第32話 聖女になるということは……


「聖女!」

「聖女様!」


 その時。

 ふたつの声が聞こえた。


 目を開くと、赤い髪と白い髪が見える。


「「大丈夫か/ですか!?」」

「あっ……」


 第二王子と教皇様だった。

 二人は患者の拳と牙を、剣と杖で受け止めてくれていた。


「ふ、二人とも……」


「この……バカが!! 考えなしにツッコむなと言っただろう!」

「まあまあ、レナセルト。説教は後でたっぷりとするとして。今はこっちをどうにかしましょう? とりあえずあなたは下がっていなさい」


 顔を見なくても分かる。

 第二王子はカンカンに怒っているし、教皇様は黒い笑みをたたえているだろう。


 けれど今は、そっちに気を回している場合ではない。


 私は体勢を整えるとすうっと息を吸った。



「……二人とも! そのままその人を抑えていてください! 私、やらなきゃ!」

「「はあ!?」」


 下がっているように言われたけど、そう言う訳にはいかない。

 これは、私にしかやれないことだから。


「お願いです!」


 ぎりぎりと攻撃を受け止めている二人は一瞬だけこちらを見た。


「……っち! ったく!」

「仕方ない。あなたは、言い出したら聞かないですから、ね!」


 二人は同時に男性の攻撃を押し返した。


 第二王子が前に出て男性と組みあい、教皇様は多重たじゅう結界で動きを弱めていく。



 二人の肩越し。

 その奥の男性のこぶしや体は、既にボロボロになっていた。


 引き出されるパワーやスピードについていけず、悲鳴をあげているのだ。

 上げられるうなり声は、まるで泣き声のよう。


(ごめんなさい、痛いよね。すぐに終わらせてあげるから)


 湧き上がるのは――悲しみ。


 早く、解放してあげたい。

 彼も、あの子も、皆。



 だから。


 私は作りかけた術式じゅつしきに集中する。


 この地にあふれた悲しみを、なげきを包み込むように。

 光の花が道しるべになるように。



あまね大空そらすモノよ。地の物語を聞け』



 風が吹いた。



(……神様。聖女になるってことがどんなことなのか、ようやくわかったよ)



 悲しみを、苦しみを、切なる願いを。

 理解して、本気で願うこと。


 それが聖女の役割なのだろう。


(確かに、適任かもしれない)


 だって私は、彼らとなのだから。

 同じような思いをした、私なら……きっと通じることができる。



 彼らを救うことは、過去の自分を救うことと同じ。

 それなら……。


(やってやるわよ)



『語れ、みたまよ。つむげ、うたを。我、そのすべてに祈ろう。光よ――』


 迷いはなかった。


 雷花らいかは空に向かって花開き、空からはまばゆい光が降り注ぐ。

 空から地上に、光の橋がかかった。


 聖木せいぼくを抜けるその光景は、天界に通じる道のようだ。


 光を受け、そっと手を組み、願いを込める。



 どうか、引き離されることがないように。

 悲しみにのまれることがないように。

 暗闇の中でも、希望を持てるように……



 ――バチバチバチ!!


 言葉と同時に光の橋から幾筋もの雷が出てきた。


 今まで使えなかった、もう一つの浄化の力。

 恐らく、私に許された力の中で、最も強力な力――


『我が願いに応えよ、“鳴神なるかみ”』


 言葉に合わせ、眩い光が降り注ぐ。


 雷は聖木の幹を、枝を、根を伝い、町中に広がり白く染め上げた。


 ―――

 ――

 ―


 光が収まるころ。

 街にとどまっていた瘴気は跡形あとかたもなく消えていた。


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