3-14.デイラル先生の診断
ホールにある時計の鐘の音が聞こえた。
時刻は夕方……6時だ。
デイラル先生がカルティと共に、別荘に駆け込んでからそろそろ1時間以上がすぎようとしている。
あたしとライース兄様、そしてカルティは、応接室でデイラル先生の診察が終わるのを待っていた。
カルティが冷めてしまった紅茶を淹れなおしてくれたが、あたしもライース兄様も紅茶には手をつけず、ただソファに座って待ち続ける。
紅茶の他にも小さめのサイズのサンドウィッチやビスケットパンなどが添えられていたが、手つかずのままだ。
一度、爺やが夕食はどうするのかと尋ねてきたが、ライース兄様はデイラル先生の診察が終わってからと追い返していた。
じりじりとした時間が過ぎていき……あたしのお腹が「くぅ……」という情けない音をだしたとき、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
応接室の扉が開き、爺やに案内されてデイラル先生が応接室に入ってくる。
「デイラル先生! お祖母様の容態は……」
カルティが用意した紅茶を一口飲み終わったデイラル先生に、ライース兄様が質問する。
デイラル先生は眉根を寄せ、もう一口、紅茶を飲むと、カップをソーサーの上に戻した。
「サディリア様ですが……」
と言いかけて、デイラル先生はあたしの方にちらりと視線を向ける。
爺やとカルティが退出しようと動きをみせたが、ライース兄様は右手を挙げてふたりを止める。
「かまわない。続けてくれ」
使用人やちっこい子どものあたしは追い出されるのかと思ったけど、同席が許された。
それは……どういうことだろうか。
応接室に重々しい空気が漂う。
「大変申し上げにくいことではありますが……ジェルバ様には急ぎお戻りいただくよう、お伝え下さい。それまでサディリア様のお気力が保つことを祈ることしか……わたくしにはできません」
「…………!」
いつもの「ふぉっ、ふぉっ」笑いもなく、鎮痛な顔でデイラル先生は口を閉じる。
「どういう意味だ? 治療は?」
「申し訳ございません。もう、医師の力の及ばぬ場所に、サディリア様はいらっしゃいます。あとは、皆様、サディリア様の天高き場所への旅出が穏やかなものとなるよう、お心をお尽くしください」
小さな悲鳴が聞こえた。
カルティのものだろう。
爺やは大きく目を見開き、硬直している。
「天高き場所……。そんな……お祖母様は……助からないというのか? さきほどまで気持ちもしっかりしておられ、元気でいらして……」
ライース兄様は言葉を失い、両手で顔を覆う。
あたしたちの前では元気そうにふるまっていたお祖母様だけど、実際はそうじゃなかったのだろうか。
爺やが異様なほどに健康体だというだけで、お祖母様の年齢にもなれば、体力の衰えや、具合の悪いところなどがわんさかでてくるものだ。
同世代っぽいデイラル先生だって、腰が痛いだの、目がかすんで字を読むのが辛くなっただの、疲れやすくなって往診がしんどいだのとぼやいていた。
若くして夫を亡くした後、お祖母様はアドルミデーラ家の女帝と云われるようになるほど、女性の身でありながら領地を見事に治め、一族の頂点に立って采配を振るったという。
女領主が認められていないわけではない。が、今でも女領主は珍しい。
でもそれよりもずっと、ずっと昔のお祖母様の現役時代ともなると、周囲の反発もあってさらに大変だったらしい……とライース兄様が話していた。
平気そうに振る舞っていても、相当な気
苦労、いわゆるプレッシャーやストレスがあり、それがお祖母様の寿命を縮めることになった。と考えてもおかしくはない。
だけど……。
それでもやっぱり……。
「お祖母様は……天命が尽きようとしているのか? それとも……ご病気かなにかか?」
「サディリア様のご容態から推察するに……」
デイラル先生はとても言いにくそうに顔を伏せるが、ライース兄様に促されてしぶしぶと口を開く。
「おそらく、氷結晶病かと思われます」
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