はコミュ障だ。

 人に見られるのも、話しかけられるのも苦手な人種だ。


 それなのに自分が主賓しゅひんのパーティーにいき、挙句あげくの果てにダンスを披露ひろうしなければならないなんて……。


拷問ごうもん以外のなんだっていうのよ……)


 そんなの、逃げられるのなら逃げているに決まっている。


 そう言う訳で、私はつく前からしかばねと化しているのだ。

 はじまる前から終わっているようなものである。


「ほら。もうつきますよ。しゃんとしてください」

「うう……」


 馬車が止まった。


 セイラス様は先に降りて、手を差し出してくる。

 白い手袋をした、大きな手だ。


「お手をどうぞ、エメシア様」

「う……」


 なるべく直視しないようにしていたが、今この時ばかりは見ざるを得ない。

 パーティーの為におめかしをしたセイラス様を……。



 品のよい白のマント。

 金と薄紫で刺繍ししゅうがされたベスト。

 長い脚が強調されるパンツ。

 片方撫でつけられた前髪。


 そして、優しくこちらを見つめる瞳……。



(いや、色気の暴力か?)


 この世のものと思えない、完成された美だ。


 いや、普段も美しいのだが、今日の彼は自分が触れるのをためらう程きれいでカッコイイ。

「聖職者と言えば」という恰好しか見ていなかったから、体のラインが出る服を着られるとギャップがすごいのだ。


 小さいころに夢見た王子様が、こういう服装だった気がする。


(実際は王子様じゃなくて教皇様なんだけど)


 とにかく、年上の色気がいかんなく発揮されていた。

 それでいて下品になっていないのだから、凄まじいというほかない。


「そうみられると……。気合を入れたかいがありましたね?」

「!!」


 セイラス様はいたずらな笑みを向けてきた。

 見惚みとれていたことがバレてしまった。



 恥ずかしくて、急いで言い訳を考える。

 でも……。


「……今宵こよいのあなたは、なによりも美しい。情熱的な赤い髪も、私を捉えて離さない、すべてを見透かすような瞳も。神に愛されているのも頷ける。……エメシア様。そんなあなたの隣に立つ栄光を、私にくださいませんか?」

「っ!」


 そんな言葉と共に手を取られてしまうから、何も言えなくなってしまった。

 きっと頬どころか、首や耳まで赤くなっているだろう。


 本当に、さらっと言ってのけるから恐ろしい。


(そんな風に懇願こんがんされたら、断れないじゃない……)


 小さく頷くのが精いっぱいだ。

 私はそのまま、セイラス様のエスコートで会場に入っていった。


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