第28話 魔術師とは?



「それはそうと、そろそろ本題に入りましょうか」


 今までの空気を変える様に、教皇様は真面目な顔をした。

 

 ピりつく雰囲気ふんいきに、ごくりと唾を飲み込む。

 


「ムルー山の調査の結果、気になるものが出てきたんです」

「気になるもの?」

「ええ」


 教皇様はそう言ってふところから何かを取り出した。


 500円玉くらいの丸い透明な石が、透明の箱に入れられている。


 よく見ると、石の中に紫や赤、ピンクにオレンジなど、様々な色の光が浮かんでいた。

 光はふわふわと不規則ふきそくに揺らめいていて、美しい。



「それ――」


 それは? と聞こうと思った。

 けれど石を出した瞬間、ガタンという大きな音が響いた。


「お前、それっ!」


 前を向くと、第二王子がけわしい表情で立ち上がっていた。

 石を指さし、眉を寄せている。


魔石ませきか!?」

「ええ、その通り」


(魔石って……ファンタジーとかでよく出てくる魔石?)


 大抵はお助けアイテムだったり、生活に必要な道具だったりのことが多いはず。


 けれど、二人の表情からは、そんなプラス要素のアイテムではないことがうかがえる。


「それが出てきたとなると……」

「はい。きっと魔術師まじゅつしが絡んでいる」

「参ったな。それは……」


 また新たな単語だ。


 魔術師って、魔法使いのことだろうか。

 この世界に魔法使いや魔法があるのだろうか。


 第二王子はすべてを理解したようだけれど、残念ながら私は何も分かっていない。

 よって話についていけない。


「え、え? ちょっと待って。魔石って? 魔術師って!?」


 たまらず声を上げると、第二王子は私のことを思いだしたようにハッとした。

 気まずそうに座り直す。


「魔石とは自然の力が結晶化したものだ。基本的にけがれのない、清らかな場所にあるとされている」


「自然の力?」


「ああ。石には火や氷、土、木などの力が宿っている。と言っても、単体だったらなんの害もない、ただきれいな石だ」


「問題は、魔石から力を引き出すことができる存在がいるということです。それを魔術師と呼んでいます」


 第二王子の言葉を教皇様が引き継ぐ。



「魔術師は魔石を媒介ばいかいとして超常的ちょうじょうてきな力――魔術を使う。……そして、150年ほど前には、国を乗っ取ろうとする事件を起こしました。彼らは自分たちこそ君主くんしゅたるべきという主張のもと、その力を破壊はかいに使った。そしてさらなる力を求め、魔物の親玉である邪神じゃしんあがめた」


「じゃ、邪神って……」


「はるか昔、闇に落ち、地上を滅ぼそうとしてベルタード様に敗れた存在です。ゆえに、魔術師は禁忌きんきの存在とされています」



 つまり、異教徒いきょうととか邪教徒じゃきょうととか。

 そういう人たちという訳か。


「えっ。じゃあ、ムルー山から魔石が出てきたって……」


 清らかな場所にしかないはずの魔石。

 到底、瘴気の漂うムルー山にあるとは思えない。


 それが意味することは。


 ……嫌な予感しかしない。

 うそだって言ってほしい。


 けれど私の願いとは裏腹に、教皇様はゆっくりと頷いた。


「ご想像の通りですよ」

「……つまり」

「はい。ムルー山での一件に、魔術師が絡んでいるとみて、間違いないかと」

「はあー」


 眉間みけんをつまんで大きなため息を吐き出した。

 痛む頭を必死に動かして理解しようとする。


 ええと、つまり。


 解決しなくてはいけないことリスト


 ・魔物や瘴気の問題

 ・神殿と王家の問題

 ・王家の問題

 ・魔術師の問題←(new)


 こういうことだろうか。



 終わった。

 なんでこう、次から次に厄介やっかいごとが舞い込んでくるのか。


 っていうか、教皇様の言うことが正しいなら。


「あの一件自体、仕組しくまれていたってことですか?」


 信じたくない。

 けれど悲しいかな。現実は無情だ。


「ええ。そうなりますね。魔術師が絡んでいたのなら、あの結界のたゆみも頷けます。現に魔石も出てきた」


 盛大にため息をついて見せる教皇様。

 私もため息をはきたい。


 でも、もうそんな元気すら残っていないけれど。


「恐らく、不自然だったがけ崩れにも魔石が使われたのでしょう。自然現象と考えるよりは、人為じんい的なものと考える方が辻褄つじつまが合いますから」

「合わないでほしかった……」


 そうか。

 それもか。


 つまり、教皇様が警戒していた通りになってしまったわけだ。



「ただ、狙いが聖女様だったとは考えにくいかと。がけ崩れで落ちていったのは殿下ですし」

「あ……」


 教皇様は意味ありげに第二王子に視線を送る。

 私もつられて目を向けた。


「……。まあ、そうだな。聖下のことだ。オレが城でどういう扱いを受けているかは知っていたんだろう?」


「ええ、もちろん。ですからムルー山でのことは、あなたを狙った罠なのではないかと思いまして」


「それについては、断定していいだろうな。聖女たちはオレを罠に誘導ゆうどうするえさになったわけだ。おおかた、本物の聖女とは思われていなかったのだろう」



 無表情のまま淡々たんたんと口にする第二王子。

 その心中しんちゅうを考えると、胸が張り裂けそうだ。


(誰かに命を狙われるなんて……私だったら耐えられない)


 まだ18歳の少年が、そんな状況に置かれているなんて。

 かけるべき言葉が分からず、ただ下を向く。



「王家は相変わらずですねぇ」


 驚いて顔を上げると、やれやれとあきれ顔の教皇様だった。


「私たちが偽りの聖女をたてる訳がないというのに。あろうことか唯一の希望を餌に使うなど……。許されることではありませんよ」


 鋭い声が突き刺さる。


 たしかに、聖女は唯一浄化ができる人間。

 いうなれば、ベルタード教のシンボルともいえる人間だ。


 そんな存在がダシにされた。

 教皇という立場上、看過できないのだろう。


(だから王子に対して、やたらととげとげしい態度だったのね)


 今日の教皇様の態度は何かおかしいと思っていたけれど、これでしっくりきた。

 でも、それを第二王子に言っても仕方がないだろう。


「あの……。狙ったのも餌にしたのも、第二王子殿下ではないですよ? 犯人を糾弾するのは分かりますけど、殿下は何も悪くない。それどころか被害者なんですから、せめてもうちょっと優しい言葉をかけるとか……」


「ですが、危うくあなたも死ぬところだったのですよ?」

「それは……。まあ、そうなんですけど。でも」


 教皇様のいうことも理解できる。

 でもそれで第二王子に厳しい視線を向けるのはどうなのだろう。


 なんだかモヤモヤしてしまう。


「聖女。オレのことはいい。聖下のいう通り巻き込んだわけだしな」

「……でも」

「ムルー山でのことは、今後の働きで返す。こう見えて、剣の腕には自信があるからな。そのための協力関係だ」



 つまり、第二王子からは戦力を、神殿からは保護を。

 お互いに提供し合うことで、魔物の脅威だけではなく他の脅威にも備える。


 それが二人の協力関係の目的なのだろう。


(確かに、今の王家じゃ連携どころの騒ぎじゃないわよね……)


 王家も一枚岩ではない可能性は高い。

 もしかしたら、いろいろな思惑が重なっている可能性も否定できない。

 誰が敵なのか、定かではないのだ。


 そんな中戦力を確保しようとしたら、被害者側の第二王子に目を向けるのは頷ける。


 ……頷けるのだが。


「なんだかなぁ……」


 考えなくてはいけないことが多すぎる。 

 盛大にため息をついてしまった。


「聖女。お前も今後、いろんなものから狙われるだろう。だが。立ちはだかる敵はオレが引き受けよう。……だから、傍においてくれ」


 第二王子は私をまっすぐに見てくる。

 その目は真剣だ。


 でも、重要なことを忘れないでほしい。


「いやあの。私は別に嫌だとか思ってないですからね!?」



 なぜ、私がごねたみたいになっているのだ。

 別に協力関係になることに、何も言っていないが?



「聖女様がそう言うのなら……」

「恩にきる」



 なぜか決定権を渡された感じになっている。


 あれ? これ、私が責任を持たなきゃいけない感じ?

 なんでだ。納得いかないのだけど。


 けれど、これ以上何かを言ってもこじれる気しかしない。


 私は重いため息を吐きながら、胃痛に耐えるしかなかった。



 ◇



 空気が悪いまま、昼過ぎにようやく『ゴルンタ』についた。


「大きい……」


 見上げると、天まで届くほどの大きな木におおわれている。


 神話ではこの木を伝って地上に神が降り立ったとされているらしい。


 確かに、これだけ大きかったら神聖視されてもおかしくない。



 私たちはそのまま教会へ案内され、部屋へと通された。

 

 この後、休憩きゅうけいを挟んでから浄化の作業が始まる。


 初仕事だ。

 気合を入れなければ。


「ふぁ……」


 そう思いながらも、重くなる瞼に逆らえずにベッドに寝そべった。

 長時間の移動(もとい、あの空気感でメンタルがゴリゴリと削られた)で疲れ切っていたようだ。


(お仕事の時間まで、ちょっとだけ休憩……)


 横になると、寝不足も相まってすぐに眠気がやってきた。

 私はあらがううことなく意識を手放したのだった。

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