3-30.六歳児の暴挙

 森の中の整備された街道を二頭の馬が駆け抜ける。


 と、不意に前方を走っていたセンチュリーのスピードが落ちてくる。

 そして止まった。


「若様、ここになります」

「そうか」


 目の前には、分かれ道。

 真新しい道標が立っていた。


「道標が老朽化で倒れてしまっていて、本来は右の道だったのを、間違えて左の旧道に進んでしまいました」

「歩いたのか?」

「いえ。馬です。新しい街道ができたので、こちらの旧道は使用されなくなったようで、道が途切れている箇所もありました」

「そうか。それで迷ってしまったのだな。レーシア、疲れていないか?」


 ライース兄様たちは疲れていないのだろう。

 ローマンとセンチュリーも元気そうだ。というか、まだ走り足りませんとでもいいたげに、脚を踏み鳴らしている。

 あたしが「疲れた」と言えば休憩をとるのだろう。


「ライース兄様、あたしは大丈夫です! 眠くもありません!」


 あたしの元気満々な返事に「普通は眠くなるはずなのだが」と苦笑するライース兄様。

 夜に秘密のトレーニングとマル秘ノートを作成しているあたしは、まだ大丈夫だ。起きている時間です。


「では、それぞれ明かりを用意して、慎重に進んでいこう」

「わかりました。用意します」


 帯で固定されているあたしたちにかわって、カルティが荷物の中から魔道具の携帯ランプをふたつとりだす。


「あ! ライース兄様!」

「どうした? レーシア?」

「あたし、メイキュウコウリャクのアイテムをじさんしました!」

「めいきゅうこうりゃくのあいてむ?」


 ライース兄様とカルティは顔を見合わせ、首をかしげる。


 若いライース兄様と幼いカルティ!


 はふぅ! ふたりの間に、見えない強固な絆が見えたような気がする。


 あたしはポシェットの中をがさごそとひっかきまわす。


 ハンカチにティッシュ。


 そして……。


「じゃじゃじゃじゃーん! くらくてもピカピカ光るヌノキレです!」


 前世の感覚でいうところの、三十センチ定規くらいの幅、長さに切った布の束をむずっと掴み上げる。


「……レーシア?」


 あたしは振り返ってライース兄様を……身体が動かないので、頭を後ろに倒して、ライース兄様を見上げる。


 ライース兄様の顔が固まっている。


「この、くらくなると光るヌノキレを、ワカレミチとなる場所の木のエダにくくりつけて、メジルシにするのです!」

「なんだと……」


 カルティがあたしを驚きの眼差しで見ているよ。

 なにもできない六歳児と思っていたんだろうけど、違うからね!


「ライース兄様! これをメジルシにしておけば、いちどとおった道がわかります。ヌノをたどれば、帰りはまよわずにもどれます」

「レーシア……」

「はい?」


 感動のあまりライース兄様がプルプルと震えている。


「その布……どこで、その布を……その布の元の形は覚えているか? 」


 魔道具の明かりがライース兄様を不気味に照らしている。


「はい。あたしの衣裳部屋でみつけました。まっくらなのに、イッチャクだけ、ピカピカと光っているドレスがあったのです!」


 前世でいうところの、蓄光布で作ったドレスなのだろう。

 これを着て夜道を歩いたら、めっちゃ安全そうだ。


 まあ、光加減は、蓄光布よりもとても上品で、ケバケバしたものではなかったが、蓄光布よりもキラキラと星屑のように光り輝いている。

 エレクトリカルパレードの衣裳のようだった。


 あたしはそのドレスをハサミで切り刻んだのだ。


「れ、れ、レーシア、あのドレスはだな……」

「はい?」

「レーシアのお披露目会のときに着るようにと、王都の父上がわざわざ手配したものだ」

「そうだったのですね。でも、ドレスはまだたくさんありますよ?」

「バカ! あのドレスは、カッシミーヤ国産の貴重な布で作ったドレスだ! 一着の値段がどれだけすると思っているんだ!」


 ライース兄様の反応に、カルティが一歩、二歩と後退していく。


「え? かっしみーやこく?」

「そうだ。カッシミーヤ国産の夜光石を砕いて糸に混ぜこみ、織りあげた貴重な布だ! 平均的な平民の一家の生活費百年分相当のドレスだぞ!」

「え? ええええっ!」

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