3-20.魔術師のことば

 あたしはドキドキしながら、『凍える森の眠り姫』の表紙をめくる。




 『凍える森の眠り姫』


 森の奥の古城に、ひとりの美しい姫が眠り続けていた。

 姫の身体は氷のようにカチコチに固まっていて、何十年、何百年と眠り続けていた。


 ある日、森の奥に迷い込んだ王子様が古城を発見し、眠り続ける姫を見つける。

 王子様はおつきの魔術師に命じて、回復魔法を唱えさせるが、姫は眠り続けたままだった。


 魔術師は王子様に語る


「この姫様はまるで氷のように冷たい。結晶のようにかたくなってしまっております。この氷を溶かし、結晶を砕くには、遠き地に咲く、奇跡の花の蜜を飲ませるとよいでしょう……」


 魔術師の言葉を信じた王子様は、奇跡の花を探す旅にでかけ、花を手に入れる。

 そして、花の蜜を眠り続ける姫に捧げると、姫は長き眠りから目覚め、姫は王子と共に末永く幸せに暮らしました……。




「これだ! この花! この青い花だ! デイラル先生――!」


 あたしは絵本を抱え――今度はちゃんと書庫の扉を開けることができ――部屋を飛びだした。


「お、お嬢様!」


 カルティのあたしを呼ぶ声が聞こえたが無視だ。

 階段を駆けのぼり、お祖母様の部屋へとあたしは向かう。


 そう、ヒロインは、この絵本の内容を思い出し、医者に絵本を見せるのだ。


 絵本はあくまでも作り物の物語り。

 だけど、昔の伝承を物語りにアレンジしたものだってある。


 眠り姫の症状と、氷結晶病の症状はとてもよく似ている。

 だったら、魔術師の語る『奇跡の花の蜜』が氷結晶病の治療薬になるかもしれない。


 とヒロインは推理したのだ。


 医者は絵本に描かれていた花の絵を見て、この花がなんの花なのかを言い当てる。


 花の名前がわかれば、ライース兄様がその花の生息地を知っており、ヒロインと一緒に花を探しに行って……そこで親密度がドッカ――ン、と、アップするラブラブイベントが発生するのだ。


 あ、もちろん、ライース兄様の異母妹は、そのバなんとかっていう花の蜜で回復する。

 きっと、お祖母様もそのバなんとかの蜜を飲めば、氷結晶病も治るはずだ。


 まずは、デイラル先生に絵本だ!


 ちょっと息が苦しくなるが、あたしはがんばって走る。

 カルティがあたしの後を追ってくる。


「お嬢様、お部屋にお戻りください。お部屋に戻りましょう。この先は、大奥様のお部屋です! 怒られますよ!」

「ウルサイ! お祖母様がたいへんなの!」


 あたしを追い抜いて前に回り込んだカルティは、両手を広げてたちふさがる。

 カルティはあたしよりふたつ年上だ。

 この年齢差は地味に痛い。

 難攻不落の壁のように、あたしの目の前でとうせんぼしている。


「カルティ! じゃまです!」

「お嬢様、お部屋に戻りましょう。皆様の邪魔になります」

「いやです。この絵本をデイラル先生にみてもらうのです」

「お嬢様! 落ち着いてください」

「どきなさい!」


 お祖母様の部屋は目と鼻の先なのに、カルティが邪魔をして先に進めない。


 カルティとしたら、私に掴みかかってでもこの場から退散したいのだろうけど、使用人の身分では、あたしに触れることにためらいがあるようだ。


 ふたりして廊下で言い争っていると、お祖母様の部屋の扉が開いた。


「うるさいぞ。なにごとだ!」

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