第27話 マジでいい加減にしてほしい


 翌日。


 案のじょう寝不足ねぶそくな私は、酔いと険悪けんあくな空気に耐えながらも馬車に乗っている。




 4人まで乗れるはずの馬車なのに、おかしいな。

 なんでこんなに居心地いごこちが悪いんだろう。


 ……まあ、理由なんて分かりきっている。


 共に乗り合わせたメンバーのせいだ。



 前の席には第二王子、隣には教皇様。


 第二王子はずっと無表情だし、教皇様も笑顔だけどまとう空気がとげとげしい。


 かく言う私は、空気と同化することに全集中力を注いでいる。


(なんでこのメンツ……。ナシよりのナシでしょ)


 今朝がた、神殿にやって来た一台の馬車。

 それがすべての元凶げんきょうだ。



『王家と神殿の協力を民に見せる為、王家の馬車を用意した。

 神殿の活動に加えるといい。

 ああ、あと。

 第二王子も腕はたつから連れていくといい。

 それじゃあ、よろしく。

                       BY 国王』



 協力関係を結んだとはいっても、いきなり同じ馬車に乗せるバカがいるか?

 いたわ。普通に。


 あの国王、マジでいい加減にしてほしい。


 なんだ、BY国王って。


 空気が読めていないのか、それとも読んだ上で嫌がらせをしているのか。


(後者だろうなぁ)


 あの国王のことだ。

 教皇様の嫌がることを見逃すはずがない。


 嫌がらせに違いないだろう。

 その結果、ダメージを受けているのは、私なのだけど。


勘弁かんべんしてよ……)


 正直、貰った手紙を破り捨てたかった。


 とはいえ、協力を見せる為と言われたら使わないわけにいかない。

 ガマンした私は偉いと思う。


(それにしても……)


 ちらりとばれないように二人を見る。


 国王とほどではないにしても、なぜか、第二王子と教皇様の仲はよろしくなさそうだ。


(以前、一緒に登山した時はそうでもなかったはずだけど……)


 警戒はしていたけれど、敵対心を出してはいなかったはず。

 なのに今の教皇様は分かりやすく不機嫌ふきげんだ。


(第二王子とは、個人的に同盟を結んだって言ってたはずなのに……)



 ムルー山での一件があった日の深夜。

 教皇様の元に第二王子がやって来たらしい。


 その時私は絶賛ぜっさん気絶中だったから、詳しい話は知らないけれど。



 なんでも聞いた話だと、お互いの目的が合致したのだとか。


 どんな目的かは知らないけれど、同盟を結んだのならせめてこの空気をどうにかしてほしい。



「そういえば」


 私の願いが通じたのか、第二王子が口を開いた。


「聖女。うまく力を扱えているようだな」

「え、あ、あぁ、はい。まあ、一応?」

「そうか。それはなにより。……それから」


 第二王子は私の顔をじいっと見つめてきた。

 

(な、なに? なにかついてる?)


 顔がいい人に見つめられると、どぎまぎしてしまう。

 それに相変わらずの無表情だから、余計に。


 私は訳も分からず、そわそわとしてしまう。


「……」

「……」


 お互いに無言のまま、数分。

 第二王子の様子を伺っても、何も分からないままだ。


 けれど、わずかに口を開けたり閉じたりしている。

 なにか言いにくいことでも言われるのだろうか。


「……その髪型も、似合っている」

「え?」


 沈黙ちんもくに耐えきれなくなってきたとき、そう聞こえた気がした。


(なにて? 髪型?)


 驚いて目を丸くし、凝視ぎょうししてしまった。



「だから、髪型だ。前は降ろしたままだっただろう。オシャレなんてわからないが、まあ。ハーフアップ? も似合うんじゃないか」

「え、あ、はい。……え?」


 確かに、今日は顔周りの髪を後ろでまとめていた。


 エメシアちゃんのように髪が長いと、登山とかよく動く時はジャマになる。

 このキンディナス訪問も、動き回ることになるだろう。

 

 だったら初めからまとめておいた方がいいと思ったからまとめていたのだが……。


 ちらりと盗み見る。


 彼は決まりが悪そうにそっぽを向いたまま、頭をガシガシと搔いていた。

 耳も赤い気がする。


(もしかして……褒めようとしているのかな?)


 けれど、どう褒めたらいいのか分からないのだろう。

 先ほどから目線がせわしなく動いている。

 

 正直、私も褒められ慣れていないから、どういう反応はんのうをしたらいいか分からない。


(それに、第二王子に褒められるとは思っていなかったから……)


 なんだか頬が熱くなってきた気がする。

 私も前を向けなくなってしまった。



「その髪留かみどめも、赤い髪に良く映えている。繊細せんさい細工さいくがお前らしいんじゃないか?」

「あ……」

 

 髪留め。

 この髪留めは……。


「そうでしょう? 私が彼女に似合うと思って取り寄せたものですから」


 今まで黙っていた教皇様が声を上げた。



 そう。

 この髪留めは昨日の夜……。


――ボン!!


 昨夜の出来事を思い出して、一気に頭が沸騰ふっとうしてしまった。

 とんでもない、黒歴史を……。


(いやあああ!! 思いだしたくない!!)


 顔をおおった私に、第二王子はいぶかしむような目線を送って来た。

 けれど、私の口からは説明などできるはずもない。


「……聖下が?」

「ええ。エメシア様の赤い御髪には金色の花がよく映えると思いまして」

「…………へえ?」

「美しいでしょう?」


 なぜか数段下がった第二王子の声が聞こえた気がする。

 そして愉快そうな教皇様の声も。


 けれど、そんなことに気が回らないくらい、私は取り乱していた。

 


「あああ、あの! 私、今日行くところ……ゴルンタの街!? でしたっけ? について聞きたいなぁ~!」


 無理やり話題を変える。

 とんでもない荒業だ。



「ふふ、分かりました。あなたがそう言うのなら」


 でも必死さが伝わったのか、教皇様はクスクスと笑い、ノッてくれた。 

 どうやら話題変更は成功のようだ。


「『ゴルンタ』の街はキンディナスの中でも人口の多い街です。街の教会からも、隔離かくり患者が複数いるという報告を受けています」

瘴魔病しょうまびょうの?」


 キンディナスにもいろんな街があるが、どの街にも弱い結界しかない。

 そのため、王都やシニフォスよりも、私の力を必要としている人は多くなる。


 当然、瘴魔病患者も多いだろう。

 気合を入れなければいけなさそうだ。



「ええ。ですが、他の街よりは治安はよいはずです。何と言っても『守りの街』ですからね」

「『守りの街』?」


「はい。ゴルンタは聖木せいぼくに包まれていますから。……ああ、聖木というのは神々の住む天界に通じていると言われる大きな木のことです。ゴルンタで犯罪行為をすると神罰が下るとされているので、他の街よりも安全なんですよ」


「へえ」


 なるほど。

 だから初めての訪問先に選ばれたのか。


 治安が良いと言われている場所なら、今までと同じように励めば大丈夫だろう。

 

 

(よし、頑張ろう)


 私は改めて気合を入れたのだった。

 

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