3-31.六歳児のやらかし

 あたしは驚いて、手に握っている布片を見つめる。

 当たり前だが、修復不可能なくらいにズタズタになっている。


 あたしのイメージでは三十センチ長さに用意したリボンだと思っていたのだが、六歳児の加工品は……ちょっと胸がえぐれてしまいそうなほどズタボロな布片となっている。

 リボンなのか、布をちぎったのか微妙な形のものもある。


 布を裁断するんじゃなくて、ドレスを分解して切り刻むのだから、ちょっと難易度が高かったのだ。

 そういうことにしておこう。


 六歳児ゆえのクオリティだと思いたい。

 決して、壊滅的なぶきっちょキャラではないことを祈ろう。


「レーシア! 装飾は? 胸と首回りと腰回りに輝石が使われていただろ? あれはどうした?」

「ゴミばこにすてました!」


 あたしは、ちゃんとお片付けもできるのですよ?


「なにい! 捨てただとおっ!」


 この世の終わりのような顔をするライース兄様。

 逃げのカルティがセンチュリーの陰に回り込み、あたしたちの視界から消える。


「あの石は小粒だが、最上級のデルディアモンドが使われているんだ! 一粒が、爺やの三か月分の給料だ!」

「…………?」


 デルディアモンド? もしかして、あのスパンコールみたいな、ちっこい光る粒のことだろうか。

 爺やの三か月分の給料と言われても、いまひとつピンとこない。


 ちょっと、ちょっと! そんな高価なモノを成長期の子どものドレスに使うかな!


 あの暗い衣裳部屋で、自己主張の激しかった光り輝くカワイイドレスを思い出す。


 そういえば、あのドレス……の、もうちょっとオトナっぽいデザインをゲームで見たような?


「あああああっ!」

「ようやく、自分のしでかしたことが理解できたかっ! 令嬢が己のお披露目のときに着用するドレスを切り刻むとは、前代未聞だ! わたしは父上たちに……叔父上たちにどう説明したらよいのだ! これは誤魔化せないぞ」


 ライース兄様の説教は耳に入ってこない。


 カッシミーヤ国産の光り輝く夜会用のドレス。


 そう、それは、第一部のエンディングで、ライース兄様からヒロインに贈られるドレスだ。

 そのドレスをまとって、ライース兄様とヒロインは王宮の庭でダンスを踊るのだが……。

 そうか、そんなに高価なドレスだったんだ。


 ライース兄様は天を仰いだ後、あたしの手からカッシミーヤ国産の光り輝く布を奪い取る。


「布はこれだけか?」

「いえ。ポシェットの中にまだたくさんはいっています」


 あたしはピンクのポシェットをパンパンと軽く叩く。


「裁断してしまったものは仕方がない……」


 とか言いつつ、ライース兄様の声は震えている。


「カルティ!」

「はいっ!」

「急げ! 急いで、青い『バーニラーヌ』の花が咲いている場所に向かうぞ」

「いえ、若様、わたしが見たのは青い花であって、あれが本当に青い『バーニラーヌ』の花かどうかは……」

「カルティが言いたいことはわかっているから安心しろ。とにかく、それも含めて確認しに行くのだ。さっさと用事を片づけて、一刻も早く屋敷に戻り、ゴミ箱の中から一粒でも多くのデルディアモンドを回収するぞ!」

「え? あ? はい。わかりました」


 ライース兄様! 目的がすり替わってませんか?

 しかも、顔がめちゃくちゃ必死です。


 カルティが急いでセンチュリーに飛び乗り、左の旧道に進む。


 しばらく進むと、道の幅がどんどん狭くなり、路面が荒れてくる。

 利用する者が少ないのだろう。道は草が生えていたり、腐りかけた木が倒れていて、行く手をふさいでいたりする。

 さらに、うっそうと茂る木が、月明りを遮り、遠くまで見通すことができない。

 歩みがどうしても遅くなる。


 カルティとあたしがそれぞれ魔道具の携帯ランプを持ち、ライース兄様が布を枝に結んでいく。


 今にも途切れてしまいそうな道を馬が進む。暗い中、森が迫ってくるようだった。


 用意した布の残りが少なくなってきた頃、ローマンとセンチュリーが急にそわそわしはじめた。


 耳をピクピクさせ、鼻をすんすん言わせている。気のせいか、歩みが少し早くなったようだ。


 馬たちはずんずんと進んでいき、藪の中へと入っていく。


「おい! センチュリー! そっちはだめだ」

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