2-36.馬に初めて乗る六歳児

 ローマンともう一頭、栗毛の馬が馬小屋からだされる。ローマンの方がこう……凛々しい感じがするのだが、栗毛の馬もカッコイイ。ミリガンとは違う。

 栗毛の馬はセンチュリーという名前らしい。


 カルティと中年の厩番が鞍や手綱の準備をしてくれて、あっという間に乗馬の準備が整った。


 ローマンとセンチュリーという二頭の迫力ある美しい馬を前にして、あたしは言葉もなくただ棒立ちになる。


 こうして改めて外で見ると、馬って……大きい。

 イメージしていたよりも、脚が太く、がっしりとした体型をしているので、余計に迫力があった。


 馬に蹴られてどうこうというのがあるが、たしかに蹴られでもすれば、ちっこいあたしなら即、あの世に旅立ってしまうだろう。


 池で溺れて死亡が、馬に蹴られて死亡……ってことにはならないよね?

 一応、まだ夏だし。


 用心した方がいいだろう。

 あたしはさりげなく馬から距離をとる。


「怖いか?」


 ローマンとセンチュリーを交互に撫でながら、ライース兄様がからかうような口調で尋ねてくる。


「こ、怖くなんかありません! おうまさんが、ライース兄様みたいに、とっても、き、キレイなので、びっくりしただけです!」

「……キレイ?」

「真っ黒なおめめが、とても、きれいです!」


 そう。

 二頭ともとてもおとなしく、かしこそうな目をしている。つぶらな黒い瞳がとってもキュートだ。


 顔を真っ赤にさせて反論するあたしを、ライース兄様は軽く笑う。

 補助なしで軽々とローマンの背にまたがると、あたしにむかって手を差し伸べる。


 う、馬に乗るライース……か、かっこいい……。


 踏み台を使うが、それでもライース兄様の手に届かず、あたしは厩番に抱っこをしてもらって、ライース兄様の前に座る。

 視界がぐんと高くなり、今まで眺めていた風景が一気に変わった。


 二人乗り用の鞍にちょこんとおさまると、腕が前に回され、背後からライース兄様に抱きしめられる。


 こ、これは……大好きな彼と馬に乗るイベントが発生した!


 いかん!


 ぼーっとしてたらまた鼻血がでてしまう。

 そうなったら、乗馬訓練がなくなってしまう!


「レーシア? 大丈夫か?」

「あっ。はい。だいじょうぶです。とってもいいながめです!」

「…………」


 あたしに差し出された手綱っぽいものを握りしめる。

 六歳児の小さな手でも握りしめられるくらいの幅と太さだ。


 心臓がドキドキ煩いのは……今世ではじめて馬に乗るから……だよね?

 鞍の上でぴょんぴょん飛び跳ねると、コツンと軽く頭を叩かれた。

 全然、痛くない。


「馬が驚くだろ。大人しくするんだ」

「はい。ライース兄様! 早く! 早く! 出発しましょう!」


 このままじっとしてたら、心臓が爆発してしまいそうだ。

 ライース兄様ははしゃぎまくるあたしに溜息をもらすと、軽く足で馬の腹を蹴る。


 ローマンは小さく嘶くと……いきなり疾走しはじめる。


(え? ええええ????)


 風景がものすごい勢いで後方に流れていく。


「わ、若様! おまちくださ――いっ!」


 出遅れたカルティが慌てて馬を走らせる。


 ローマンは疾風のごとく、軽やかに馬場を駆け巡る。

 風圧がすごい。あたしは振り落とされないように綱をしっかり握りしめ、前方を睨む。


「怖いか?」

「いえ。全然、だい、だいじょうぶ……ですうう……っ!」


 耳元でライース兄様の声が聞こえた。

 あたしを前に載せながら、ライース兄様は巧みな手綱さばきでローマンを走らせる。

 背中が熱い。

 心臓がバックンバックンする。


 にしても……。


 容赦のない競馬なみのスピード(だと思う)に、あたしは焦る。


 こ、これは……「しゃべると舌をかみますよ」というシチュエーションではないだろうか。


 本日、馬に初めて乗る六歳児、領内で一番小さい馬を用意された六歳児に対する扱いではない。


 どう考えても間違っている!


 ライース兄様がガチだ!


 スピードだしすぎです!

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