第29話 心理戦


「聖下」


 オレは廊下を歩く教皇へと声をかけた。

 振り返ったあいつは、相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。


「おや、どうされました?」

「しらばっくれないでいただきたい」


 キッと睨むように見つめれば、少しの後、ニコリと微笑んだ。


「ここではなんですね。こちらへ」


 手近な空き部屋に入る。

 誰もいないことを確かめると、教皇は置いてあったソファにどさりと腰をかけた。


「どうぞ、座ってください?」

「……」


 無言のまま浅く腰をかける。

 ひとつ息を吸うと、真っ直ぐに見つめた。


「駆け引きは苦手なんでな。単刀直入に言わせてもらう。……なぜ、馬車で魔物の話をしなかった?」



 それを口にしても、あいつは笑みを浮かべたままだ。

 むしろ挑発ちょうはつする様な、楽しそうな笑みに変わった。


 教皇は無言で、目線だけで続きをうながしてくる。


「いくらキンディナスとはいえ、シニフォスに近いあの場所に魔物が出ることは、本来はずだ」


 あそこまで内部に入られていたとしたら、その過程にある街が全滅していてもおかしくない。

 だが、調べてもそれらしい被害はなかった。


 それに、ムルー山に留まっていた意味も分からない。


 魔物には人間を狙う習性がある。

 キンディナスにはまだまだ人間がたくさんいるのだから、普通はそちらに向かうはずだ。


「けれど、あそこに奴はいた。あまりにも不自然すぎる。それなのに……」

「私が何も言わなかった。それに疑問をもったのですね?」

「ああ」


 聖女はなにも疑問に思っていなさそうだったが、教皇はこの違和感に気が付いていたはずだ。


「なぜか、ですか。もうわかっているのでは?」

「……あの魔物は、自然にあそこにいたわけではない。つまり……何者かが故意に引き入れた可能性が高いと言うことに、か?」


 そう告げると、笑みが深まった。

 どうやら、予想が当たったようだ。


「この際です。あなたの考えをお聞かせ願いましょう。もしもそうだったとして、誰にでもできることじゃない。可能な人物に心当たりがあるのでしょう?」


 教皇は、まるで誘導尋問をしているかのようだ。

 だが、反発することなく素直に応じる。


「……前提条件として、瘴気に耐性のある人間でないとムリだろう」


 魔物は精神をむしばむ瘴気を放っている。

 普通の人間ではつれてくることは愚か、近づくことすらできない。


「次に、魔物を制することができる力も必要だ」


 魔物がおとなしく人間に従うとは考えられない。

 力で制して連れてくるのが一番考えられる。


「現にオレが戦った魔物は、古傷だらけだった。つまり、瘴気に耐性があって、武力の優れた何者かに連れてこられた、という可能性が高い訳だ」


 それだけ情報があれば、候補こうほはだいぶ絞れる。


「瘴気に耐性があるのは、神殿で修行をした者か、伝説の聖女の仲間の子孫……つまり王族の血を引く者しかいない。神殿内に裏切り者がいないのだと仮定かていすれば……」


 疑わしいのは、父王か兄上……そして、ということになる。



 恐らくこの男はそれら全てを分かった上で、聖女の前では話さなかった。


 つまり……。


「聖下はオレを疑っていた。聖女の前でその話題を出さなかったのは、オレ試すためか?」

「……ふふ」


 教皇は満足げに、意地の悪そうな微笑みを浮かべた。


「正解です。疑われている状態で、どう動くのか。少々試させていただきました」



 自分が疑わしい候補にあげられること。

 それをちゃんと指摘してきできるかどうか。


 試していたのはそこだろう。


 今日のこいつの態度は、あまりにも分かりやすかった。

 注視していれば、普通に気が付くだろう。


「ですが、私はあくまでを疑っていただけですよ」

「ふん。あれだけを警戒していて、よく言えたものだ」

「ふふ」


 結界内に魔物が出たのなら、真っ先に疑われるのは神殿か王家。


 ムルー山の件は王家主導だったことを鑑みると、第一に疑うべきは王家。


 剣に優れない兄上では魔物をムルー山まで連れてくるのは不可能だし、国王たる父が自ら動くとは考えられない。


 つまり、必然的ひつぜんてきにオレが疑われることになる。

 だが、当然オレではない。


 それを示すためにこうしてこいつの元を訪れているのだから。


「……まあいい。それで、どうだったんだ?」

「そうですねぇ。及第点きゅうだいてんといったところでしょうか」


 奴はいつの間にか、いつも浮かべている微笑に戻っていた。


「一応、自分が疑われていることには気が付いてくれましたし。不利になる話題でも問い詰めにきましたからね」

「……もしも、問い詰めに来なかったら?」


 興味本位だった。


 もしオレが自分の保身のために、黙ったままだったら。

 どんな結末が待っているのか。


「その時は……」


 やつは楽しそうに目を細めた。

 今日一番の笑みだ。


「聖女様を狙うものとして、速やかにかと」



 ゾクリと肌が粟立あわだつ。


「……っは! 恐ろしいな」


 理想の教皇。

 それが世間で言われている教皇の顔。

 

 けれど、今のそれは決してそうではない。

 冷酷な悪魔のような顔だ。

 よくこの顔を隠し通せていると、感心するほど……。



(さすがは、父王と長年渡り合ってきただけある)


 わが父、ラコムス王は集団の心理を操るのが得意な人間だ。

 かつ利己的。


 自分にとって邪魔なものと判断すれば、どんな人間だろうと容赦ようしゃなく



 この男が並の人間であれば、あっという間に潰されていただろう。

 けれどこいつは、今も教皇の地位についている。


 つまり、腹の探り合いや情報の動かし方など、熟知じゅくちしている人間だということは間違いない。



「――まあ、いいじゃありませんか。結果的にそうはならなかったのですし」

「魔術師というイレギュラーが現れたからな」

「ええ。魔術師が絡んでいるとなれば、先ほどの条件など、あってないようなものですから」



 150年前。


 国を襲った魔術師は魔術を用いて魔物を誘導ゆうどうした、という記述が残っている。

 その方法は非人道的ということで伏せられているが、多大な犠牲を払ったことだけは間違いない。


 今回のことも、犠牲が出ているのかも調べなくては。


「もちろん、あなたが魔術師と通じている、という線もありますが……」

「なわけあるか!」

「でしょうね」


 王家は過去の事件以降、魔術師との関わりを禁じている。

 いわば国敵だ。


 そんな者達と手を組んでいるなど、あってはならない。


「それに、あなたはあそこで死にかけた。あれが演技でないのならば、考えられるのは仲間割れか口封じ。もしそうならば、殺されそうになったあなたはすぐに動くはずです。それがなかったということは、違うのでしょう」


「……。協力関係の話を持ちかけた時、やたらとすんなり話が進んだと思ったが。……とんだ食わせ者だな」

「ふふふ」


 つまり、手元においておけば監視しやすいから、という理由で協力関係を結んでいたわけだ。

 初めからオレを疑っていながら。


 馬車でも思ったが、やはり一筋縄ひとすじなわではいかない性格をしているようだ。


「まあ、これからは聖女様を守り、国を立て直すパートナーです。仲よくしようではありませんか」


 教皇は爽やかな笑みを浮かべた。

 ぬけぬけと言ってのける教皇に、頭が痛くなってくる。


 いくら王家を変える為とはいえ、協力関係を結ぶ相手を間違えたかもしれない。


 だが、乗りかかった舟だ。

 後はもう、自分の選択を信じるしかないだろう。 


 オレは差し出された手を取った。


「そうだ。仲間になった記念に、名前で呼んでみますか?」

「はあ? 結構だ」

「おや、つれないですねぇ」

「よく言うよ。腹の中ではまだ疑っているくせに」

「ふふ、それはそれ、ですよ」


 否定はなし。

 

(やはり、とんだ食わせ者だな)


 気を強く持っていなければ、一瞬でこいつのペースになってしまうだろう。

 だが、味方になるのならば、心強いのは間違いない。


 一先ず、第一関門は突破ということでよいのだろう。

 オレはこっそりと息を吐きだした。




「きょ、教皇聖下!! いらっしゃいますか!?」



 その時、部屋の外が何やら騒がしくなった。

 ドアを開けると神官たちが走り回っているのが見える。


「なんです、騒々しい」

「はっ! それが、先ほど街の広場で患者が急に狂暴化したと報告があり……」


 話を聞いている限りでは、どうやら瘴魔病患者が暴れているらしい。


 予定では教会にいる患者を浄化するはずだったが、これはこれで、聖女の支持率を上げるのにちょうどいい。

 これからオレたちと一緒に向かえばいいだろう。



「対応は?」

「既に住人の避難は完了しています。患者も結界内に隔離かくりしているのですが……」


 神官はなんだかもごもごと歯切れの悪い様子だ。

 目もあっちこっち、行ったり来たり、せわしない。


「何です? はっきりと言ってください」

「じ、実は、その……聖女様にもお声を掛けたのです。もうすぐ予定のお時間だったので」

「それで? 彼女は?」



「……走って出て行ってしまいました」

「「え?」」


「走って出ていかれました」

「「……」」


「患者のもとに、いかれたようで……。その、お一人で……。後を追ったのですが……足が速く……」


 思わず教皇と顔を見合わせる。


「「あの……バカ!!」」


 見事にハモった。


 まさか一人で飛び出していくとは。

 いったい何を考えているのか。


(本当に、予想もつかない行動ばかりだな!!)


 焦っているのに、どこか面白い気持ちだ。

 無意識に口の端が上がっている気がする。


 オレたちはすぐに彼女を追って走り出した。


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