第31話 奇妙な使命感


 広場についた。


 半径15メートルくらいの結界が張られている。


 その中には、赤黒いモヤとぶつかり合う二人の人影があった。


 片方が狂暴化きょうぼうかした瘴魔病しょうまびょう患者。

 もう片方は協会の巡回兵のようだ。


 よく見れば、その足元にはケガをして倒れている人も見られる。


 恐らく、逃げ遅れた住民だろう。


 巡回兵はその人たちを守るように立ち回っている。


(この結界は誰が……)


 見回せば、外には2人の神官がいた。

 一人は結界を維持し、もう一人は中で戦っている兵に結界を張っているようだ。


 私は急いで駆け寄った。


「大丈夫ですか! 救援に……って、え?」


 神官たちの足元には、必死に結界を叩く少女がいた。

 そして何やら言い争っているように見える。


「パパ! パパぁ! ああぁ!!」

「いい加減にしなさい! ここは我々に任せて早く逃げるんだ!」


 どうやら狂暴化したのは少女の父親らしい。

 父親の傍を離れたくなくて、結界のそばを離れようとしないのだろう。


 少女の腕を掴んで無理やりにでも立ち上がらせようとする神官に、それでも彼女は抵抗ていこうを続けた。


 涙で濡れた目でぎろりと神官をにらみつける。


「いやよ! 狂暴化した人間は討伐とうばつの対象になるって、あたし、知っているんだから!」


(……え?)


 何を言ったのか、分からなかった。


 討伐? 人間を?


 思わず声をかけそこなった態勢で固まってしまう。


「仕方がないだろう! 現に君のパパは君のことも分からずに攻撃した。肩の傷が、それを物語っているんだ。放っておくことはできない! これはもう、運命なんだ!」

「嫌だ! 絶対に戻って来るもん! 約束したんだもん!」

「聞き分けなさい!」


 神官たちは否定をしない。

 それは少女のいったことが正しいということだ。


「うっ……」


 とてつもない恐怖で吐き気を覚える。

 ぐらりと、地面が歪んだ気がした。



 言われてみれば、瘴魔病になった人を治せるのは聖女だけなのだ。


 その聖女が、今まではいなかった。

 生き残っている人を助けるためには、患者を討伐するという選択をするしかなかったはず。


 少し考えれば気が付いたはずだ。


 気が付かなかったのは、平和ボケしているからか。

 それとも、気が付きたくなかっただけか。


 そんな思考を切りさくように怒鳴どなり声が響く。


「君まで死んでしまうぞ!」

「いい! パパといられなくなるなら、一緒に死ぬもん! 一人はいや!!」

「なにを――」


 その言葉を聞いた瞬間、私ははじかれたように走り出した。



 少女の小さな体を、包み込むように抱きしめる。

 びくりと震えた体は、驚くほど冷えていた。


「……は、言っちゃダメだよ」


 ぎゅうっと抱きしめる腕に力がこもる。


「せ、聖女様!?」


 神官たちの驚きの声が聞こえたけれど、今は気にしていられない。


 体を離すと、少女は涙を流しながらも驚いた顔をしていた。

 ちらりとみると、左腕から血が出ている。


 鋭い何かで切り付けられたような傷だ。

 私は、その傷に手を重ねた。


 金色の光が傷を包む。


「あなたが死ぬなんて言ったら、パパさん、きっと悲しむ」

「え……?」


 少女は何が何だか分からない様子で、ただ私を見上げた。

 その顔は、によく似ている。


 迷子になった時のように、どうしたらいいのか、何をしたらいいのか。

 正解なんて分からないまま、闇の中を彷徨さまようような顔。


 ずきんと胸が痛む。


『運命だったんだ』

『もう受け入れなさい』

『仕方がないんだよ』


 何度も聞いた言葉だ。

 そしてそれは、私に絶望を押し付ける言葉たちだった。


 ――運命だから、なんだ。


「諦めろ」なんて言えるわけが、ない。

 言わせたく、ない。


 だって、この人たちは――まだ生きて、ここにいるのだから。


 それなら、変えられる。

 なら、変えられる。



 私はニコリと微笑んだ。


「大丈夫。あなたも、あなたのパパさんも、他の人だって。誰も死なないよ。これが運命だというのなら、私が、変えて見せる」


 誰も悲しまないですむ、未来へと。


 だから、そんな顔しないでほしい。


 すっと立ち上がる。

 少女の傷は、もうふさがっていた。



「中に入ります」

「せ、聖女様。危険です! まだ患者は暴れて」


「あの人だって傷つけたくてやっているわけじゃない。止められるなら、早く止めてあげないと」

「ですが! 僕たちでは貴女をお守りできません! 兵も立ち回るのがやっとで……。どうかお考え直しを!」

「そうです! 聖女様!!」


 私がやらなければならないことだ、と頭の中で声がする。

 奇妙な使命感だった。


 だから、制止せいしを振りきって中に入った。


 赤黒いモヤが私を取り込もうとまとわりついてくる。

 けれど私の体が輝く方が早かった。



 初めから、やり方を知っていたように。

 そうすることが自然なことだというように。


 口が、腕が、体が、動いていく。


 私は、それに従って言葉をつむぎ出した。


『闇を祓う雷花らいかよ』


 てのひらを上に向けると、瞬時に光の花が現れた。

 今までで一番大きな花だ。



 辺りに充満していたモヤが、晴れていく。


 狂暴化している男性からも、吸い取っていた。


「あがああああ!!」


 その感覚が不快ふかいなのだろう。


 男性はけもののような声を上げた。

 兵を振りきって、私めがけて走ってくる。


「っ!」


 それでも、力を止めない。

 発動しかけている術を止めることはできないのだ。


 を祓う。

 今日で、この街の悲劇を終わらせるために。


 やるしかないのだ。



 ぎゅっと目を閉じた。

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