第14話 結界のたゆみ


 細い道を進むと、ようやく頂上へとついた。

 平らな場所に降ろされようやく息を吐きだす。


(長かった……!!)


 メンタル的に疲れ切ってしまった。

 けれど、ゆっくりと休んでいる時間はなさそうだ。


 顔を上げると、2つの結界が張られているのが見える。

 頂上は両エリアのちょうど中間だった。

 

 シニフォス側はピンと張られた結界。

 対するキンディナス側の結界は、不規則ふきそくにたゆんでしまっている。


 そして……。


「あれは……」

「ええ、瘴気しょうきです。結界のたゆみが原因でこの地にたまったものがでているのでしょう」


 ララフィーネ伯爵領でみた、人にまとわりついた瘴気とは違う。

 それよりももっと……。


「まがまがしい、ですね」


「そうでしょうね。瘴魔病しょうまびょうになるのは、基本的に軽く瘴気に触れてしまった人ですから」

「軽く?」

「ええ。もしも長時間浴びれば、病にならずにそのまま……です」

「お……おぉ」


 当たり前のように言う教皇様にドン引きしてしまった。


 めちゃくちゃ危険じゃないか!


「え、まって。じゃあ、この付近の人たち、危ないんじゃ……?」


 このまま放っておけば、山から吹き下ろした瘴気がキンディナスに広がるだろう。

 そうなればその場にいる人は……。


 思わず息がつまる。

 教皇様はそんな私の肩に優しく手を置いた。


「大丈夫、まだたゆんで間もない。すぐに修復すれば大した被害ひがいにはなりませんよ」


 キンディナス側の結界はまだたゆんだだけ。

 破られてはいない。


 結界でせき止めていた瘴気こそ表にあふれてきているが、それもまだ山の中だけの話だろうという。


 教皇様は持ってきていた白い杖をかかげると、声を上げた。


「総員、対魔たいま結界をまといなさい! 王家の皆さんにもおかけしますので、並んでください」

「よろしく頼む」


(そっか……)


 瘴気があるということは、生身では進めないということ。


 ベルタード神から力を授かっているものなら問題ない。

 けれど王家から来ている兵達は、こうして結界をかけてもらわないといけないわけだ。


 そして瘴気があるのならば、魔物がいないとも限らないわけで。

 魔物がいたならば守りに特化した神殿勢だけでは、決定打に欠ける。


 だからこそ、両勢力を引き連れたこの厳戒態勢げんかいたいせいなのだろう。


(今のところ、魔物の姿は見えないけど……)


 いつ現れてもおかしくない雰囲気ふんいきだった。

 ごくりと喉がなる。


(本当に戦闘がすぐ隣にある世界なんだ……)


 ようやくそのことに気が付いた。

 実感がわくと恐怖心が沸いてきて、ぎゅっと目を閉じた。



緊張きんちょうされていますか?」

「ドゥォワッフ!!」


 ポンッ、と肩を叩かれてビクリと飛び上がる。

 変な悲鳴ひめいになってしまった。


 慌てて振り返ると意地悪いじわるい顔が見えた。

 教皇様だ。


「あっはは! ドワーフって……っ! どんな悲鳴っ、なんですか!」

「っ!」


 教皇様は緊張感きんちょうかん欠片かけらもなく笑っている。


 どうやらツボに入ってしまったらしい。


 顔が熱い。

 きっと今、私の顔は真っ赤だろう。


不本意ふほんいですけど!?)


 勘違かんちがいがないように言っておく。


 私だって、出したくて変な悲鳴を出しているわけではない。

 急に驚かせるほうがわるいと思う。


 第一……。


「急に『キャー』なんて出る訳ないじゃないですか!! マンガとかで出ている可愛い悲鳴は、そう言う演出なんですよ!?」

「なんの話ですか?」


 威嚇いかくするようににらむけれど、気にした様子もない。

 本当に酷い人だ。


「それで……少しは緊張、ほぐれました?」

「……」


 言われてみればさっきまで感じていた恐怖心は消えていた。

 でも、怒りと羞恥心しゅうちしんで上書きされただけだけど。


「……もうそれでいいです」


 私は力なく項垂うなだれた。


「そうですか。ではそろそろ行きましょう」


 すっと手が差し伸べられる。


 ……なんだこの手は。

 もしかして、エスコートのつもりだろうか。


 思わず凝視ぎょうししてしまうと、少しだけ恥ずかしそうに目を細められた。


「何があるか分かりませんからね。……大丈夫です、私がお守りしますので」


 優しい微笑ほほえみに、柔らかい声。

 そして、こちらが恥ずかしくなるような言葉。


(ああ~~!! もうっ! そう言うことをさぁ!! 平然へいぜんと!!)


 先ほどまでとは違う熱が頬に宿る。


 耐性ないって言っているではないか。

 そんな風に優しくされると、コミュ障としてはどうしていいか分からなくなる。


 本当に厄介やっかいだ。


(といっても、断ることもできないんだけどさ)


 誘いを断ったらきっと傷つけるよね。とか。 

 メンツをつぶすのはよくないよね。とか。


 そういう心配事が絶えないのだ。


 しばらく悩んだけれど、結局私は彼の手を取って、キンディナスへと足を踏み入れた。

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