2-37.お兄様の大爆走

 ローマンとセンチュリーは砂煙をあげながら馬場をぐるりと二周する。

 きっと全力疾走だ。


 柵の外で、ぽかんと大口を開けたまま直立している厩番がちらりと見えた。


「若様! 若様! 待ってください!」


 と言いつつも、カルティはローマンとちゃっかり並走している。


「怖いか?」

「い――え! ぜんぜん!」


 西急アイランドの絶叫マシーンと比べたら、こんなもの、へのかっぱだ!

 新幹線の方がもっと速い!


「……わかった、だったら……」


 あたしを支えるライース兄様の体がぐっと前方に移動する。


 ヒヒーン。


 ローマンの鳴き声が馬場に響き、カルティの悲鳴が聞こえた。ローマンのスピードがさらにあがる。


(うそ! うそ! うそ! うそでしょっ!)


 あたしの乗馬イメージは「ぱっぱか、ぱっぱか」もしくは「ぱからん、ぱからん」だったが、これは「ドドドッ……」という地響きだ。


 振動で地味にお尻が痛い。

 振り落とされないようにという意識から、変に力が入ってしまって、脚がぷるぷるしてきた。


 ただ馬に跨っているだけなのに。

 フレーシア・アドルミデーラが虚弱すぎる!


 隠れて体幹と筋力アップのトレーニングをしておいてよかった……。

 そういえば、乗馬ダイエットという言葉もあるくらいだ。

 実際にひとりで馬に乗るには、かなりの体力と筋力を必要としそうだ。


(ら、ライース兄様!)


 そんなことを考えていると、眼前に柵がぐんぐんと迫ってくる。

 ローマンの疾走スピードは緩まない。


(嘘! ぶ、ぶつかるうっ!)


「はいやっ!」


 ライース兄様の掛け声とともに、ローマンがひらりと飛び上がる。


 ローマンは前方の柵を軽々と飛び越えていた。


(け、競馬じゃなくて、障害馬術ですかっ!)


 しかも、ローマンの速度は少しも緩まず、そのまま小道を駆け抜けていく。


(しかも、コースアウト!)


「わ、若様! お、お待ちください!」


 あたしも慌てたが、カルティはもっと驚いている。

 センチュリーもローマンを追って、柵を飛び越えたようである。


 気づけば、ライース兄様の隣に馬を近づけ並走していた。


 やるな! 八歳児!

 十六歳のライース兄様にぴたりとついてきている。


「若様、どちらに向かわれるおつもりですかっ!」

「ちょっとそこまで……ぐるりと一周……かな?」


 カ、カルティ……そこで絶句してないで、ライース兄様を止めて!


 ライース兄様も、計画的に行動してください!


「わかりました!」


 いやいや、カルティ! わからなくていいからさ! 激走しているライース兄様を止めて!


 センチュリーのスピードがゆっくりと落ちていき、ローマンの後ろへと下がっていく。


 ものすごい勢いで景色が後方に流れるなか、二頭分の疾走する蹄の音が聞こえる。


 ふたりともこの辺りの地理、地形は把握済みなので、馬が走りやすい道を全力疾走で駆け抜けていく。


 敷地内の散歩しかしたことがないあたしは、ここが敷地外である、ということしかわからない。

 どこを走っているのか、どこへ向かっているのか、全くの謎だ。


 途中、小川や木の根といった障害物が行く手を阻むが、ライース兄様もカルティも軽々と飛び越えていく。障害ですらない。


 馬に翼が生えているのではないかと思うくらい、軽々とだ!


 しかも、一向にスピードが衰えない。

 さほど馬には詳しくはないが、人間だって、全力疾走の場合、そんなに長い時間、走り続けることはできない。


 なのに、ローマンもセンチュリーも息切れしている気配が全くない。


 さすが、ご都合主義が横行している、リアル無視のゲーム世界!


 これぞファンタジー!


 なんと、ライース兄様は一時間も馬を走らせつづけ、別荘の馬場へと戻ったのである。

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