2-38.姑息な攻略キャラ

「レーシア、どうだったか?」


 馬から降りたあたしに、ライース兄様は挑むような目線で見下ろす。


 お尻が痛い。

 足がガクガクする。

 筋肉痛で全身が痛い。


「じょーばとは、な、なかなか……すりりんぐなものだとわかりました。楽しかったです!」

「た……たのしかった?」

「はい! 楽しかったです! あたしも、はやく、ライース兄様やカル……」


 ブルンブルンとちぎれそうなくらいの勢いで首を左右に振っているカルティの姿が、ライース兄様の背後に見えた。


「……ら、ライース兄様のように、カッコよくおうまさんに乗れるようになりたいです!」

「カッコよく?」

「はい! おうまさんに乗っているライース兄様は、とても、とても、カッコよかったです!」


 ライース兄様の顔がぱっと輝き、嬉しそうな笑みを形作った。

 あたしの頭を思いっきりナデナデしながら、ライース兄様はさらに、質問する。


「怖くなかったのか?」


 この質問、今日で何回目だろうか。

 しつこい!


「ぜんぜん! へっちゃらです!」


 あたしは元気よく答える。ライース兄様の怒気とさっきの乗馬体験、どっちが怖いかなど、火を見るよりも明らかだろう。


 ライース兄様の方が怖いに決まっている!


「よいですか? ライース兄様! あしたから、じょーばのとっくんですよ!」

「あれだけのめにあっていながら、レーシアはまだ、馬に乗りたいのか?」

「とーぜんです!」


 呆れ果てているライース兄様に向かって、あたしは、思いっきり胸を張ってふんぞり返ってみせる。


「たのしみで、ドキドキしています!」


 筋肉痛がどうなるのか気になるが……今晩は入念にストレッチをしておこう。


 一刻も早く馬に乗れるようになりたい。


 あたしのやる気にみなぎった反応に、ライース兄様の顔から笑顔が消え、眉間に深い皺が刻まれる。


 そーかそーか。


 ライース兄様はあたしが乗馬体験で怖いおもいをして、あたしの方から馬に乗るのをあきらめさせようと狙っていたのか。


 攻略キャラのくせに姑息すぎる……。


 逆に燃えてきた!


 あたしの気迫に根負けしたのか、ライース兄様がそれはそれは長い溜め息を吐き出す。

 ライース兄様は肺活量もすごいのですね。


「わかった。では、明日から乗馬訓練をはじめようか。ローマンに子ども用の鞍を……」

「いえ。そこはミリガンでおねがいします! ライース兄様!」


 カルティが「やれやれ」と言いたげに肩をすくめ、ライース兄様は安堵の表情を浮かべた。


 ミリガンは、わざわざあたしのために用意してくれた――ちっさな馬だ。

 ちっさかろうが、馬は馬だ!


 ライース兄様は言わなかったが、ミリガンがこの避暑地に連れてこられるまでに、色々な人の力添えがあったに違いない。

 ここはやはり、ミリガンで練習した方がよいだろう。


 ワガママも度が過ぎたら、悪役令嬢になりかねない。


 決して……決して……ローマンに乗るのが怖いわけではないからね!



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