2-19.オコチャマ思考
どうしたことか、あたしの体力の回復と共に、不味い薬がさらに不味くなっていく。
あたしはいつまでこの薬を飲めばいいの!
目覚めてから、朝、昼、晩……と、食後に毎回、欠かさずずっと飲み続けている。
あまりにもあたしが「まじゅい、まじゅい」と騒ぐので、ライース兄様がみかねてひとくち飲んでみたが、ひとくち、口に含んだところで、ライース兄様は口元を押さえて黙ってしまった。
眉間に深いシワを刻み、まるで、この世の終わりが来たような深刻そうな顔つきになる。
薬のあまりの不味さに驚いて、言葉を失ったみたいだ。
ライース兄様もこの薬の不味さにようやく気づいてくれたようだ。
「おくちゅり、まじゅい!」
舌がピリピリ痺れて滑舌が悪くなっている。
「うん。……たしかに……これは、オコチャマにはちょっぴり厳しい薬だね」
「ちょっぴりじゃない!」
ライース兄様の感想に少し傷ついたけど、まあ、薬が不味いというのも、あたしが六歳児のオコチャマだということも事実だ。
ぷくって頬をふくまらせて抗議したら、ヨシヨシって、頭をナデナデされてしまった。
あたしはオコチャマだけど、頭ナデナデで誤魔化されるようなチョロいオコチャマじゃない!
アラサーオコチャマだ!
下手な慰めはいらないから、この薬の不味さをなんとかしてほしい。
前世ならまちがいなく、炎上案件だ!
厚生労働省なら、絶対に承認しないだろう!
せめて、これがなにに効く薬なのか、いつまで飲み続けなければならないのか、教えてほしい、と切実に思う。
デイラル先生に聞いても「ふぉっ、ふぉっ」と笑いながら「今のフレーシアお嬢様に必要なお薬です」とか「元気になられたらね」などと、のらりくらりと誤魔化されて、肝心な情報が開示されない!
この世界にインフォームドコンセントはないのか!
ライース兄様は知らないけど、この館の主人であるお祖母様や、領主であるお父様なら知っているだろう。
いや、知っていないとやばいだろう。
「レーシア……これは、レーシアにとって必要なお薬のようだね」
「おくちゅりまじゅすぎます」
「それは認めよう……。でも、デイラル先生の調合に間違いはないだろうから、飲まなければならないよ。父上とも約束しただろ?」
「ううう……」
ライース兄様の盲目的な正論に、涙がじわっとにじみでてくる。
「……飲んで元気にならないと、木登りを教えることができないよ?」
「ライース兄様が木登りを、おしえてくださるのですか?」
「……ああ。万が一、木の上に取り残されても、落ちない方法を教えてあげるよ。ひとりで無事に降りることができる方法もね」
「…………?」
なんだか、意味深い複雑な言い回しだけど、木登りには違いないだろう。
「あと、この薬だけど……もう少しなんとかならないか、交渉してあげよう」
「ホント?」
「ああ。時間はかかるだろうけど、とりあえずは、次の回からの……口直しの水飴を、蜂蜜に変更するように厨房に言っておくよ。デザートの内容も再検討するようにお願いしてみるね」
「わぁ――い!」
……って、ライース兄様の提案に素直に喜んでしまった。
う――ん。あたしってば、すっかりライース兄様に手懐けられて、オコチャマ思考に馴染んできているようだった。
やっぱり。ライース兄様のナデナデがだめなのだろう。
あのナデナデは確実に、腐女子を腐らせる効果がある。
幼児退行?
見た目だけでなく、中身もオコチャマになってしまうわけ?
……それって、とてもまじゅい展開ではないだろうか?
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