3-29.逃げのカルティ
馬の背に荷物を載せ、厩の外に出ると、ふたりは外套を羽織る。
「お嬢様、わたしが以前に着用していたもので申し訳ないのですが、こちらをお召しください」
「えっと……」
カルティが子ども用の外套を手に持っていた。
状況がわからずぽかんとしているあたしに、ライース兄様が外套をかける。
外套の紐をしっかりと結ぶと、あたしの顔を覗き込む。
「いいか? 勝手な行動はするなよ?」
「あの……ライース兄様?」
「これからわたしはカルティと青い『バーニラーヌ』の花を探しにいく。わたしとの約束を守ることができるのなら、一緒につれていってやる」
「ホントウですか?」
「ああ。鞍なしのミリガンに乗って追いかけられても困るからな。勝手な行動はするんじゃないぞ?」
ライース兄様……鋭すぎる。
「しません! カッテナこうどうはしません!」
こうして、あたしたち三人は、青い『バーニラーヌ』の花を求めて屋敷を抜けだしたのであった。
****
夜道をローマンとセンチュリーが走る。
先に行くのはセンチュリーにまたがったカルティだ。
その後をライース兄様が追いかける。
整備された街道をけっこうなスピードで駆け抜ける。
道に迷ったカルティは、青い花が咲いていた泉のそばで野宿したという。
朝に目覚めてみたら、たくさん咲いていた青い花は全てしおれてしまっていたと、あたしとライース兄様に説明した。
カルティはあくまでも『青い花』と言い、青い『バーニラーヌ』の花とは絶対に言わなかった。
もし、違う花だった場合の処世術だ。
さすが、逃げのカルティだ。
出立前のライース兄様とカルティの会話を思い出す。
馬の準備を終えると、あたしが拝借していた宝の地図っぽい地図でライース兄様はカルティにおおよその道順を確認しはじめた。その時の会話である。
「カルティ、朝には全ての花がしおれてしまっていたのだな?」
「はい。夜に見たときは、一面に咲いていたのに、目が覚めたら一輪も咲いていませんでした。まるで、夢をみていたかのようでした」
「夜にだけ咲く花か……。一日で散る花であるのなら、急いだ方がよいかもしれないな」
「わかりました」
「ところで、墓参りに行ったのは去年のいつ頃だ?」
(あ、開花時期か)
「八月の中頃です」
「そうか。八月か。少し、時期がずれているな……」
そうです。
色々と時期がずれています。
本編ではないとはいえ、この微妙なズレは無視してよいものなのだろうか。
とはいっても、あたしにはどうすることもできない。
ゲームの内容を思い出せたら、それを参考にしつつ、臨機応変に対応していくしかないだろう。
カルティが道を覚えていますように。
青い『バーニラーヌ』の花がちゃんと咲いていますように。
花を持ち帰るまでお祖母様の容体が悪化しませんように。
この世界の『おばあちゃん』にはまだ生きていて欲しい。
ローマンに乗せてもらっているあたしには今のところ祈ることくらいしかできない。
馬に乗ったときに、あたしはライース兄様に帯でお互いの身体を縛られてしまった。
道中、あたしが眠って手綱を離し、落下しても大丈夫なように、お互いを縛っているわけだ。
いわゆる命綱的なものかな?
綱ではなく、綺麗で高そうな帯だったけど。
いつも以上にライース兄様との隙間がなくなって心臓が暴れているが、こうしないと連れて行ってくれないとなると、我慢するしかない。
これだけ揺れていたら寝ないとは思うけど、数時間もの乗馬はまだ未体験だ。
疲れて手綱を離してしまうことだってありえる。
ホント、ライース兄様って心配性なんだから困るなあ。
馬に乗ること数時間。
あたしは眠ることもなければ、手綱を放して落馬することもなかった。
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