第12話 山登り


「さて、登っていくが準備はいいか?」

「あっ、はい」


 第二王子に声をかけられて現実に引き戻される。


 そうだ。

 現実逃避げんじつとうひしている場合じゃない。


 今から山の浄化という大役を努めなければいけないのだから。



 私は気合を入れると、第二王子の後を追って山に入った。


 先頭を王家の兵たちが、その後ろを第二王子が進む。

 私と教皇様は第二王子の後ろ、最後尾に神殿の騎士たちが並んでいく。



 黙々もくもくと登っていく面々。


 皆慣れた様子で登っていくけれど、私にとっては急な山道。


 当然のことながら数十分もすれば息が上がってしまった。

 徐々じょじょに先行する人たちとの距離が開いてしまう。


 それでも必死に食らいつく。


 ぜい、はあ。

 ゼイ、ハア。



 息が苦しい。

 酸素をくれと必死に主張しているのが分かる。


 たまらず声を上げた。



「はあ……はあ。ちょ、ちょっと待って」

「……」


 苦しい息を吐きながらタンマをかけると、第二王子は呆れた視線を向けて立ち止まった。

 膝に両手をついて息を整える。


「聖女はまず体力をつけるべきだな」

「はあ……はあ。す、すみません」


 そう言われても、これでも頑張っている方だ。


 文句もんくも言わずに登っているのだから、ちょっとくらい褒めてくれてもいいと思う。



 恨みごとを込めてちらりと第二王子を見た。


 なんと、息の一つも乱れてすらいなかった。

 運動が得意そうでない教皇様――失礼――も涼しい顔でついてきているし……。


(この体力おばけたちめ……)


 認めよう。

 ただ単に私の体力がなかっただけだと。


「はあ、仕方ない。いったん休憩きゅうけいを挟むぞ」


 第二王子はそう言うと手ごろな岩に腰をかけた。


 どうやら休む時間をくれる様だ。



 最近まで降っていた雨のせいか、地面にぬかるみができていたのでそれを避けて座り込む。

 足が小鹿のようにプルプルしていた。


「死ぬ……水……」

「聖女様、こちらを」


 教皇様が差し出してくれた水を一息で飲み干す。


 冷たい水が喉を通っていく感覚が心地いい。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えますか?」

「見えないですね」


 じゃあ聞かないでほしい。


 教皇様はどう見てもからかいの表情だったけれど、怒る気力すら今はない。

 変な反応を返して余計に遊ばれても嫌だ。


 そんな私に教皇様はふむ、と何かを考えるそぶりを見せた。

 そして満面の笑みでこちらを見る。


「私が抱えて登りましょうか?」

「却下で」

「おや、残念。おもしろ……親切心なんですけどね」

「今、面白そうって言おうとしましたよね?」

「おやおや、なんのことだか」


 しらばっくれるつもりだ、この人。

 本当にたちが悪い。


「しかし困りました。このペースだと日が暮れてしまいそうですね。ここムルー山はシニフォスとキンディナスの境。境目は安定しにくいので、なるべく留まりたくはないのですが……」


 ため息混じりにそうつぶやかれた。


「シニフォス? キンディナス?」


「ええ。アルカディエ王国が魔物に侵攻されている話はしたでしょう? あの時、瘴気がとどまってしまった地域があると言ったのは覚えていますか?」


「え、っと。たしか結界を張るのが遅れた地域、でしたっけ」


「そうです。そのタイミングが遅れた場所ほど瘴気とのぶつかり合いで薄い結界しか張れていない。つまるところ危険、というわけですね。結界の強度によって4つの地域に区分されています」



 堅牢けんろうな結界を誇る中央――アスファリア


 その周りを囲み、中程度の結界でおおわれた――シニフォス


 瘴気と常に拮抗きっこうし合う影響で弱い結界しか張れない――キンディナス


 人が住める場所でなくなった――ザハート




 そしてここムルー山はそんなシニフォスとキンディナスのさかいに位置する山らしい。


 つまり、危険度で言えばなかなか高い場所ということだ。


「しかもムルー山は警備の面でも重要なポジションです」

「超重要案件じゃないですかっ!!」


 思わず叫んでしまった。

 そんなことをポッと出の私に任せていいのか!?




「……なんだ。そんなことも知らずに来ていたのか」


 ぽつりとこぼされた声は第二王子のものだった。

 振り返ると無表情の第二王子と目が合う。


 何を考えているか分からない表情からは、私をけなしているような感じはしないけれど……。



「聞き捨てなりませんね。聖女様はまだこの国に慣れていないので当然です」


 ”聖女”を貶されたと思った教皇様は静かに威嚇いかくをし始める。

 辺りに黒いオーラが出ている気がした。


 腹黒が表に出てきているけど、大丈夫そ?



 それでも第二王子の表情は動かない。

 むしろより固くなってしまったような気さえした。


 空気がピリッと張り詰める。

 まさに一触即発いっしょくそくはつ


「ま、まあまあ! 私、知らないことが多いので、教えてくれると助かります!! ね! ねっ!!」


 耐えきれなくなった私は両者の間に割って入った。


 勘弁かんべんしてほしい。

 怖いから!


 ふいっと二人とも顔を反らしたことで何とか収拾をつけられた。

 本当に前途多難たなんだ。




「っ!」


 ひそかに息を吐き出したとき、風と共にゾクリと肌が粟立つ感覚がして顔をあげる。


 私だけが感じたわけではないようで、その場にいた全員が顔を上げていた。



 木々のスキマから、赤黒いモヤが立ち上りだしているのが見えた。

 あの方角は……。


「……すこし急いだほうがよさそうですね」


 後ろにいた教皇様も山を睨み苦々しくつぶやく。



 教皇様が言うには、キンディナス側の結界が揺らいでいるらしい。


 いつも飄々ひょうひょうとしている彼にしては珍しい険しい表情に、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……行きましょう」


 先ほどまで普通の山に見えていた場所が、今は少しだけ暗くかげったように見えた。



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