2章 聖女と王家

第11話 ムルー山


「ここだ」

「……はぁ」


 目の前を歩く彼が指し示す場所は、高くそびえる山。


 まじですか。

 今からこれを登るんですか。


 考えるだけで頭が痛い。


「ほ、本当にこれ……登るんですか?」

「当然だ。そのためにきたのだろう」

「それは……そうなんですけど」


 王都から北に馬車で3時間。


 ここムルー山は、国が保有する山の中では標高ひょうこうの高い山らしい。



(せめてもう少し軽い山だったらなぁ)


 前世でも山登りなんてしたことのない私ではきついだろう。


 それに憂鬱ゆううつの種は山だけではない。

 ちらりと隣を見た。



 緋色ひいろの短髪にエメラルドのように透き通った瞳。

 ツリ目がちで騎士風の服に身を包んだ彼は、レナセルト・トゥル・アルカディエ。


 このアルカディエ王国の第二王子だ。


 ただ、王子と言われて想像する様な優男やさおとこではない。


 どちらかと言えば無口で怖い……という印象だ。


(……無表情だから余計にそう感じるのかも……)


 人のことを言えた義理ぎりではないが、彼もコミュニケーションが得意なようには見えない。


 馬車に乗っている間も基本的に必要なこと以外をしゃべらなかったし。



 つまり空気が持たない。絶対にだ。



 そして反対側には。

 教皇様と護衛の騎士たちがいそいそと装備を整えていた。


 剣や杖、盾に本。

 その他もろもろ。


 完全に戦闘を意識した装備だ。



「いいですか。何が起るか分かりません。心してかかりなさい!」

「「「はっ!」」」


 何ならそんな号令まで掛けられる始末しまつ

 物々ものものしくて近寄りたくない。


「……はあ」


 思わず何度目か分からないため息をついた。


(ただでさえ山登りなんて重労働しなきゃいけないのに、その先で浄化作業だなんて……!!)


 これがため息をつかずにやってられるかという話である。



 なんでこんなことになったか。

 それは少し前までさかのぼる。


 ◇



 意図せず浄化をなしたあの一件。

 あれ以降、聖女が現れたというウワサは思った以上に広まった。


 当然、国を治める人たちにも届くわけで……。



(あれよあれよという間に、王宮へと連れていかれちゃいました……)



 目の前には豪華ごうかな料理の数々が並んでいる。


 でも正直、食べる気がしない。


 普通に緊張もあるけれど、それ以上に……。



「国王陛下におかれましては相変わらずのお食事で」

「普段質素しっそなものを食べている貴殿きでんには重たすぎたか?」

「ふふふ、御冗談ごじょうだんを」

「ははは」



(いや、怖いわ!!)


 この空気に耐えられない。

 背後に絶対零度れいどのエフェクトが見える。



 声の主は国王陛下と教皇聖下、ご本人。

 お互いにこやかに微笑ほほえんでいるけれど、空気がとげとげしすぎだ。


 サボテンでももうちょっとマイルドなとげだろうと思う。


(仲悪すぎでしょう!?)


 残念ながら、絶妙な皮肉ひにく合戦がっせんを繰り広げる二人に挟まれて食事を楽しめる程図太ずぶとくない。


 冷や汗をかきながらものを口に詰めるしかなかった。



(対立しているとは聞いていたけどさ……)


 まさか、ここまでとは思わないじゃない。

 こんな空気になるとか、思わないじゃない。


 はあ、と息を吐きだした。


 なんでこんなにも仲が悪いのだっけ。



(ええと、確か。魔物の侵攻後の対応のせい、だっけ)


 神殿も、王家も。

 魔物の侵攻を防ぐことができなかった。

 さらに、聖女を見つけることもできなかった。



 甚大じんだいな被害を出した20年前、その責任の在処ありかをお互いに押し付け合ったのが始まりらしい。


 そこからはもう泥沼どろぬま


 侵略から20年も経っているのに、いまだに仲が悪いままだ。


(もうちょっとさ、こう、協力しようとかないわけ?)


 少なくとも国という単位で見たら身内同士な訳だし。

 バラバラに行動するよりも連携れんけいした方が何かと都合つごうがよいと思うのだが……。


 ……まあ、そう思っていてもこの状況で口にできるわけないけれども。


「まあいい。それで? 教皇が入れ替わって早6年。ここにきて聖女殿が降臨こうりんなされたと?」

「ええ、その通りです」


「それを信じよ、と?」

「信じろも何も、事実ですから。私は彼女の浄化の力をこの目で見ているので」



 相変わらずバチバチと火花を散らす二人から目を反らす。


 現実逃避とうひだ。

 現実逃避をしよう。


 ちなみに。

 不仲の発端ほったんを生み出した教皇は、現教皇様ではない。



 現教皇、セイラス様は膨大ぼうだいな神力を宿し、僅か18歳で教皇の座についた。


 そしてその時、責任を押し付け合っていた前教皇とその一派いっぱを追い出したらしい。


 ようするに、国王と敵対しだした人はもういないというわけなのだが……。



 ちらりと隣を見る。


 いつもの落ち着いた彼からは想像もできないほどの敵意を感じた。


(どうにもこの人、国王のこと嫌っているっぽいんだよねぇ)


 何があったのか、私には分からないけれど。


(……。はあ)


 私は仕方がなく彼の横腹よこばらをつついた。

 小さな声でこっそりと耳打ちする。


「関係を修復したいんじゃなかったんですか?」


 びくりと震えた彼は、少し気まずそうに目を反らすと小さくうなづいた。


 どうやら目的を思い出してくれたようだ。

 ひとつ咳払せきばらいをすると、口を開いた。


「それはそうと。……魔物が現れ、こうして聖女様も降臨なされた。全て伝説通りです。ならば王家も神殿も協力していかなければいけないと思いますが、いかがですか?」


「ふむ……。それはそうさな」


 伝説では神殿が守り、王家が攻撃を担い、魔物と戦ったらしい。



 守護だけでは勝ちはなく、ジリ貧。


 逆に攻撃しようにも魔物には瘴気という毒がある。守護の力がなければそもそも戦う土俵にすら立てない。


 お互いに協力して欠点を補い戦うしかないのだ。 


 つまり両陣営じんえいの協力がなければこの危機を乗り越えられない可能性が高い、ということ。


 それは国王も分かっているようだ。


 国王は金色のヒゲをなでながら考え込んでいる。


「聖女殿はどう思うかね」

「え?」

「我ら王家のみでは危機は乗り切れぬと思うか?」

「それは……」


 正直に言えばものすごくそう、としか言いようがない。


 だって神殿の結界がなければ既に滅亡めつぼうしていてもおかしくないわけで。

 ただ正直にそれを言ってもいいものか。



「ははは! よいよい! 聖女殿は随分ずいぶんと素直なようだ」


 言葉につまっていると、国王は笑い出した。


「そうさな。我も分かっておるさ。聖女なしには魔物や瘴気はなくならない。神殿がなくば、民の安寧あんねいはあり得ぬと。だから聖女が王族と神殿の協力が必要というのなら考えなくもない」


 笑みを引っ込めた国王陛下は鋭い目線で私を見た。


「だが、なあ。我々は今まで何度も聖女だと名乗る者たちに会ってきた。しかしな、結果は全て偽物だった。……分かるかな。神殿が連れてきたからと言って手放しで聖女と信じることは出来ぬのだよ」



 今まで何度も「金色の目を持った女性」が聖女をかたったらしい。

 そのため、聖女を名乗るものを警戒しているのだとか。


 とはいえ、真相しんそう

 「欲を出した貴族たち」が「さらわれた少女」を買い取って聖女に仕立てあげた

 なのだろうけれど。


(その子たちは被害者じゃないの……)


 被害者であろう子たちが悪いといっているようで気分が悪い。

 国王も実態は分かっているはずだけど……。


 しかも自分たちの打ち出した政策の被害者。

 素直に認められないのか、何なのか……。


(まあ政治的問題もあるんでしょうけど……。それでも、ねえ)



 ちらりと国王を見る。


 少なくとも国王は、自分に非があるとは思っていなさそうだ。

 今も、私が本物かどうかを疑っているという視線を送ってきていた。


 まあ、こんな状態で敵対している神殿側が聖女を立ててきたのだから、“王家とのバランスを崩そうとしているのではないか“と疑っても不思議はないけれど。


「だから、そなたが本物の聖女だと証明してくれたなら、我ら王家も協力しよう」

「証明……どうやったら認めてくれるんですか?」


「そうだな。王都の北に、ムルー山という山がある。そこに最近、瘴気しょうきただよっているという情報が入って来てな。それを浄化してきてはくれまいか」


「……瘴気?」

「うむ。今朝方、巡回中の警備兵から得た情報なのでな。まだ確かではないが」



 教皇様のいぶかしげな声が響いた。

 引っかかることがあるのだろうか。


「して、どうする聖女殿」


 思考をさえぎるように国王が問いかける。

 私は――。


「分かりました。浄化、行きます」


 これで聖女と認められれば金目政策も終わらせられる。

 それに王家と神殿の協力関係も一応結べるはずだ。


 意図して浄化ができるかどうかは分からない。

 でも、ここは何が何でも頑張るしかないのだ。



 こうして私たちはムルー山へと行くことになったのだった。


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