3-19.凍える森の眠り姫
あたしが今、必死になって探している棚には、ライース兄様があたしのために本邸からとりよせた絵本がぎっしりと詰まっている。
この世界の文字はミミズがうごめいているような文字だが、ローマ字のヘボン式表記とばっちり重なったので、頭脳がトータル三十路前のあたしは、苦労せずに読むことができる。
伝承か創作かはわからないが、絵本よりも、もっとこの世界の背景などがわかる実用的な本を読みたかったのだが……。
ライース兄様のチョイスは絵本だった。
絵本も薄い本には違いないが、私が求める薄い本ではなかった。
しかし! 穏やかな転生ライフを満喫するための偽装工作も必要である。
あたしは「つまらない」と思いながらも、ライース兄様と絵本についての会話にも滞り無く対応できるよう、ひととおり目を通していた。
その中の1冊をあたしは探す。
「あった! これよ!」
お目当ての本が見つかり、急いで棚からひっぱりだす。
表紙にはミミズ文字で『凍える森の眠り姫』とある。
ちょっと、切り絵風なタッチの、太い線で描かれた絵本だが……大丈夫だろうか?
この絵本は……ヒロインが大好きだった話だ。
避暑地は生憎の雨となり、外出できなかった日。
時間つぶしで書庫の本を眺めていたヒロインが、本棚からその絵本を見つけ、懐かしむ……というストーリーだ。
そして、それは……氷結晶病に倒れたライース兄様の異母妹――あたしの異母姉――を救うヒントとなるのだ。
ちなみに、雨の日に『書庫で読書』ではなく『サロンで会話を楽しむ』を選択していたら……ライース兄様の異母妹は氷結晶病で死んでしまう。
そして、妹の死に自暴自棄になったライース兄様も自殺してしまう……という、わけのわからないバッドエンドとなる。
いくら、弟や妹を大事に想っていたという設定だったとしても、ちょっとそれは強引すぎると思う。
が、ゲーム中のライース兄様は、弟や妹が死ぬと、すぐに病んでしまって、後追い自殺をするのでとても困った。
とにかく、このイベントは中盤の山場として運営も力を入れていた。
とにかく、分岐点だらけで、あっという間に『巻き戻しの砂時計』を消費してしまう。
今までは『巻き戻しの砂時計』をひとつ消費するだけで、間違った分岐点にまで戻れていた。
しかし、このイベント以降、間違ったルートを選んだ後にもダミーの分岐点が続くようになった。
そして、バッドエンドになると、間違い分岐点から再プレイするには、ダミーの分岐点の数も含めた個数の『巻き戻しの砂時計』が必要となったのである。
ログインボーナスやフレンドギフトで『巻き戻しの砂時計』をばらまきすぎた結果、『巻き戻しの砂時計』のインフレ現象が発生したのだ。
分岐点が多すぎて、自力クリアとなると、かなりの数の『巻き戻しの砂時計』を必要とする。
今まで自力でプレイしていたユーザーも、この頃から攻略サイトにアクセスしたり、掲示板に質問してゲームをすすめるようになる。
鬼畜イベントのはじまりともいえるイベントだ。
あたしも豆吉さんの攻略サイトにはお世話になったし、ヘビーユーザーさんたちと情報提供の交流が始まったのも、このイベントあたりからだったと思う。
豆吉さんの攻略サイトが充実しはじめたのも、このイベントがきっかけだ。
まあ、そのぶん、イベントをクリアしたら、そのキャラとの親密度はとてつもなく高くなり、この先の攻略がとても楽になるのだが……。
って、またどうでもよいことをたくさん思い出してしまった。
あたしの記憶、どうなっちゃってるの!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます