第13話 疑惑


 山登り。


 初心者(しかも体力も筋力もない)がいてはペースが遅くなるのは当然だろう。

 急ぐといわれても、急に体力はつかない。


 だから、私に合わせてもらうしかないと思ったのだけど……。


(それがまさか、こうなるとは……)



 私は今、チベスナ顔で教皇様に抱えられていた。

 私が歩くよりも、彼に抱えてもらった方が早い、と判断されたらしい。


 ちなみに、いわゆる”お姫様だっこ”である。



 ね?

 チベスナ顔も仕方がないというものよ。


たわらかつぎとか、小脇こわきに抱えるとかよりは、マシか……)


 どちらが恥ずかしいかは意見が分かれるところだ。


 むろん、私はどちらもイヤですが。




 まあでも。


 そのおかげか、ぐんぐん頂上に近づいている。

 恐らく、もうすぐつくだろう。


(メンタルフルボッコだドン)


 恥ずかしいやら、恐ろしいやら。

 なんだかもう、何が何だか分からなくなってきた。



「聖女様、そのまま聞いてください」


 投げやりになっていたその時。


 やけに小さな声でひそひそとつぶやかれた。


 耳元に触れる吐息といきに体が固まる。


「今回の件、どうにもきな臭いです」

「えっ」


 思わず戸惑とまどった声を上げてしまった。

 途端とたん、きゅっと手に力を込められる。


 黙って聞けということだろう。


 思わずコクコクと頷いた。

 すると、さらに潜められた声が耳をくすぐった。


「そもそも結界を維持しているのは我々です。だというのに神殿には結界の揺らぎの情報は来ていなかった。ですが実際、結界は揺らぎ、瘴気しょうきが立ち上ってしまっている」


「……」

「聖女様を呼び出した日に、おあつらえ向きな場が出来上がるとは……」


 タイミングが良すぎる、ということだろうか。


 ここでなくても、浄化の力を必要としているところはたくさんあるらしい。

 

 それに浄化の力を証明するだけならどこでもできる。


 それこそ瘴魔病しょうまびょう患者を連れてこれば、いくらでも。



 でも、それなのにここを指定した。

 しかも目撃情報は神殿側は知らないもの。


 言われてみれば確かに疑わしいこともなくはないが……。


「結界を意図いと的に揺らがせた可能性があるってことですか?」


 そんなことできるのだろうか。

 結界は神殿が管理しているのだから、王家が手を出すことはできないはずだ。


 もしできるとしたら。

 それは神殿側に裏切者がひそんでいるとか、そう言う話になってくるだろう。


 勘弁かんべんしてほしい。


 聖女業だけでも手一杯だというのに、これ以上考えなければいけないことを増やさないでいただきたい。


「その可能性もありますが、その線は薄いでしょう」

「なぜ?」

「結界を維持いじしているのが複数人だからです」

「あ、そっか」


 裏切者がいたとしても、一人では結界に影響を与えることはできない。


 もし意図的に揺らがせたとしたら、結界に携わっている人全員が裏切りをしていることになるからだ。



「そんな規模の裏切りならば、この程度の揺らぎでは済まないはずです」

「じゃあ?」


「考えられるのは、何者かがもともと不安定だった結界の一部を破った可能性ですね。弱い結界であれば、内側から穴をあけることはできますから」


 つまり、「目撃情報を伝えてきた人」が「結界にひびを入れた」可能性があるということだろうか。


「なんのために……?」

「それはわかりません。国王は、あなたの力を試すためと言っていましたが……」

「私の力を試す為だけに……? そんなの、デメリットの方が大きくないですか?」



 わざと国を危機的ききてき状況に追い込む意図が分からない。


「どうでしょうね。だからきな臭いんです。何か仕掛しかけられていると思った方がいい。私、基本的にあのたぬきのことは何も信じていませんから」


 教皇様はどこか冷めた目で前を行く第二王子殿下を見ていた。



 ……狸とは、もしかして国王のことだろうか。


(どんだけ嫌いなのよ……)


 でも、言われてみれば確かに。

 第二王子の同行どうこうも国王が決めたことだった。


「……」


 “偶然ぐうぜん”神殿に伝わる前に、瘴気の目撃情報が王家に伝えられた。


 そして来てみたら“偶然”本当に結界が揺らいで瘴気が出ていた。

 しかもお目付け役に第二王子が同行していて、現場は足場あしばの悪い山の中。


 第二王子は表情が読み辛いけれど、それがもし意図的なのだとしたら?



(……嫌な予感しかしない)


 推理すいり小説だったら絶対に事件が起こる場面だろう。

 もし事件が起こったら山の中での事故じこと片付けられるパターンだ。


 証拠しょうこ隠滅いんめつもやりやすい。


「……」


 何事も起こりませんように……。


 そう願わずにはいられなかった。


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