3-15.お祖母様の病気
「ヒョウケッショウビョウ?」
「ひょうけっしょうびょう!」
あたしとライース兄様は同時に叫ぶ。
聞き慣れない病名に、ライース兄様は不思議そうに首を傾げるが、『キミツバ』ユーザーだったあたしには『氷結晶病』は馴染みのある病名だ。
ヒョウケッショウビョウ……という響きがあたしの記憶の奥底を揺さぶり、ゆっくりと、鮮やかに情報が浮上してくる。
「……ヒョウケッショウビョウとは、どういう病なのだ?」
ライース兄様の質問に、デイラル先生はずれかけたモノクルをかけなおす。
「氷結晶病は、体内の熱を失い、肌の色を失い、冷たく結晶のように固まっていく病でございます。手先、足先から硬化がはじまり、徐々に心の臓に向かって、その症状は進行していきます」
「固まる?」
あたしは黙ってふたりの会話を聞く。
いや、驚きすぎて言葉がでない。
「はい。まず、手先、指先の感覚がなくなり、動かなくなります。動かなくなると、まるで、石のように……硬く固まってしまうのです。そして、腕があがらなくなり、足も動かすことができなくなります。そのうち瞼も開かなくなり、口も開くことができなくなります」
「なんだと!」
そうなのだ。
口が開かなくなるということは、食事ができなくなる……。
そして……最後には……。
「結晶化は五臓六腑、体内にまで及びます」
そう。氷結晶病は心臓までもが固まって、動が止まってしまう怖い病気なのだ。
あたしは、この会話を知っている。
時間とメンバーは違うが、この会話は本編のイベントにあった。ライース兄様攻略イベントでなされた会話だ。
そうそう。
避暑イベントだ。
ゲームの中盤頃、キャラとの親密度を一気にあげる選択制ボーナスイベントが発生する。
親密度を上げたいと思うキャラをひとり選び、そのキャラと一緒に王都を離れ、避暑を兼ねた視察で、地方のどこかに出向くというイベントがあるのだ。
キャラだけ違って同じイベントが発生するのではなく、キャラごとに違うイベントが用意されていた。
全攻略キャラのイベントをプレイしたい場合は、色々とやり方はあったが、結局は課金なしではプレイできないイベントだ。
ライース兄様のイベントを選択した場合、ライース兄様とその兄弟たちと一緒に、気分転換もかねてアドルミデーラ領にでかけましょう……ということになる。
別荘の避暑地――つまりこの屋敷――で、ライース兄様とラブラブなイベントが発生するのだ。
で、その最後に、一緒にいたライース兄様の異母妹(あたしじゃないよ。あたしの異母姉だよ)が、この氷結晶病にかかってしまうのだ。
……そういえば、手作りノートにもそのイベントはざっくりとメモしていた。
数年先のイベントなので油断していたよ。
なんということでしょう。
今はまだ本編が始まる前だというのに、本編そのままのセリフが、ヒロイン不在のままどんどん再生されていく。
しかも、ライース兄様の声が若い。
会話の相手となったモブ医者は、デイラル先生だったのか。
デイラル先生の説明が終わり、全員が言葉を失う。
そう、ゲームのときもそうだった。
ライース兄様の顔色が悪い。真っ青だ。
ゲームのイベントのときにはいなかったカルティは、今にも泣きだしそうなくらい顔が歪んでいる。
爺やは目を真っ赤にさせて、正面を睨んでいる。
「その……。どれくらいの期間で、心の臓が結晶化するのだ?」
「発症してから数日のうちに……文献によりますと早くて3日。長かった者でも一週間ほどだとか……5日以内が多いそうです」
「長くても……一週間」
ライース兄様はソファに身を沈めると、呆然とした顔で天井を見上げた。
「治療は? 薬はないのか?」
「ございません」
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